これはプロローグですか?
妄想だけはやたらとはかどる。
◇◇才能管理局 客室のとある一室◇◇
「え、なんて?」
「【おかん】です」
「おかんってあのおかん…?」
「はい、あの【おかん】です」
「…いやでもおかんて…え、ほんとに?」
「はい、何度見ようと変わりません」
「…………少々お待ちください」
そう言って、担当者は首をひねりながら静かに扉を出ていった。
待ちに待った才能の発現日。
12歳を迎える子供が、誰であろうともれなく授けられる才能。
メジャー所で言えば、【剣】やら【商い】やら【裁縫】やらがある中で、俺に授けられた才能は【おかん】。
ちょっと意味が分からなかった。
いや、おかんの意味は知ってるけども。
孤児院では若干おかん的な立ち位置に居なくもないけど。
だからなんだ、と言う話で。
俺の才能のように、文字から意味が読み取れない才能は、”才能管理局”と呼ばれる場所へ行き、自分の才能を申告して、過去に似たものが無いかを見てもらう。
初めて発現した才能ならちょっと謝礼も貰えるので、変わった才能が発現した場合はみんな報告に行く。
大半は100年以上も前にあったとかですごすご帰ってくる訳だが、たまに謝礼が貰えたと元気いっぱいに帰ってくる人も居る。
俺もそのうちの1人だった。
言うだけタダだし、なんなら才能の可能性について考えて貰えるし、あとはまぁ謝礼が貰えればラッキー位な感じでいざ自分の才能を伝えた所、ちょっと意味が分かりません、的な反応を返された。
そんなの俺が一番意味が分からないに決まっているのに。
担当者ちょっと大丈夫か、と心配にはなったが、ここにいる人たちは、どんな才能にも意味があると考え、今まで発現した才能を記録し、後世に伝え、どんな才能でも何かの役に立てる、という理念のもと結成されたらしい。のでまぁ大丈夫だろう、多分。
だからこそ、意味の分からない才能にも真摯に向き合い、その可能性を考えてくれる。はずだ、多分。
正直頭を抱えて叫びたしたい気分だが、授かってしまったものはしょうがない。
どんな可能性があるのか、きっと考えてくれるはず。多分。
大昔に【ゴミ】という才能を与えられた人にさえ寄り添い、なんやかんやあってその人が大富豪になったという逸話もあるくらいだ。
きっと俺の【おかん】も無限の可能性があるはず…!
ていうか【ゴミ】ってよく諦めなかったな。
そんなことを考えていると、先程の担当者と共に長老感のある年配の男性が入ってきた。
担当者が両手で恭しく運ぶのは、ギリ片手で持てる位の大き目な白い玉。その玉が、何やらふかふかしてそうなクッションに鎮座していた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
高級感溢れる玉を凝視していると、柔和な雰囲気の、知恵袋がたっぷり詰まってそうな男性に微笑みかけられはっとする。
自然体なその様子は、担当者とは比べ物にならない程とても頼りになりそうで安堵する。
個人情報が云々とかで、お互いに名前は名乗らないので、俺の中でこの人の呼び方は長老に決まった。
長老とか見たことないけど。
「さて、君の才能は記録の中に無くての。しかし、この玉を使えば過去に発現した才能かどうかがわかるんじゃよ」
「これで、ですか?」
「うむ。原理は解明出来ておらんがの、この玉に手を触れると、過去に発現した才能で無ければ透明になるんじゃよ」
「へぇ〜」
誰が作ったのか、いつからあるのか記録にないらしいが、どんな効果になるかは記録されているらしい。
ちゃんとしてるのかしてないのか微妙な所ではあるが、玉に触るだけで言いらしいのでそっと手を触れる。
玉の色が白から透明へと変わった。
「おお!」
「うむうむ、やはり一度も記録が無いのう」
わかりやすい結果に、長老がうんうんと頷きながら、懐から小さな袋を取り出すと俺に手渡した。
「忘れぬうちに先に謝礼を渡しておこうかの」
「やった!あ。ありがとうございます!」
やっぱり貰えた!
手渡された小さな袋からは、微かにチャリっと音がした。
貰えるのなら銅貨だって構わない。パンが2つ3つ増えるだけでも御の字だ。
正直そこまで逼迫してるわけでも無いが、無いよりある方が良いに決まっている。
「さて、それで君の才能について、君はどう思うかの?」
「え…?えーと…」
まさか逆に聞かれるとは思わなかった。
とりあえず考えられるのは【おかん】としての知識。
つまり家事育児。
正直親に捨てられたらしい俺にはよく分からないが、基本はそんな感じのはずだ。
そんなようなことをぽやっと伝えると、長老がにこりと笑う。
「ふむふむ、確かにそれもひとつの有り様じゃ。けれど、こうも考えられるのぉ」
長老曰く。
どんなものでも修復し、時には作り出せる錬金術師。
四元素(火水土風)を自由自在に操り、更には人の心をも見通す賢者。
どのような道具も己の手足のように自由自在に操る戦士。
愛する者を守るためなら、時には勇猛果敢に巨悪に立ち向かうアマゾネ…否、勇者…!!
しかしてその実態は…
愛する者を守り、慈しむ、まさに女神…!!!
その優しさに、時には屈強な男でさえも跪くと言う…――
「【おかん】とはそういった存在なのじゃ」
「なんて素晴らしい!」
「……ソウデスネ…」
これが俺に出せる精一杯の相槌だった。
正直最初の錬金術師のくだりで心が受け取りを拒否した。
っていうか途中アマゾネスって言いかけたよね?
部屋の温度差もひどいし。
担当者のパチパチという拍手の音がよく響く。
え、俺がおかしいの?
うむうむと満足気にやり切った様子の長老。
何故か感動している担当者。
そんな2人についていけない俺。
え、俺がおかしいの?
古来より伝わる伝説的なノリで話されたけど【おかん】の話だよね?
字面だけ見てるとめちゃくちゃ凄そうだけども。
ていうか勇者とか賢者とか引き合いに出していいの?
怒られない?
まさか長老のおかんは伝説的な人物なのだろうか。
とりあえず簡単にまとめると、無限の可能性がありますよ、ってことで良いんだろうか。
他の変わった才能持ちにも同じようなテンションで伝えてるんだろうか。
新手の詐欺に聞こえ…うん、話半分に聞いとこう。
「君の才能には、それ程の可能性が詰まっておるはずじゃ。だから、何も行動せぬまま、どうせ無理などと、諦めるで無いぞ?」
「…はい…」
長老の言葉が急に重みをおびて、そのままじっと見つめられると、心の中を覗かれそうで怖くなり、つい視線を逸らす。
あと3年で成人を迎え、成人すれば孤児院を出ていく事になる。どう稼くかぼんやりと考えてはいたが、才能が【おかん】だったことに半ば諦めかけていたからだ。
何となくもう一度長老に視線を合わせると、また柔和な雰囲気に戻っていた。
「なぁに、才能と自身の将来の夢との食い違いで相談に来る者もおるのじゃよ」
「あ…なるほど…」
「才能は才能、夢は夢じゃ。どちらかを選ぶ必要なぞない。どちらも選んで良いんじゃよ。わしらは無駄な才能など1つもないことを知っておる。そもそも才能とは、ちょっとした閃きだと唱える者もおるくらいじゃしの」
「閃き…?」
「うむ。剣など触れたことも無い子に剣の才能が発現するとの、自在に操るまでに多少の努力は必要になるなのじゃ。才能のおかげで、どう身体を動かせば良いかは直ぐにわかるらしいがの。それを良しとするか、面倒と投げ出すかは本人次第じゃよ。仮にお主の才能が、今まで生活した中で活かされておったなら、きっと高みへと至れるじゃろう」
ふぉふぉふぉ、と長老感全開で笑い出す声をBGMに、俺の頭には〈天才とは…―〉から始まるある言葉が過ぎった。
そして思う。
つまり、俺のおかんの伸び代は、俺の努力次第なんだと。
え、世界観?
それはあなたの心の中にあります。
お読みいただきありがとうございました。