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銃剣と薙刀 10

「いいか、お前ら。重要なのは本音と建前だ」


ジェスタフはコートの袖から手首の肌が出ないよう、革手袋をぐいっと引っ張りながら口を開いた。


「は?」


「いや、財務部にいた同期が計画なんて筋書き通りに行かないよう出来てるとか言っててな。当時からそりゃ言い訳だと思ってたわ」


「と、言われますと?」


「だいたいの人間は生涯において本心を他人を打ち明けるなんてことはしない。無論俺もな。口から出る言葉の九分九厘は建前だ。ならば、そこから逆算して本音を暴ければ常に優位に立てるというもんさ」


 ジェスタフはスキットルの酒を飲みながら己の語る持論で悦に浸る。彼らはここら一帯を牛耳る資産家、ラスカロフ家の屋敷を眼前に見据え、横に隣接する保育園の、外からは死角となった塀の裏で何かの頃合いを待って待機していた。

 屋敷にはいくつもの金メッキに縁取られた華美な窓が点在しているが、そこにはペパーミント色のカーテンが下されたまま、これだけの騒ぎにも関わらず1階から3階に至るまのカーテンが開き、外の景色を伺おうとする者はいない。


「なるほど、尊敬しています准尉」.


「俺もです」


「自分も」


「お前ら殺すぞ」


 ジェスタフらが軽口を叩きあっていると、遠くで銃声が立て続けに鳴った。乾燥した空気に阻まれて、ジェスタフの耳に入る頃にはポップコーンが弾けるような妙にユーモラスな音に変化していた。


「アリーフが交戦状態に入ったようですね、警察署には他の陽動箇所の倍、爆薬を仕掛けておきましたから、相当な被害になったとは思いますが」


 ジェスタフはジャングル・カービンの特徴である短縮化されたボルトによる連写速度の高さを思い出し、連続して銃声が響く時はアリーフの射撃だと何となくわかっていたので、彼が負けるとは思っていなかった。元より彼は不死身だが、逮捕とそれはまた違う話だからだ。


「アイツは銃の扱いにかけては神がかっている。人海戦術を封じられた満身創痍の奴らに勝てる相手じゃないさ」


 実は彼の読みには幾つか綻びが生まれていた。警ら隊が帰投した頃合いを見計らって署を爆破したのは良かったが、一方で数日前、街の青年が半殺しにされる事件が起き、その捜査の為に人員の数割を割いていたこと。

 もう一つ、これは仕方のないことだが、さっきレーゼがアリーフの体液を吸わせたラベンダーの花をレーゼに渡し、それをリッケンバッカーの娘に食わせるよう頼んだ後、レーゼはそれを忠実に実行したが、その後娘が通報したのだ。そのために軍警がさらに5、6人駆り出された。


「ところで、このまま待っていて本当にいいんでしょうか?このまま塀を乗り越えて扉を手榴弾で爆破し、乗り込むべきでは?」


 さっき廃墟でアリーフと会釈したニョッキという男が、脚立を持ち出して塀の上の有刺鉄線を巨大なニッパーで切断しながら、ジェスタフにやや焦りを滲ませる語気で尋ねた。


「まぁ待て、本音と建前の話を思い出せ。この家の主人は結構な篤志家として有名でな。特に俺らが今いる保育園やら小学校の設備やら、特に数キロ離れた先の孤児院なんかは土地と建築の費用まで出してた」


「孤児院、そこはやってませんね」


「まぁな。ンなことしたら俺がアリーフに殺される。兎にも角にも、ここいらでは人望がある男だ。しかしその反面、この狭い街にはヤクザ者がデカい顔をしているが、この篤志家はそれに関しては無視を決め込んでいる。因縁をつけられたくないから?違う、癒着して互いに甘い汁を吸ってるからだ。つまり、この篤志家の建前は街のためになりたいと言うが、その本性は汚い金で買ったピアノを寄贈して、人々から崇められ、祭り上げられたいだけの俗物だ。

 考えてもみろよ。遊び盛りなガキがたくさんいる保育園の壁際に有刺鉄線なんて危ないに決まってるだろ。気遣いが欠除してるのが分かる」


「なるほど、ですが、長い目で見れば街の平和に貢献していますし、一概に偽善と言い切れないのでは?」


「平和か、俺は平和という言葉は苦手だ。何故なら誰もその言葉の全容を知らずに崇める癖に、その成就は俺ら公務員に丸投げし、誰もその言葉が伴う行動なんかしないからだ」


 ジェスタフはダッフルコートの袖から快楽を紙で包んだ干し肉を取り出して、不味そうに咀嚼した。


「つまり、この家の主は自己顕示欲がかなり強いと見られる。そんな人間が自分の街で大火災が起きてる中、我関せずと昼寝か? いや、きっと私兵を炊き出しのような救護活動に当たらせる気だ。何なら、本人も現れたら至れり尽くせりなんだが」


 彼が干し肉を飲み下した時、屋敷の方から解錠音が鳴り、木製の扉に特有の粘液質な軋む音が聞こえた。


「おい」


 部下の1人で、名をクラテッロという猿のように腕の長い男が、咄嗟に脚立に登って塀の内側を覗き見る。


「私兵共です。数は15人、いや16人います。武器の類ですが、何人か警杖を持っていますね。服装は全員背広姿です」


 ジェスタフは急いでダッフルコートのトッグルを外し、防弾チョッキと枯れ草色のネクタイを剥き出しにする。


「自警団をやる気か。な、俺の言った通りだったろ。おいニョッキ、作戦を復唱してみろ」


「はい、出てきたのは今から我々が掃討し、その間に准尉が邸内を制圧するということでしたが、本当にお一人で大丈夫ですか?」


 ジェスタフはダッフルコートの右脇腹の辺りを拳で叩くと、手袋をはめてこう言った。


「銃さえ無ければどうということはない。それに俺はこれを持ってきたからな。それではお前達、抜かりなく頼むぞ」


「はい」


 そう言うと、ジェスタフは1人、別世界のような壮大な青空が広がる北の方角へ走り去っていった。

 ジェスタフが部下に対して激励をするのは、それなりに珍しいことだった。部下達は各々のガンケースから散弾銃を取り出し、口紅のような形の散弾を込めると、銃身の半分ほどはある消音器を取り付けた。私兵達が門を開けて外に出る前に行動を起こさねばならない。


「みんな、準備はいいか。このヤマが成功したら一気に生涯賃金稼げんだから気張ろうや」


「ああ、しかし数ヶ月前まで役人、今は立派なテロリストか。我々も中々数奇な人生送ってるぜ」


 3人は散弾銃のポンプを前後に引いて装填を完了させる。しかし、アリーフと違って慣れた者の作業を眺めて、他は見よう見まねで装填しており、初めてアイロンを扱う中学生のように動作は少しぎこちない。


「まぁな、あの人も吹っ切れたよな。おい誰か手榴弾ない?」


「馬鹿野郎、あんな危険なもの持ちたくもねェ。誤ってピンが外れた日には全員バラ肉だ。駄弁ってる暇はねェ。連中の顔面を蓮にしてやれ」


 3人は互いに顔を見合わせて頷くと、先陣を切る者は脚立に駆け上がって壁をよじ登り、今しがた有刺鉄線を取り除いたばかりの塀を潜り抜けると、下の茂みに飛び降りて、突然の侵入者に困惑げな私兵の手首を吹き飛ばした。


「貴様ァ誰だ!!」


「クソッタレ外した、おいお前らさっさと来いやボケが!!」


 苛立たしく2発目を撃つニョッキが怒鳴り散らし、慌てて残る2人も塀を登って庭に押し入ると、好き放題に丸腰の私兵達を蹂躙した。


 *****


 3人が私兵達を屠る頃、屋敷の中では市街地同様に火がついたような騒ぎになっていた。武装した不審者に屋敷を鎮護する私兵達がほとんど殺されたのだから無理もない。


「火事場泥棒にしては武装が強すぎる。きっと下の火事もアイツらが仕組んだこと……」


「そんなこと言ってる場合か!?巻き込まれて殺されちゃ敵わん、裏口からとっとと逃げるんだ、女から先だ!」


 元より金で雇われた使用人達に命をかなぐり捨ててまで雇い主に仕える義理もなく、むしろ使用人同士の友愛による結束力の方が優先され、彼らは老僕は背負い、目眩を起こした者には肩を貸して、一目散に裏口へ集まっていた。


「みんな邪魔だ!合鍵を持ってきたからどいてくれ!」


 後ろからモーニングを着た男が鍵の束を持って現れると、周りの者達は皆一堂に脇にずれ、男が多数の鍵から裏口の鍵穴に合うものを見つけるまで、微塵も生きた心地がしなかった。


「よしいいぞ、さぁ避難しよう!」


 辛抱の末に鍵は外され、開いた扉から小間使い達は蛇口をひねったように飛び出し、流れるように大の男達4人で門を蹴破ると、そのまま主人を放って下僕達だけで逃げてしまった。裏口は開け放しになり、冷たい風が吹いて1人でに閉じた。


「運が良かったな。もし再び鍵をかけようとしたら殺すしかなかった。あの連中は別にどうでもよかったからな」


 ジェスタフは、使用人らが取り乱して逃走する様子を焼却炉がある物陰に隠れて観察していた。彼らが逃げるなら裏口だろうと睨んでいたからだ。


「さて、俺は俺の仕事をするか」


 彼は腰の鞘にダガーナイフを戻しつつ扉に歩き寄ると、取っ手を掴んで静かに屋敷内に侵入した。この辺りは使用人達が寝食する空間なのか、床はヒビ割れ、灯りも豆電球でどことなくみすぼらしい。


「ケッ、こんなところに用はない」


 そうは言いつつも、ジェスタフは台所に入った。そして、食器棚の奥に入っていた桃缶を見つけて取り出すと、缶切りも一緒に取って開封したかと思えば、汁を一気にすすって中身の桃を一息に頬張った。

 そして、口元を手袋で拭って何事もなく桃を飲み込むと、また歩き出した。


「ちょうど小腹空いてたから助かったわ」


 数十歩ほど歩くと、右に階段があったので迷わず上に登った。登り切ると、そこには上の階のフロアと従業員達の部屋を区切るように、白く塗装された鉄製の扉があった。

 いざという時の防火戸か。とジェスタフは思い、そこに貼られた館内の経路図を数秒眺めた。


「開いてなかったら泣くぞ俺」


施錠されてないことを祈って扉を横に引くと、同じ建造物とは信じ難い藍色のカーペットが敷かれ、シミ一つない純白の壁が広がる煌びやかな廊下に出た。天上には小さいが絢爛なシャンデリアが5メートルほどの間隔で立ち並び、壁には絵画がかけられ、いくつか火のついていない燭台まであった。


「これ、純銀か?」


 燭台の物珍しさにジェスタフが近づき、何気なくそれに触れた時、廊下の端の方から男の野太い大声が聞こえ、ジェスタフの方へと響き渡った。


「見知らぬ男がいる!!奴等の仲間だ!!こっちに来てくれ!」


「あら見つかった」


 ジェスタフが燭台を撫でながら右を見ると、顔も見えないくらい遠くの方で、邸内に残存していた私兵が彼を指差していた。そして、呼び寄せられた仲間達が3人集まり、意気軒昂にトンファーと警棒を持ってジェスタフへと向かってきた。


「さて、俺も行くか」


 ジェスタフは軍にいた頃はいわゆるキャリア組だった。彼は国境警備や一揆の鎮圧のような軍警や陸軍の仕事である実働任務に駆り出されたことは一度もない。

 それだというのに、彼は全く怯むことも背を向けることもなく、むしろ居丈高な様相すら呈して私兵の方へと歩き出し、趣に左懐に手を入れると、殴りかかろうと警棒を振り上げた私兵の首筋に向けて右手を抜いた。


「柳葉刀っていうのさ。幅広でややカーブを描いている剣でね。遠心力が物を言う。まぁ来世でも人になれたら使ってみるといい」


 瞬間、私兵の首は薄皮一枚残してほぼ取れかかり、血の泡を吐いただけで落ちて床に転がった。ジェスタフの手には彼の言葉通りの得物が握り締められ、血に濡れた刃はシャンデリアの明かりで白金色に輝いていた。


「おっと隙ありだ」


 あまりに凄惨な光景に言葉を失った残りの私兵3人の内1人は、ジェスタフに腹を貫かれ、抜く際に柄を捻って臓物を掻き回すと、力無く垂れ下がった手からトンファーをもぎ取り、やっと我に返った2人目の顔面を持ち手のところで何度も殴打すると、最後の1人は革靴でもって造作もなく蹴り殺した。


「悪いな。靴の踵に鉄板を仕込んでんだ。しかしコイツら弱いな。高給もらってからは怠けてたか?」


 トンファーで殴った私兵はまだ息があったので彼は襟を掴んで持ち上げると、冷たい刀身を頬に当てて尋問した。


「ラスカロフ氏の部屋はどこにある? 教えてくれるとありがたいんだが」


 ジェスタフは柳葉刀の刃引きされた峰の方で、私兵の眉毛に沿って切れた傷痕を抉る。


「さぁな。1人で、さ、探せばいいだろブベァッ!!」


 ジェスタフは片手に持つトンファーを私兵の口に詰め込むと、シーソーのように下に落として私兵の前歯をへし折った。


「硬いこと言うなよ。何、言ってくれたら殺しはしない。約束するよ。言わないんならそりゃ自力で探すが、その前にお前を惨殺して屠殺場の豚みたいにしてからでもいいんだが」


「わ、わかった。俺達が今来た道を左に行くと階段がすぐに見える。そこを登ったらすぐ目の前に両開き扉の部屋がある。そこだよ!」


「あざーす」


 ジェスタフは膝で彼の股間を潰すと、彼が倒れるよりも早く走り出し、上の階段を3段飛ばしで駆け上がった。


「うぁっ!」


 しかし、くの字形の階段の中間に差し掛かった時、上から投げ落とされた椅子がジェスタフの頭を擦り、よろけたジェスタフが己の生え際に恐る恐る触れると、眉が輪郭に沿って裂け、指先にべったりと血が付いていた。


「いてぇな。一杯食わされたか。おい、アンタがあの雑魚連中の束役か? 」


 ジェスタフが上を見上げると、自分より幾らか年上そうな三十路らしき男が背広を脱いで階段の手すりにかけていた。


「少し違うな。一応私兵ではあるが、俺は退役兵監査官だ。金で転がった軟弱者と違って軍の出向でここに来ている。あんな下等な奴らと一緒にするな」


 そう言うと男は、カミソリのように鋭い目付きを更に細め、立てかけた軍刀を掴み取り、胸前の前に置いて静かな面持ちで抜刀した。


「来い野伏め、社会の艱難辛苦を思い知らせてやる」


「あ?上等だ」


 ジェスタフは彼の剣を値踏みするように睨みつけた。柳葉刀とは対照的に反りが皆無の直刀。柄も刀身も長く断ち切ることには弱いが、その分刺突することに関してはジェスタフの剣より秀でている。

 中々に手練れと見た。舐めて挑めばマジで殺されそうだな。ジェスタフはそう思い至り、剣の鍔を横に回すと、ロックを解除したのか柄が横に伸び、柳葉刀の時は80センチに満たなかった全長が倍近い長さにまで拡張した。薙刀である。


「ほう、薙刀に変えられるのか。珍奇な武器だな」


「ハハ、だったらその珍奇な武器でブチ殺してやるぜこの虫ケラが!!」


 再び鍔を回して柄と刀身を固めると、叫ぶジェスタフは男の立つ上階へ薙刀を脇に挟んで登り寄り、そのまま刃を荒々しく水平に薙ぎ払う。男は咄嗟に屈み込んで横に転がり、振り払われた薙刀の下に潜り込むと、軍刀をジェスタフの喉元に向けて突き上げ、それが回避されると、腰を回して起き上がり様にジェスタフの足元を掬い上げてよろめかせた。


「うおっと……」


 ジェスタフは僅かに焦ったが、機転を利かせて片脚で飛んで横の手すりに飛び乗ると、再びよろける前に壁を蹴り、さっき一撃で私兵を黙らせた、あの鉄板仕込みの強烈な蹴りを男の腹部に向けて繰り出した。


「おお怖い」


 しかし、蹴るまでに入る動作が長いせいで男に先を読まれてしまい、せっかくの見事な蹴りを容易くかわされただけでなく、背後まで取られた。


「死ねい」


 すぐさま男は鈍く光る軍刀を振り下ろすが、今度はジェスタフが展開を読み、脇から後ろに伸びていた柄を用いて刃を受け止めただけでなく、上半身ごと薙刀を背後に向け、空を切る速さで振り出すも、男の軍刀の特異点の一つであった長い柄によって弾き返された。見ると、柄の先には分銅がはめ込まれていて、その部分で敵を殴ることにも使えるらしい。

 ジェスタフは走って一度男から距離を取り、猫のように素早く防弾チョッキからポケットナイフを抜き取ると、男に向かってダーツじみた投法で投げ付けた。


「そう無粋な真似はするな」


 だが、ジェスタフ自身予測していたことではあるが、ただ弾くのではなく、剣の腹で下から突き上げて打ち落とすという、むしろ遥かに技術を要するやり方であしらった。


「クソが、アンタ戦場で戦ったことあるクチだろ」


「そうだ、もっとも戦火の中では刀なんて端女以下だ。俺もお前もこうして干戈を交えて殺し合いが出来るというのは、ある意味世の中が泰平という証かもしれんぞ」


「そりゃ真理だな」


 ジェスタフは男の理論を一笑に付すと、再び彼の方へ接近した。そして薙刀の刃を上に変えて下から勢いよくかち上げるも、頭を僅かに後方にやっただけで避けられた。次の瞬間、がら空きになったジェスタフの左胸に男の軍刀が突き刺さった。


「うぐぁっ!」


 ジェスタフは苦痛に呻いて後ろに飛び跳ねる。だが、男は引き抜けた軍刀の先っぽを見て首を傾げた。そこに全く血が付いていないからだ。


「お前さん、相当高い防弾チョッキを着てるな。いや、羽織ってるコート自体そうなのか。こっちはワイシャツとネクタイだけだというのに姑息な奴だな。まぁ若者はみんなこうか」


 男は勝手に自己完結して頷くと、軍刀の切っ先をジェスタフの眉間に合わせて宣言した。


「ならば、お前の頭蓋を抜けばいいだけのこと。お前が済んだら次はお前の同胞達も残らず殺してやる。何人も殺してきたつもりだろうが、どうせ弱い者いじめしかできないだろう? 」


「何だと?」


「俺の方がお前より多くの人間を手にかけているわ!!」


「ああ!?俺は今月もう」


 ジェスタフが言い終わるのを待たず、男はジェスタフが投擲したナイフを掴み取り、両手に刃物を持った状態で彼に挑みかかる。ジェスタフは自身も同じことをしようと懐に手を入れたが、それも間に合わないと悟ると、素早く薙刀で彼の刀身を受け止めた。

 両手と片手なら力比べでは普通ジェスタフの方に歩があるが、この男、剣術だけでなく腕力も相当なようで簡単には押し返せない。それに、片手を塞げても意味がないのだ。


「頭蓋を抜くと言ったが、流石に人の脳なんて生で見たくないんでな、こうやって喉を掻き切らせてもらうぜ」


「ク、クソが……」


 そう言い放ち、男はナイフを逆手に持ち替えてジェスタフの喉仏へ突き立てようとした最中、男の腹に突如銃弾が撃ち込まれた。


「な、なんだ?」


 男が銃槍から銃の位置を目で追うと、ジェスタフの左手にはリボルバーが握られていることを知った。アリーフが別れ際に持たせた、あの中折れ式のリボルバーである。

 彼は軍刀はしっかりと握り締め、それでもジェスタフに斬りかかろうとしたが、今までの剣戟とは違ってまるで勢いが無く、簡単に押し返されてジェスタフに斬られると、そのままうつ伏せに倒れた。


「お、お前……銃を持っていたなら、な、何故最初から、つか、わなかったんだ?」


「アンタとは割と正々堂々やりたかったからだ。だが、最後は切羽詰まって銃を使ってしまった。俺は敗者かな?」


 ジェスタフは煙草を吸いながらそう答えた。


「……知るか」


 男はそう言ってこと切れた。ジェスタフは用心深く男の頭を撃ち抜くと、せめてもの手向けに拾い上げた軍刀を鞘に戻し、男の背中に置いた。


「さて、有終の美を飾るか」


 ジェスタフは自己に休む間も与えず、主人がいるとされる両開きの扉を蹴り開けた。室内には外套を着込み身なりを整えた小太りだが、いかにも高潔そうな面構えの初老の男性が、窓枠の前に立ってジェスタフに向き直っていた。


「貴様が族の頭か、目的は何だ? 話を聞こう」


「あーうっさいうっさい黙れカス」


 だが、そもそも対話など考えてもいなかったジェスタフは、残る弾を全て使って問答無用でラスカロフを撃ち殺した。彼も射撃も下手ではないようで、3発の内1発は外れて花瓶を割ったが、残りは唇と額に着弾した。


「役に立ったよアリーフ。反動だけで突かれた肺が痛む。こりゃデカい青痣できたな」


 ジェスタフは忌々しそうに薙刀を縮めて柳葉刀に戻すと、ダッフルコートの裏布に縫い付けた鞘にずぼりと納め、リボルバーも腰にねじ込んだ。

 そして、ポケットから自分のトランシーバーを取り出すと、周波数をどこかに合わせて無線をかけた。


「仕事終わりの一服は格別だ」


 突如、雷鳴のような轟音が屋外で鳴り響き、短いが強い揺れと共に天井から埃が舞い、窓が小刻みに震えて亀裂が走る。ジェスタフは窓際と家具から離れて上のシャンデリアを不安そうに見つめた。


「さて、金庫をさっさと暴きますか……そういえばさっきの奴、合鍵の束を持っていっちまったが、どうしよう」


 隠密作戦を実行するテロリストが何かしら大きな音を立てた時、それは作戦が一区切り、あるいは完了したことを意味する。彼は今、最後にとっておいた爆弾を爆破させた。

 それは大学病院に仕掛けた。彼はそこを事前に調べ、災害時の避難場所に指定されていると知っていたからだ。彼はそこにも爆弾を、それも粉塵爆発を起こそうと石灰の袋まで置かせていた。


「泣きっ面に蜂というのは想像すると痛快だな。アリーフが手隙なら写真を撮らせたかったぜ」


 忘れてはいけない。彼の大好物は不幸な人間をさらに不幸にさせることだ。

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