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真夜中の森の中で 4

 森を抜けた先にある広場は中島の森林を抜けた中央にあったが寂しいものだった。広いことは広いが、別段芝生が敷き詰められているわけでもなく、何か噴水や遊具のような視線を止める物体があるわけでもない。

 あるのは、呪術的意味合いがあるのか思うほど疎らに設置された10本以上の電灯の他に、この広場の開設年月を示す石碑が舗装された出入り口の横にぽつんと置かれているのみだった。電灯は本来ならそこに誰一人としていないはずでも煌々と広場を真昼同様に照らしている。

 2人はその石碑の前まで歩いて立ち止まると、ジェスタフは石碑の上にどっかりと足を組んで座り、煙草に火を灯した。今度は一般的な吸い方だった。何故ならもう敵は帰投してしまったのをこの目で見たからだ。いない存在に気を張る理由はない。


「懐かしいねぇここ、昔兄貴が中学生くらいの時に一緒にここでピクニックに来てサンドイッチ食べたよね、兄貴がレモネード買ってくれたっけ」


「ああ、お前俺の分までサンドイッチ食ったよな、俺が作ったヤツだし本望だったけどな、だがショックだ、まさか連中が予定よりも早く実験を切り上げて逃げ帰るとはなぁ......」


 ジェスタフは顔を覆ってため息をつく。視察ついでに軽い妨害を加える予定だった兵器の運用実験に間に合わなかったのだ。ジェスタフの脳内には、走れば良かった、チンタラ煙草吸ってんじゃなかったというような後悔がいくつも雑草のように生えてきた。


「何か将軍を誤魔化せる巧妙な嘘を考えないとなぁ、信憑性ある......ん?」


 ふと吸い殻を投げ捨てようと顔を上げたジェスタフとアリーフの目が合い、反射的にアリーフは目を背けたが、ジェスタフは彼から目を離さなかった。だが、それは彼の目では無く、風になびく彼のダウンジャケットの左の袖にだった。


「お前片腕は? あ、だからさっき火炎瓶持たずに咥えてたのか、どこにやってんだ?」


 アリーフはガバを腰のホルスターに差し、自前の煙草で同じく一服しながら答えた。


「進路に敵がいてもいいように見張りに行かせたよ、『レ・ミゼラブル』なら刃を研ぎ直すことも弾を消費することもなく、そして音も立てずに敵を始末で「それが切り上げた理由じゃね?」


「え?」


「いや、実験やってる途中で兵士が訳も分からず負傷して、それを不審に思った誰かが岸辺の歩哨に無線をかけたが、それも俺らが消したから出ねぇ。いよいよ何か起きてると思って急遽予定より早く実験を打ち切って撤退したんじゃねぇの? 俺は......そんな風に思うんだが」


 アリーフの言葉を割愛したジェスタフは、顔を引き締めて居丈高になると、早口に自論をまくし立てて喋り出した。アリーフは従来変わらず、睡魔と格闘しているようなとろんとした目つきをしていたが、唇は何か言いたいことが喉元まで来ていて、それをぐっと堪えるように結んで黙っている。

 ジェスタフが2メートルほどの距離にいるアリーフに対し手招きをする。


「アリーフ、こっち来い」


 言われたアリーフは露骨に嫌な顔をしたが、それでも紫煙を吐いて無言で石碑に座る。石碑はつやつやに研磨された長方形で、座ってもそれほど痛くなかった。彼が遠慮がちにジェスタフから少し離れて座ると、ジェスタフはアリーフの外側の肩を抱いて距離を詰めさせた。強引な様に見えたが、アリーフはこっちには嫌がる素振りを見せなかった、、

 そしてアリーフの耳元でこう囁き、説教を説いた。


「いいか? お前は物事を筋道立てて考える能力は持ってるが、それを広い視野で計る能力をまだ兼ね備えてない。お前はつつがなく任務が進むように気を利かせたんだろう? それはありがたいし嬉しい。だが、それが起きたらこれが始まるっていうのをまだ考えられてない。

 例えるなら......あー...お前は箱の中に入っているんだ。だから狭い箱の中しか見えない。もうちょっと先を見据えられたら、お前は巨大化して箱を見下ろし、周りのものも見られるはずなんだよ......俺の言ってることわかるか? ん?」


「すごく」


 アリーフは目を見開いてジェスタフの全く心に響かない説教に形だけ頷いた。本当は早く帰って冷蔵庫で冷やしたアップルパイを食べたいと思っていて、ジェスタフの能書きはほぼ聞いていなかった。彼は元々あまり人の話を聞けないのだ。


「そうか、そりゃ良かった。ところで連中お前のおかげで電源を落とす手間さえ惜しむほど焦って逃げたらしい、そう思えば実験の全容は掴めずとも、まぁトラウマを刻めたのは良かったことだ、あ?」


「はは、そうかな......は?」


 次の瞬間、談笑中の二人の笑みが漆喰で固めたように凍りつき、兄弟の血縁を感じさせる脊髄反射で互いに後転して石碑から身を離した。二人が耳にしたのはリボルバーのノッチ音。時間帯に相応しく、それは正しく闇討ちだった。

 そして猛々しい銃声が轟いた刹那、二人が1秒ほど前までいた空間を鉛玉はすり抜けて、瞬く間に地面に着弾して広場の土を吹き飛ばし、その弾痕から青白い煙を細く伸ばした。


「チッ、ハメられたかな。電灯を消さなかったのは俺達をおびき寄せて消すためってわけだ」


 ジェスタフは跳ねた際の勢いをバネに軽やかにバク転して石碑から更に距離を取ると、マチェットナイフを両手で握り、先程アリーフに殺させた野犬に酷似した苛つきの混じる憤怒の形相で身構えた。

 それに対するアリーフはガバを抜くと、目視で見た弾丸の出所に照準を向けた。片腕は未だどこかの地面を忙しなく這いずり回っており、戻ってくるにはまだ時間がかかる。

 時は暫し経ち、白い息を吐きながら霜柱を固く踏みしめる音を幾度となく立て、奥深い闇から数多の灯りが降り注ぐ輝きを集め、擬似的に生成された真昼に敵は一人余裕綽々と言わんばかりに石碑をまたいで姿を現した。

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