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第十話 巡洋戦艦レイディアント

「やっと来ましたか……」


 約束を守り帝国艦隊が撤退してから三時間後。惑星ベサリア・プライムの低軌道に浮かぶ"グラディウス改"のコックピットで、シュレーアがぼやいた。

 本来ならば、さっさと地上へ再突入する予定だった。しかしシュレーアがこんなボロボロの機体で大気圏を突破するのは嫌だと言ったため、結局宇宙空間で増援に来る予定の皇国第三艦隊を待つ羽目になっていたのだ。

 

「わが第三艦隊の旗艦、"レイディアント"です」

 

「はー、イナバ級巡洋戦艦ですか。まーだ現役で運用してる国があったんですねえ」


 "グラディウス改"の眼前には、一隻の宇宙戦艦が横っ腹をさらしていた。水上艦に近い形をしており、大型の連装ブラスターカノンが三基搭載されている。真っ白い塗装がベサリア・プライムからの反射光を受けてきらきらと輝いていた。

 その艦体は十分に手入れされてはいるものの明らかにくたびれたものだ。それもそのはず、ネームシップの就役から五十年もたっているとんでもない老朽艦である。

 

「き、近代化改装はしています。十分に戦力として使えますよ」


「歴戦の老兵ですね。好きだなあこういうの」


 相好を崩す輝星。そこに"レイディアント"から通信が入る。

 

「殿下、お疲れさまでした。着艦許可が出ました、後部デッキより着艦願います」


「こちらシュレーア、了解」


 本来ならばパイロットである輝星に言うべき案件だろうが、上位者が同乗している以上そちらへ言ってくるのは当然のことだ。シュレーアは輝星の肩を軽くたたいて謝罪し、着艦を促した。

 

「さすがにお疲れでしょう? 部屋を用意させます。行きましょう」


「ほいほい」


 輝星は"グラディウス改"のスラスターを吹かした。慣れた手つきで着艦シークエンスへ。"レイディアント"の管制からのオペレートを受けつつ艦尾に設けられた平たんなデッキに着艦し、ナノチューブで編まれた強靭なアレスティング・ネットで機体を受け止めてもらう。そのまま、誘導に従い機体を格納デッキへと進めた。

 

「ふんふん、上等の格納庫ですね」


 古い艦艇であるためてっきり格納デッキはごみごみした古臭いものだと思っていた輝星だったが、近代化改装されているというのは本当らしく現行主力艦にも劣らない現代的で広々としたものだった。見渡すと皇国の主力ストライカーである"クレイモア"が十機以上。そして見慣れないストライカーが数機ばかり格納されている。

 

「よっこいしょっと」


 整備ハンガーに機体を固定させた。いくつかのアームが伸びてきて、"グラディウス改"を拘束する。自動で整備クレーンが作動し、解放されたコックピットハッチの前へと出てくる。。

 

『I-con、接続解除。相転移タービンロック、正常な失火を確認。システムのシャットダウンを開始します。パイロット、お疲れ様でした。グッナイ』


 機体AIがそう告げ、計器とモニター類が真っ暗になった。

 

「いやーホントつかれましたよ。着任早々艦隊戦になるとは」


 バスケットへと出てきた輝星は体を伸ばしつつ、周囲をうかがった。パイロットや整備員、ほかにも様々なクルーが"グラディウス改"の周囲に集まり、口々に何かを話しつつこちらに注目している。


「すみません、こちらもまさかこんなことになるとは思わず」


 苦笑しながらコックピットから出てきたシュレーアに、周囲にざわめきが広がった。「あの狭いコックピットで男女が二人!?」「うらやましい」「セクハラ皇女……」そんな声が聞こえてくる。

 

「こほん」


 咳ばらいをして、シュレーアはバスケットの操作盤のスイッチを押した。鈍いモーター音とともにバスケットが下降し、床へ降りる。高級将校らしき制服の女性がシュレーアに駆け寄り、何かを耳打ちした。彼女は数秒考えた後、女性に何かを伝える。三十秒ばかり内緒話を続けてから、シュレーアは輝星に顔を向けた。

 

「なるほど、わかりました。輝星さん、私は少々野暮用がありまして、申し訳ないのですがこれ以上のエスコートができそうにありません」


「はあ」


「空き部屋を用意させました。兵に案内させますから、今日はそちらでお休みください」


 シュレーアがちらりと視線を送ると、近くにいたまだ若い少女の兵士がぴしりと背筋を伸ばして敬礼した。輝星も敬礼を返す。緊張にこわばった少女の頬に朱が差した。

 

「食事も部屋にお届けします。必ず、必ず! 出歩いたりせず部屋にはカギをかけておいてください。わが兵に不届きものがいるとは思えませんが、万一がありますから」


「散歩とかしたいんですけど」


「駄目です!」


「駄目ですか……」


 禁欲中の猛獣が艦内には百人以上いる。そんなところにこの顔の良い傭兵を一人で放置すれば、取り返しのつかないことになりかねない。シュレーアは輝星の腕をつかんで強く念押しした。

 

「いいですね?」


「わかりました」


「よろしい」


 笑顔で頷き、シュレーアは高級将校を伴って去っていった。残された案内の少女が、ロボットめいた動きで輝星の前に出る。

 

「そ、それ、それでは! ご案内させていただきますっ!」


「おねがいしまーす」


 気楽な声で答える輝星。少女は何度も頷き、カクカクとした動きで歩き出そうとしたが、突然彼女を遮るものが現れた。

 

「待てよ」


 黒いポニーテイルの少女だった。黄色のパイロットスーツを纏い、胸元には中尉の階級章がつけられていた。緋色の瞳が、非友好的な色を宿して輝星を睨みつける。

 

「お前か? 男の癖にストライカーを乗り回してるっつー馬鹿は」


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