第十一話 輝星、因縁をつけられる
「お前か? 男の癖にストライカーを乗り回してるっつー馬鹿は」
「その通り」
ポニーテイル少女からの突然の因縁に、輝星は胸を張って答えた。案内の少女が血相を変え、輝星をかばうようにして前に出た。
「牧島中尉!」
「牧島?」
日系の名前だ。輝星は眉を跳ね上げた。牧島と呼ばれた少女はヴルド人の身体的特徴である獣めいた耳がついており、地球人には見えない。
「もしや親御さんが地球人な人?」
「ああ? 確かにあたしの爺さんは地球人だ。だから何だよ」
地球人とヴルド人は生殖が可能だ。そして恐るべきことに、その子供は百パーセント混じりけのないヴルド人になってしまう。このため、口の悪い地球人の中にはヴルド人のことを人の皮をかぶったオークなどと言う者もいるくらいだ。
「ほほー。こんな遠方の地でルーツを同じくする人と会えるとは嬉しいなあ。俺は北斗輝星、よろしく!」
案内の少女を避けて前に出た輝星は、半ば無理やり少女の手を掴んでぶんぶんと握手をした。
「あ、ああ。牧島サキだ……じゃねーよ! 触んなっ!」
サキと名乗った少女は慌てて手を振りほどき、パイロットスーツにその手をこすりつけた。顔はゆでダコのように真っ赤になっている。そんな彼女の態度を気にすることなく、輝星が聞く。
「ちなみに少し聞きたいんだけど、そのおじい様は今どちらに?」
「とっくの昔に死んでるよ! おふくろの生まれる前にな!」
「なんてことだ……」
予想通りの答えだった。時期的に考えて高確率で腹上死だろう。ヴルド人と関係を持つことの恐ろしさに顔を青くしつつ、輝星は心の中でサキの祖父に手を合わせた。やはりいくらアピールされようがヴルド人に体を許すわけにはいかない。
「そんなことよりだっ! ストライカー乗りは女の聖域だ。オマエみたいなナヨナヨした男が土足で踏み込んでいい場所じゃねえ! わかってんのか、オマエ!」
「中尉! 北斗さんの雇用は殿下の決定です! それに異を唱えるなど、越権行為ですよ!」
「事務方は黙ってやがれ! これは現場の問題だ!」
サキがすごむと、彼女は「うっ」と怯んでしまった。
「そんなこと言ってもさー、仕方ないじゃん。俺パイロット以外で金稼ぐ方法知らないし」
「はぁ? 男なんだから誰かに養って貰えばいいだろ」
ヴルド人社会であれば、それが普通のことだ。男女比一対十という圧倒的な女余りの状況により、男はわずかな例外を除いてほとんどは適齢期になったとたんどこかの家に婿にだされる。一部の上流階級以外では夫は姉妹で共有されるのが普通であり、男は働いている余裕などない。
さらに言えばヴルド人男性のフィジカルは、やたら丈夫な以外は地球人女性と大差ない。幸せハーレム生活に見えるが、なかなかに過酷な結婚生活になってしまいがちだと、輝星はヴルド人男性の友人から聞いていた。
「親父は借金残して蒸発するし、母さんは心労でポックリ逝くしさー。おまけに姉さんは難病で治療費がめちゃめちゃかかると来た! 俺が稼ぐしかないじゃんね」
そんな社会を当然のものとして生活してきた相手に、地球人社会の在り方を詳しく説明してもわかってはもらえまい。輝星はため息をつきながら、自分の身の上を話した。
「おっ、おう……なんつーか、それは大変だな……」
根は悪い人間ではないらしいサキはすっかりトーンダウンして同情の目を輝星に向ける。
「まあ姉さんは半年くらい前に完治して同い年のイケメンと結婚したけどな」
「なっ……やっていいことと悪いことがあるだろ! お前そんなクソ姉貴とはさっさと絶縁しろ!」
地球人に置き換えてみれば、妹が風俗で働いた金で体を直しておきながら、その妹を風俗に沈めたまま自分だけ結婚して幸せになったようなものか。サキは完全に憤慨していた。
「リア充爆発しろとは思うけどそこまで言われる云われはないぞ! リア充爆発しろとは思うけど!」
とはいえ、異性に対する不信感が無限に募ることを除けばパイロットという仕事を非常に楽しんでいる輝星としては、反論せずにはいられない言葉だった。
「いや、でもよぉ……じゃねえ! パイロットをやってる理由はわかったが、あたしはオマエを認める気は……」
「そうそうパイロット! 牧島さんもパイロットなんだろ?」
サキの服装は黄色いパイロットスーツだ。例によって煽情的なデザインで、彼女のスレンダーな体形が露になっている。
「そうだ。だったら何だよ」
「やっぱり? それもかなりデキるパイロットじゃないの? 雰囲気からして」
「そりゃあまあ」
テレテレとしながサキは頬を掻いた。視線をそらして口元をゆがめつつ、肯定する。
「この艦、いやこの国のトップエースといっても過言じゃないけどさ」
「牧島中尉は平民でありながら、ゼニス・タイプを受領するほどの腕前です。見ての通り性格に難がありますが……」
蚊帳の外になっていた案内の少女が輝星に耳打ちする。ふむと輝星が頷き、サキに視線を戻す。ゼニス・タイプは基本的には上級貴族や王族のものだ。にもかかわらず平民がそれを操っているというのは、この少女がかなりの戦果を実際に上げたとみて間違いない。
「ゼニスに乗ってるの? すごいじゃん。どんな機体か教えてもらってもいい?」
「はー? ったくしょーがねーな……そこまで言うなら、まっ教えてやってもいいけどよぉ」
一歩近づいて輝星が聞くと、サキは締まりのない笑顔でそう答えた。自分がインネンをつけていたことは完全に頭から吹っ飛んでいるようだ。輝星は案内の少女に視線を送って頭を下げ、「ついてこい」と自機の元へ向かうサキに追従した。
「ZX-95"ダインスレイフ"だ。すげーだろ」
サキが指差した先にあったストレイカーは、塗装色のクロム・イエローも鮮やかなスマートな機体だった。全体的に細身だが、関節部だけはやたらと太い。腰には巨大な日本刀型の兵装が、妙な機械が仕込まれた鞘に収まっていた。
「名前がダインスレイフで武装がカタナか……」
顧客であるヴルド人が地球の神話を知らないことをいいことに、メーカーがごり押ししたとしか思えない。輝星は思わず笑ってしまった。
「なかなかファンキーじゃないの」
「だろ? わかるか、この良さが」
「当り前じゃんよ」
ホクホク顔で答えつつ、輝星は奇妙な鞘に収まったカタナに目を向ける。
「あれ、もしかしてリニア機構?」
「目の付け所がイイじゃねえか。そうさ、電磁抜刀! 電磁誘導により神速の居合が放てる! 必殺技ってやつだ」
「居合! すっげ、ロマンの塊じゃないの」
キラキラした目で輝星が言うと、サキはドヤ顔で頷いて見せた。
「なんだよオマエわかってんじゃねーか。それで腕についてるヤツはよ……」
聞かれもしないのにペラペラ語り始めるサキ。変わった機体を見られて上機嫌な輝星は、うんうんと頷きながらそのウンチクを聞き続ける。先ほどまでの剣呑な雰囲気は完全に吹っ飛んでいた。





