銃剣と薙刀 11
静まり返る薄暗い空間を、乾いた銃声が無礼に打ち砕く。
「ドヘタクソだねーお前。散弾でここまで派手に外すか? 普通」
「黙れカス。教練で片手撃ちは脱臼するからやるなって言われたろ? だからやったことねぇんだよ。だいたいテメーもさっき外したよな?」
ジェスタフの部下の2人が、まるで中学生のような口ぶりで、金庫室の門に貼り付けた爆弾を死角から散弾銃で狙っていた。
金庫の施錠自体はただ門の取っ手に鎖で巻かれた錠前がかかっているだけなのだが、何分扉が鉄製なので、近くで撃つと跳弾が怖い。だから大事をとって余った爆弾で吹き飛ばすことにしたのだ。
「ほれ貸せ」
散弾銃に心得があるニョッキは、手本を見せてやると言わんばかりにクラテッロから銃を奪い取り、掴んだポンプ部を片手で上下に振って装填すると、華麗に引き金に手を持ち替え、引いた。
直後に鳴り響いた銃声は轟音にかき消され、埃を含む熱風は隠れる2人の頬を撫でていった。
やがて、爆煙が薄まったのを確認すると、2人は咳き込みつつ物陰から姿を見せた。足元には焼けたものもある大量の紙幣が落ち葉のように散っている。
「ニョッキ超うめー」
「こんなの楽勝だって。今度射撃場で撃ち方教えてやるよ。おっ、綺麗に扉も倒れたし金をガンケースに詰めるぞ。これだけありゃ節制したら二代は働かずに暮らせるぜ」
「お前よくこんな大量の札束見て、節制なんて言葉が思い浮かぶな。おい、そこの燃えてる札踏み消せ」
そう言うと、2人は金庫室の壁の棚を開けて、中に納められた札束を手当たり次第に鷲掴みにした。
***
「コイツら何人いるんだ?」
同じ頃、ジェスタフは食堂にて残存する私兵達と交戦していた。ダッフルコートのフードを被って遠方から放たれるボウガンの矢に備え、近場の敵は柳葉刀で確実に首か心臓を貫いていく。数人手練れはいたが、他の私兵同士の連携が噛み合わず、かえって弱体化していたので助かった。
「死ね!」
「お前が死ね」
ジェスタフは怯えながらも斧を振り上げた私兵の一撃を刃の峰に手を当て受け止めると、男に膝蹴りを見舞って仰け反らせると、同時に人差し指で素早くロックを解除し、柳葉刀を振って薙刀へと変化させ、拡張するその力を持って男の腹を貫いた。
そのまま握り締める薙刀を背筋の上で振り回し、自らを囲んだ兵士をまとめて斬り伏せた。
「グヘヘヘ……」
最後にボウガンを持った者だけが残り、ジェスタフが男の方へと頭を向け、前髪を払って目を合わせると、彼は歯を鳴らして残る矢を全て乱射した。
「連射式か、ライフルは持てないのにこういうのは許されるのか。法の抜け穴とは面白いもんだ」
当てずっぽうな狙いなら怖くないと高を括ったジェスタフは、飄々とテーブルにあったナイフを手に取ると、慣れた手捌きで振り投げ、ボウガンの弦を断ち切った。
「う、あ……」
ボウガンが壊れたことに気付きながらも引き金を引く私兵に対して、ジェスタフは足元の瀕死の兵にとどめを刺しながら聞いた。
「何か言い残すことはあるか?」
だが、男は顔を蒼白にして引き金を引き続けるばかり。この様子では警棒やナイフも持ち合わせていないらしい。ジェスタフは嘆息し、薙刀に付いた血をテーブルクロスで拭き取った。
「何もないってか? あれか、声帯使うのめんどくさいタイプか。はいとかいいえすらもったいぶる、育ちが知れる連中」
ジェスタフは大欠伸をして、香水を付け直しながら言った。顔に付いた血が口に垂れたが、彼は大して気にしていないようだった。
「使わない声帯なら切除しても文句無いよな?」
そう言い放つと、薙刀を槍投げの要領で私兵に対し、解雇通知を告げるように冷ややかな顔で投げつけ、彼の喉笛に美しく銀に輝く刃を突き立てた。もっとも、それは太すぎて男の首は刎ね落とされてしまったのだが。
「うわっ、首無しなのに足が痙攣した。久々に嫌なもの見ちまったわ」
ジェスタフは恐々壁に突き刺さった薙刀を引き抜くと、柄を伝って流れた鮮血が手袋にべったりこびりついた。しかし、彼は大して気にせずに壁に擦り付けた。
通ってきた道を振り返ると、見渡す限りの全てに血潮が広がり、実に酸鼻の極まる光景が広がっていた。遠くの端に桃色の何かが見えたので目を凝らしてみると、叩き割られた脳が露出し、ランプに照らされててかてか輝いていた。
「チッこうなると暇になってくるな。逃げ遅れた若い女とかいたら遊べるんだが」
昨日まで平穏だった屋敷は、たった4人の人間によって、思うがまま理不尽に蹂躙し尽くされた。人生、一寸先は闇とは言うものの、こんなことが起きるとは屋敷に住む者は夢にも思わなかっただろう。
しかし、そんな中で勇気を持って行動する者もまたいた。
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「もうマジで無理……血が凍ってクソ寒いのに、敵は待ってくれないし……おい、なんで鍵かかってんの?」
その頃、アリーフは右頰にべったりと返り血を塗りたくり、やっとのことで屋敷の門まで来ていた。ここに来るまでに相当数の軍警を掃討し、残弾も小銃と拳銃を合わせて10発もない。
彼は兵士としての持久力はあまり持ち合わせておらず、疲労が溜まって体の節々が痛く、分銅のように足が重かった。
何よりひどく寒いので、一刻も早く館内に入って暖を取りたいのだが、しっかりと鍵がかかっていて入ろうにも入れない。強襲の際は仲間は塀を乗り越えて侵入し、その鍵を開ける前に私兵達は射殺されて使用人は裏口から逃げたので、正門は全くの手付かずなのだ。
「しかし、蜂の巣が随分と転がってる……スマートじゃないな」
門から館の扉を繋ぐ石畳の道には、散弾を食らって蓮の実のような銃槍からまだ生温い血を流す、ずたずたの損壊死体、切り離された腕などの身体の一部が散在しており、鉄臭さがこちらにまで強烈に伝わった。
「仕方ない、少しの我慢だ。レ・ミゼラブル」
アリーフは骸の溜まり場を儚げに見つめながら銃剣を抜くと、先で喉笛を少し切りつけた。そして、喉元を最初に全身を紐が解けるように蔓に変えて、細くなった姿で門の下をくぐると、衣服と銃も門の隙間から通らせた。
蔓となったアリーフは蛇のように冷えた地べたを這って死者の群れに近づくと、血の池をぐるっと2周ほど回り、満足そうに運ばれた衣服の中に潜り込んだ。
「ふぃーっ蘇った」
こうしてアリーフは造作もなく門を通過し、何事も無かったように元の姿に戻って銃を拾った。蔓に変化した際に私兵の血を吸ったおかげて、さっきとは別人のように血色が良くなり、瞳の輝きが増している。
アリーフは自他問わずに受けた傷を治癒できるが、疲労までは回復できない。だが、他者の精気、命の通貨である血を吸収することが出来れば、話はまた変わってくる。
「これで扉にまで鍵がかかってたら号泣するぞ……よかった、開いてら。あーあったかい」
アリーフは両手に息を吐きかけて取っ手を掴むと、片側の扉を少しだけ開けて身体を滑り込ませるように屋敷に侵入した。
視線と銃口が同じ方角を向くようカービンの銃床を脇に挟んで構え、瞬時に左右に眼を向けたが敵の気配は感じない。アリーフは少し気を緩め、一息つこうと煙草を取り出したが、忌々しくも箱は血ですっかりふやけており、見るまでもなく中身は駄目だろうと思ったので、仕方なく煙草を捨てた。
「これ地震来たら大丈夫なのかな」
頭上には3メートルはある巨大なシャンデリアが細い一本の鎖で吊るされていたが、その眩さよりもこれが落下した時、シャンデリアに潰され、血溜まりの中に浮かぶ自分の頭髪に、血肉が裂け、折れ曲がって露わになった膝の骨を連想し、身震いして正面の階段の方へと離れた。
階段は当然二階に続いているが、中央で二手に分かれている。登った二階からは入ってきた正面玄関を見据えることが出来るが、 大した意味があるのか分からなかった。木材の手すりはよく磨き上げられ、濡れた黒曜石のように輝いていた。
「珍しいものもあるなぁ」
本来なら振り子時計でも置いてありそうな分岐した階段の中心部の壁に、コルク版に針金で固定した古式銃の数々が飾られていたことにアリーフは気づいた。と、言うよりも屋敷に入ってこれが最初に目についた。
ラスカロフの個人的な趣味なのか、あるいは資産家によく見られる示威的なインテリアに過ぎないのかは分からないが、アリーフはそれに近寄ると、目を細めて銃達を舐めるように凝視した。
「これはシャスポー銃か、そんでこれはゲベール銃、ミニエー銃、燧発銃、スペンサー銃。すごいな。ラッパ銃にピースメーカーまである」
針金を解いて手に取り、可能なら略奪して行きたかったが、よくよく考えて置き場所に困るのでやめた。何より、この手の骨董品と化した銃は発砲ができないよう銃口に蓋が溶接してある。撃てて殺せてこその銃。コレクターアイテムに堕した道具は見る分には満足だが、持ち帰って愛でるほどのものでもなかった。
「おや?」
すると、アリーフはコルク板の右下、丁度アリーフの足元の所にだけ何も展示されていないことに気づいた。この隙間に合う大きさの銃が手に入らなかったのか最初は思ったが、屈んでみると針金を抜いた穴が確かにある。それに銃を押し当てていた跡の窪みも。
「ついさっき誰かが針金を切って持ち出したのか? 兄貴やニョッキさん達は古式銃とか興味無さそうだし、何か引っかかる」
アリーフは空いた面積を指先でなぞった。
「広さと穴の位置から考えて、フリントロック式じゃないな。ピースメーカーは既にあるし、これは……パーカッション式リボルバーってところか?」
アリーフは少しの間、ここにあった銃を推理していたが、やがて飽きると別の方向にも目を向けていった。
「右のカーペットが真新しく足跡の形に逆立ってるように見える。少し右を探索してみるか。壮大なかくれんぼをしてるみたいでワクワクするな」
「……」




