試験・・・?3
終わらないなぁ・・・
出発時間の5分前には全員が揃っていたため、一人ずつ軽く自己紹介をして一緒に旅するメンバーの顔を覚える。
盗賊が出ていたという情報が共有されると何人か驚いていた。おい嘘だろ。
正午になったので時間通りに出発。
馬車の護衛については先頭をゼンノさんと殿をユージさんというBランク冒険者が勤め、それぞれの両サイドと真ん中はパーティーを無視して前衛、後衛でサクッと分けられた俺たちが交代で警戒にあたる。ちなみに試験官はいないものとして扱うため、全体が見れる殿に居るが戦力には数えない。
ぶっちゃけ警戒は【おかん】がしてくれるので俺としてはやることが無い。無いが下手にぼーっとしてると試験的にまずいのでそれっぽく真似てみる。気配とか言われても今一ピンとこないんだよな…。【おかん】の「こう、むむッとしたらぐおってなるからぶわってするのよ!」という説明を何度聞いても理解できない俺は多分悪くない。
そんなことを考えている間にもどんどん進む。
【おかん】から「気を引き締めな!」と言われて注意していると、先頭から「魔物だ!」という声が聞こえてきたので、腰に差した剣を抜きながら周囲に目を走らせて構える。
どういう訳か知らないが、全方向からゴブリンがやってきた。いやちょっと待て。明らかにおかしい。
人為的な気配がビシバシする中、受験組の一部が「うおおおっ」と魔物に向かっていく。待て待て、護衛任務中だぞ。せめてなんか声かけてくれ。
とりあえず俺は馬車の近くに待機して打ち漏らしや流れ弾があった場合の対処をすることにした。
ゴブリンの武器が、不自然に滑らかそうな木の棒やどう見ても新品の剣だけなので今の所大丈夫だとは思うが、作為感満載の魔物の襲撃だ。誰か指摘してやれ。
倒し切って油断した所に第2陣で弓なり魔法なり遠距離攻撃を放ってくるかもしれない。野生のゴブリンにはありえないけど剣先に毒を塗っていたっておかしくない。だって作為勘満載だもの。
とりあえず俺は魔法で商人たちと馬ごと馬車を保護する魔法を小声で紡ぐ。
「<うちの子になにすんの>…」
透明のヴェールが馬車を覆う。これで一般的なゴブリンが放つ弓の10や20は問題無い。一般的なら。
勝手に突っ走った連中はゴブリン程度に後れを取ることも無く、あっという間にゴブリンのせん滅は完了した。
そして得意げになって素材をはいでいる。だから声を掛けろと…。
呆れて見ていると、視界の隅で何かが光った。
ゴブリンらしき魔物が弓矢で素材を剥いでいる少女を狙っているのが見えた。
俺は咄嗟に叫んだ。
「っ<うちの子になにすんの>」
正直、おかん魔法は大きな声では唱えたくないが仕方ない。
数人から何言ってんだこいつ的な視線を感じる。
やめろ見るな。
俺を見るな!
俺だって完全に間に合う状況下での「間に合えっ!!」発言はいかがなものかと思うがそういう魔法名になっちゃったんだから仕方ない。どうかこれに懲りてみんなが危機感を持ってくれることを切に祈る。
透明のヴェールが少女を包む。
少女はそれをやったであろう俺をすげぇ目で見てきた。いや後ろ後ろ!
俺が指を指したのと、誰かが「避けろ!」と叫ぶ声と、少女に弓矢が当たったのは同時だった。
――カンっ!
「何!?」
音でわかったのか、少女が弓矢に驚いている間にも、まだ魔物が居るとわかった後、馬車周りに待機していた後衛職が隠れていた魔物を倒していく。素材剥ぎに夢中になっていた突進組も狙われた少女も切り替えて応戦。俺はこれ以上目立ちたくもないので馬車の護衛の体を装って、先ほど同様その場に留まった。
そう時間をかけずに魔物のせん滅は完了した。
魔物の(作為的な)襲撃は止んだが、念のために魔物の打ち漏らしが無いかを確認し、魔物の死体を始末した。
魔物はすべてゴブリンだったため、売れるものが魔石位しか無いからと人数で割ろうとしたところ、護衛をほっぽり出して積極的に魔物を倒した連中の一部が騒ぎ出した。
「なんでだよ!?魔物は倒したやつに権利があるのは当然だろ!!」
「は?護衛対象をほっぽり出しといて権利とかぬかしてんじゃねぇぞ」
うん、正論。だが阿保にそれは通用しないしそもそも口論してる場合じゃねぇ。
「はぁ?!テメェらが反応できなかったのをフォローしてやったんだろうが!」
「ふざけんな!勝手に突っ走った上に安全確認より先に素材剥いでただろうが!」
ぎゃーぎゃーと護衛そっちのけで喧嘩し出した奴らを一旦放置し、冷めた目で傍観しているゼノンさんに声をかけた。視界の端で試験官が何か書いてるがもう知らん。
「ゼノンさん、ああいう場合ってどうしたら良いですか?」
「おー、静かにさせるか黙らせるかだな」
怖。
いや意味は一緒じゃないか。
「あの、違いって…?」
「穏便に行くか実力行使で行くかだな。まだ護衛が続くことを思うなら下手な摩擦は避けた方が良いが、まぁどっちも変わらねぇだろ」
うわ…。目が怖い…。
「・・・・なるほど…ありがとうございます…」
聞かなきゃよかった。
他に同じ思いをしている人が居ないかと視線を向けると、ユージさんと丁度話し終えたクラウドさんと目が合うと互いに頷いた。――思いは同じだった。
どちらからともなく歩み寄り声をかける。
「クラウドさん、クッソ冷たい水って出せますか?」
「問題無い。氷も足そう」
「お願いします。俺はこっちに矛先が来ないように防壁でも張っておきます」
「わかった」
「ああいう子はお尻ぺんぺんしないと!」と興奮する【おかん】を宥めすかしつつ防壁を張る。ついでに騒いでいる奴らの足も動かないよう固定して、と…。大勢の前でびたーんとなって恥をかくが良い。ふはは。
「顕現、アイスブロック。リトルウォーター」
「え…」
あれ、魔法って確か最初に数とか大きさとかを指定しないとその人の魔力量で変わって来るって言ってなかった?
俺の疑問は目の前に現れた魔法により解決した。
彼らの頭上に現れた大量の小さな氷と気持ち程度の水。むしろほぼ氷。
氷が小さいのがせめてもの優しさだとは思うがあの数は無い。頭を冷やすというよりは数にものを言わせて頭をかち割りに行こうとしているようにしか見えない。
ちょっとやり過ぎでは、とクラウドさんを見ると仄暗い笑みをたたえて「滅びろ」と呟いていた。おい、何があった。
そして無慈悲に落ちる氷。と申し訳程度の水。「ぎゃああああ?!」と叫ぶ声が聞こえた。
避ければいいのに、と思ったが自分でやつらの足を固定したのを忘れていた。まぁいっか。
たっぷり氷を浴びて完全に頭が冷えたであろう連中に、俺とクラウドさんで淡々と声をかける。
「お前たち、自分の本来の任務を忘れたのか?」
「護衛対象そっちのけで何やってんの?」
「試験だからと気を抜いているのか?」
「街道とはいえ大声で叫んで、魔物でも呼んでるの?」
「危険を誘発するなど冒険者の風上にもおけんな」
「…っそうだそうだー」
クラウドさんが急に同調し出した俺に不審な目を向けてきたが、冒険者の風上にも置けない奴らが冒険者ギルドをやっている矛盾に何も言えなくなったためだから仕方ない。
とりあえず悪鬼羅刹のようなブチ切れ顔のおかんの幻影<拝啓おかん>を消した俺と、背後に尖った氷を並べていたのを消したクラウドさんとでそいつらを商人さんたちの元へ謝罪させるために連れていく。
何やら憎しみの籠った眼差しを向けて来る奴らに今後ちょっかいをかけられても良いように<自業自得>を唱えておく。これであいつらがこっちになんかしてきてもそっくりそのまま奴らに返っていく寸法だ。
ふっ…懐かしいな…。ティナがシュウにカンチョーされてブチ切れた挙句、シュウが怯えて部屋から出てこなくなったという孤児院のトラウマを克服すべく出来上がった魔法…。ただシュウが変な扉を開いてしまったことだけが悔やまれる。なんだよ、叱るならカンチョーにしてくれって…。俺はそっと頭を振って忘れることにした。まぁ本人が幸せなら良いじゃないか…。
商人の元へ連れて行くと、試験官とBランク冒険者に冷たい目で見つめられ、流石に奴らもヤバさを理解したのか大人しく謝罪していた。安心したのもつかの間、ゼノンさんから顎でしゃくられ俺たちへの謝罪をした奴らの言葉は真っ赤な嘘だったので、保険をもう少し用意しておいた。こいつら全然反省してねぇ…!
それから野営地へ向けて出発。
魔物の襲撃は無かったが、道すがら殿に居たユージさんからのネタバレ発言で俺はこの試験に不安を覚えた。
「怪我が無くて何よりだが魔物の襲撃に遭うなんてついてなかったな?ま、明日はさすがに魔物の襲撃は無いだろ」【嘘。油断してなかったら襲撃なんてなかったけどな】
うわああああっ!やっぱりいい…っ!いや、でも怪我が無くて何よりは本当で良かった…!
ある意味衝撃過ぎて、半笑いでお礼を伝えるという失礼な真似をしてしまった。誰か助けてくれ。
そんなこんなで無事に野営地に到着したので、俺はサクッと結界を3重くらい張っておいた。張っておいたっていうかうっかりくしゃみが3回出ただけだがまぁ無いよりは良いだろう。
現場に居合わせたクラウドさんから「負けないからな!」【嘘。どうやったか教えてくれないかな…】という台詞を、つりあがった眉と懇願するような眼差しで言われ妙な罪悪感が沸いた。ごめん、俺もわかんない。
お読みいただきありがとうございました。