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一騎当京のクランストロ 3

 扉を開けて入った部屋はきちんと掃除が行き届いていた。無意識に先ほどのジェスタフの部屋と対比して見てしまうからか、尚更整理されてるように見える。

 部屋はジェスタフのよりも一回り以上広く、クリーム色のカーペットの上には、恐ろしく値の張りそうな極彩色の幾何学模様の絨毯が敷かれている。

 壁は漆喰、天井とちょうど同じ高さの木で出来た引き戸の本棚には、何冊かの小説と大量の医学関連の学術書がはめ込まれ、机上にもそれが何冊か積んであり、銀色に光るボールペンが端でスタンドに突き刺さっている。遠くて読めないが、書きかけの書面がある。

 扉の横にはまた別の戸棚があり、中には酒類とパンと缶詰がいくつか入っていたが、その何倍もあったのはカートン買いした煙草の箱だ。


「ご苦労だったな。喉乾いてないか?」


 声の主は扉と対面する形で設置された漆黒のソファに座って左脚の膝に右脚のくるぶしを載せ、直角に足を組んでしゃちこばって姿勢で喫煙していた。


「いえ、酔うと呂律が回らなくなりますので……お気遣いに感謝致しします」


「グフッ」


 酒を勧められたが、ジェスタフはそれをやんわりと断る。アリーフは彼の横に歩み寄り、静かに視線をジェスタフの横顔に向けた。さっきまでは兵士として人を買い食い感覚で手にかけていた男が、今は瞳に英知の露を携え、凛々しく澄ました顔で起立している。彼の本性を細部まで知るアリーフは、下唇が隠れるほど噛んで笑みを堪えた。


「そうか……大変だったな、特にアリーフ、お前はこういった偵察任務は初めてだったな、いい社会科見学になったろう」


 男はそう言うと自分の発言に低く笑い、大木を縦に伐採し、ヤスリで粗を落としてニスを塗っただけの削り出しのテーブルから、クリスタルの灰皿を取って吸い殻を押し付けた。魚の鱗のような模様が灯に反射し、眩い光をほんの一瞬放った。

 寝間着なのか藍色の作務衣を着ており、煙草の箱を掴んで底を叩いて出した一本を乾いた唇に挟んだ。途端にアリーフが小走りで男の元に駆け寄り、胸ポケットから純銀の細長いライターを取り出し、膝立ちになって火を点けようとしたが、男はそれを片手で制し、自ら卓上ライターで火を点けた。


「メイドみたいなことをするな。さて准尉。具体的なことは書面にまとめてもらうが、まずは口頭で……聞かせてもらおうか」


 クランストロ・サルディニア。49歳。元ヴォロシャ第三帝国陸軍中将。階級は中将だが、陸軍大将は軍幹部の息子、つまり生まれながらに軍人の者しかなれないため、事実上一兵卒としては最高位まで上り詰めた、精兵中の精兵である。

 ビターチョコレートのような黒がかった茶色い短髪は部下と話すからか、寝る前でも櫛と整髪料で撫で付けられ、顎髭ともみあげが繋がって顔を囲っている。

 肌は浅黒く、全ての人間に平等に二つずつはめ込まれた瞳が黒い光沢を放ち、他に比べてやや大きな虹彩は彼の思考を読むことを阻み、幸か不幸か……職業柄では幸福なのかもしれないが、本人が意識しないところで他者に脅威を与えている。

 顔立ちは形容しがたい野獣を思い描かせる。彫りが深く、右頰から顎にかけて、遥か昔に刃物で斬られた切創があり、傷痕はすっかり肌に馴染んで生まれつき頬にあるようだったが、強面に駄目押しの威圧感が加わったことは言わずもがな。

 四十路であり、年齢が進むにつれて深く刻まれていったしわは、その面構えに根拠無き暴虐さと猛禽類のような賢しげな印象を付与している。彼が瞳をジェスタフに向けると、しわもジェスタフに焦点を当てているようだった。


「アリーフ、外は寒かったか?」


「はい、とても」


「そうか……ま、寒い時こそ体を動かさないとダメだ、皮下脂肪が著しく増える時期だからな」


 言うまでもなく肉体は筋骨隆々である。二の腕に実る両腕の筋肉は横顔より太く、腿は一見太っているように見えたが、実際はその全てが固く膨らんで隆起していた。この様子では作務衣の下の胸板も相当逞しく張っているだろう。

 アリーフはクランストロの横に立ち、手首に浮き出た血管を見下ろしながら、兄の言葉を待った。

 身長202センチ、体重99キロ。この怪物と言っても何ら誤りではない肉体を誇る益荒男を数多の兵士は畏怖し、同時に崇めた。それは彼が間違いなく一騎当千、いや後にも先にも彼ほどの兵士は現れない一気当京の強者であったということを、内心では誰もが認めていたからであった。

 ちなみに、ジェスタフの身長は185センチ、アリーフは178センチである。

 アリーフは不安そうにジェスタフの顔と、年齢上の都合で僅かに広がってしまったクランストロのつむじを交互に見つめた。

 対してジェスタフは喉仏を撫でながら咳払いをすると、1分を満たぬ沈黙を破って話を切り出した。


「はい、報告しますと、連中が運用実験をやっていたのは最新鋭の重機でした。恐らく建設に用いられる掘削機を改造、あるいはそれを基に新しく工業院に命じて作り出したものかと思われます。どのような重機だったかと言いますと、えーと……アームの先端部に巨大な電動ノコギリが取り付けられており、またアーム自体も別離して回転することが出来ました。それで木を伐採しており、恐らく森を切り開いて進路を作ることに重きを置いた重機かと」


「なるほどな。それだと資材調達の速度も上がるな、武装の類は?」


「ございません。しかし今後機関砲などが取り付けられる可能性は高いかと」


「保護色的塗装はあったか?」


「いえ、ごく普通の青ペンキで塗られていました」


「何か兵員輸送に使われそうなハッチはあったか?」


 クランストロはいくつか質問をすると、視線はジェスタフの瞳に固定したまま、ゆっくりと噛みしめるように二回頷いた。


「ほーん……大体はわかった、まぁ画期的な物ではあるが、戦況を根底から覆すような悩ましき代物ではないことは安心した」


 そして、彼は吸殻を灰皿に捨て、足元に置いたワイン瓶を鷲掴みにしてラッパ飲みすると、欠伸を噛み殺して老人のようなしわがれた声を喉の奥からひり出した。酒で喉を悪くしているのに、アルコールを絶って治そうという気は毛ほども無いらしい。


「重ね重ね御苦労だったな、ジェスタフお前はゆっくり休め。だがアリーフ、お前は残れ」


「……ありがとうございます」


 もう休んでいいの下りまでは確かに安堵の表情を見せていたジェスタフだったが、クランストロが続けて発した、お前は残れの下りでほんの少しだけ目元を曇らせた。

 何かアリーフが口を滑らせやしないかというのが不安でならなかったが、クランストロの言う休めは「お前にもう用は無い」という意味だとジェスタフは理解している。仕方なく、彼は瞼を松の葉のように細めつつ、突っ立っているアリーフと数秒間目を合わせ、さっきの会話を思い起こすよう暗黙の内に命じると、一礼して無言の内に退室した。


「相も変わらず口が達者なヤツだ……ありゃ親父譲りだな」


 ジェスタフが徐々に遠ざかっていくことを指し示す床の反響を聞き届けたクランストロは一言呻き、それまでのいつ怒鳴るか気が気でない仏頂面を崩すと、超然たる覇気を纏い立ち上がったが、起こした行動は何故か絨毯の上にうつ伏せに寝転ぶという、奇妙な行為だった。

 そして、両手を重ねて手の甲に顎を乗せると、彼を不思議そうに眺めるアリーフに向かってこう命じた。


「背中を押してくれアリーフ、俺も今日は雑務で少し疲れた」


「え? あぁ、わかりました」


 アリーフは特段嫌悪することも臆することもなく、言われた通り従順に彼の元に靴を脱いで近寄ると、屈んで臀部に静かに腰を下ろした。

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