銃剣と薙刀 9
「君、君! 大丈夫?」
誰かに強く頬を平手打ちされた痛みで僕は覚醒した。目を開けると、眼前に肥えた中年の女性が僕の顔を不安そうに覗き込んでいた。
「何? 一体何が?」
僕は上半身を起き上がらせて額を叩いて何となく上を見上げた。空は血合いの色に染まり、黒い煙は雲底を焦がさんばかりに噎せ返っていた。耳を澄ませば折り重なる悲鳴が聞こえ、惨憺たる光景が目の前に広がっているにも関わらず、街灯の上に留まる烏達は平然と鳴いて羽を脈動させていることに強烈な違和感を覚えた。
「よかった、元気そうね。ここらでたくさんお家や店が爆発したのよ。ヘフナー・コンツェルンの事務所もやられたらしいから、きっとどこかの暴力団がやったのね」
ヘフナー・コンツェルン。そうか、思い出した。僕はここら一帯を吹き飛ばすつもりだったけど、何故か僕は何もしていないのに爆弾が勝手に起爆したんだった。きっとレーゼと雑談してて爆破が遅れたから、痺れを切らした兄貴がやったんだやろう。後で靴に画鋲入れてやる。
「とにかく逃げないと本当に死ぬわよ!! さぁ立って!」
耳が遠くなってると思ったのか、女性は僕の耳元に厚化粧の顔を近づけて金切り声で叫び散らす。僕に皿を投げ付けてた母を思い出すから勘弁してほしい。
そういえば、爆弾は警察署以外にも多数仕掛けてあったんだった。僕は人の話を全部は聞けない性分だから忘れていた。レーゼのことが頭に浮かんだが、まぁレーゼなら殺しても死なないし大丈夫だろう。
「何ボケッとしてるの!? 骨折してるの!?」
婦人は僕の両手を掴んで起き上がらせようとするが、そこまでされたら悪いと、僕は普通に自分で起き上がった。
「いや、どこも怪我はしてません。全然平気です。どうぞ、お先にいってください」
「自宅に行く気? やめなさい! アンタみたいないい男が死んだら親御さんも悲しむわよ!」
「いや、勘違いしないでくださいよ」
僕はレインコートを捲り上げて、腰のホルスターからガバを抜くと、婦人の眉間に銃口を押し当てた。
「え……?」
「いくというのは避難所に行くとかじゃないですよ。逝去とかの逝くです。悪しからずどうぞお先......に」
そうして、僕は婦人を射殺した。
流石に銃声には驚いたのか、これには呑気こいていた烏も叫んで飛んでいった。でも、撃った際に飛んで転がった婦人の眼球は、目敏く見つけて咥えて行ってしまった。
「やれやれ、ベタベタ僕に触るなっての。男娼だって対価無しには触らせないだろうが」
返り血がレインコートについてしまった。しかしまぁ、黒なら目立たないので良しとしよう。
兄貴に言われたことは確か、軍警の数を減らせということだった。思い返せば、昨日の赤ん坊の母親といい今のといい、最近はまともに戦った試しがない。このままでは腕も鈍ってくるし、何よりやりがいを感じない。
「なるほど、ガス抜きにはちょうどいいや。夏ならいい汗かけそうなのに残念だ」
そう遠くない場所では複数の軍警と思わしき人間が、喉を潰さんばかりの声量で近隣住民へ早く逃げるよう避難を呼びかけていた。それは、僕にとっては上げ膳据え膳と言った感じだ。
僕は声の出所を間違えないよう、燃え上がる炎の息苦しさの中で慎重に耳を澄ませた。
悠然と足を前にやりつつレインコートのジッパーを降ろす。僕は鎖骨辺りの第一ボタンを留め、レインコートをマントに変えて翻す。そして、うなじの方へと右手を回し、背中に背負うライフル用ホルスターの中で眠るジャングル・カービンを抜き取った。銃身がフードに引っかかるかと思ったけど、そうはならなかった。
次に袖口の裏のジッパーも外してそこから銃剣を抜き取ると、鞘ごと銃口部に鍔を通して強く押し込み、カチリと音が鳴ったらゆっくりと、風に吹かれて閉まる扉のように静かに刃を抜いた。
これで終わりではない。最後に腰につけた幾つかの内の一つであるポーチを開けると、銃を持つ上で最も大事な物を取り出した。クッキーじゃない。もちろん弾丸のことだ。
我ながら兵士とは思えぬほど白く細い、親指を除く4本の指をボルトにかけ、クリップで固定した5発の弾を開いた薬室に慣れた手つきで押し込むことを二度繰り返し、総仕上げにボルトを戻して先端の丸みを掌で叩き落とせば、全ての準備は万事完了した。
この作業にも手慣れているから、20秒ほどで済ませることができた。
「さて、あそこの曲がり角の先か?」
住宅街というのは似た家々ばかりが連なっていて土地勘がないと迷う。おまけに風向きが変わったのか煙で視界がうっすら白んできた。好きなだけ暴れてやりたいが、消火活動にも遅延が出ているようだし程々に済ませて兄貴達の元に行くとしよう。
僕は駆け出し、カービンを構えた姿で角を曲がると、逃げ遅れの捜索に来たのかこちらに向かって走ってきた3人の軍警に向けて、人数分を発砲した。
「まずは3人」
石畳の上に血桜を散らした軍警達は、まるで時計の振り子のように身体を左右に何回か揺らすと、前のめりに崩れて裂けた後頭部を曝した。
「な、何だ?おい!! 銃を乱射してる男がいる! 住民を早く安全な場所へ!!」
「はぁ?」
近くで僕を捕捉した軍警がいた。だけど、てっきり僕を撃つのかと思ったら彼は実に正義感に溢れることに住民の退避の方を優先させた。疑問なんだけど、どの道僕に手を焼かなければならないなら、ここで僕を倒しておくべきなんじゃないかな? と思ったけど、まぁ非常時だと人間、合理的な選択ができないものだと割り切って4発目を装填した。
しかし、何人かの軍警は僕の対処に回る気らしく、腕にベルトを通したナガン小銃を携えて僕を睨みつけた。
「ん?」
それに、後ろからも軍靴の足音響かせ、銃声を聞きつけた別働隊がやってきた。数は合わせて9人いた。想像よりずっと少ないな。と僕は思った。しかし、本部を燃やされたのだから当然かという気もした。
「小僧、お前何やってる?愉快犯か?」
「さぁ?僕が知りたいです」
茶々入れようとした軍警を間髪入れずに射殺すると、周りの連中もやっと反撃してきたので、銃剣の切っ先が向く近場の者から順に撃ち殺していく。次弾を送り込む際に鳴るボルトの開閉音を聞くのも久しぶりで、それだけで心が躍動した。
横からカービンを掴んで奪い取ろうとした輩がいたけど、僕はあえて銃を持つ手を離し、逆に脇腹に膝蹴りを食らわせてよろけた彼の首根っこを鷲掴みにすると、同時にガバを引き抜き、そして脳漿がこびりつく塀に顔面を押し付けて、つむじから風穴を開けてやった。
真後ろからトンファーで殴ろうとする奴は死体からカービンを奪い取り、銃床を振って顎を下から砕き、よろけたところを難無く斃した。
敵も何発か撃ってきてはいるのだけど、小銃を撃ち慣れていないのか、さっきから1発も当たっていない。僕を直接掴んでくる奴は多分、暴発を恐れてそもそも弾を込めていなかったのだろう。
残りは2人いたけど、この際面倒くさかったのでガバでまとめて眉間を撃ち抜き、側頭に曼珠沙華の花を咲かせてやり、それは塀の上で押し花となった。
だけど、ちょうど全員制圧したところで新たに背後から増援が現れてしまい、何と言うべきか早くも少し嫌になった。致し方なく僕はガバの残弾を空にしてホルスターに戻すと、カービンを両手に携えて突撃し、敵の1発がもみあげを掠めたが、構わず撃った奴の心臓を貫いた。
「ぐェあァァァァァあああぁッ!!」
「おー痛い痛い」
肉を裂き、骨を砕く感触が銃剣を伝って腕に届く。銃剣の持ち手の部分まで人体に突き刺さり、男の錆色の顔から見たこともないほど大量の汗が噴き出た。
「おろ? 抜けない」
銃剣を少し深く刺し過ぎたようで、刃が肉に食い込んで離さない。しかし、無理に引き抜こうとすると彼に無用な苦痛を与えてしまう。
「仕方ねェ……ならば、こうするまでよ!」
僕は串刺しにされた哀れな軍警の足を蹴り払い、銃身を左肘の裏で支えるようにして軍警ごと抱え上げると、そのまま銃を半ば当てずっぽうに目視のみで狙いを定めて乱射した。引き金を引く度に発砲光の代わりに血煙が噴き出て、僕は頭を大きく振ってフードを深く被る必要があった。
近くの敵兵は背中から筍のように飛び出した銃剣の先で喉笛を切り裂き、いつしかレインコートどころか身体中が血潮に染まって、流石に無視できぬほど全身、いや周囲から血腥い悪臭が漂っていた。
「終わった」
逃げようと背を向けた最後の1人を、拾ったナガンで撃ち倒し、闘いはたった4分くらいで終わった。
いつしか雪も止んでしまった。湧き上がる煙に押し退けられてしまったのか、火事との因果関係は分からない。雪は止めど血は流れ、レインコートの裾から流れ落ちた血のせいで、ブーツが湿って歩くと不快な水音を立てた。
「重っ」
大の大人を1人持ち上げるのにもいい加減限界が来たので、両腕の力を抜いてだらしなく銃を下げたら、何度も撃つ内に切創が広がったらしく、大腸がこぼれた遺体が勝手にずり落ち抜けてくれて、手間が省けた。
僕はカービンを一振りして付着した鮮血を払い落とすと、煙草を1本咥えて点火した。しばらく黙って吸っていたが、やがて吸い殻を遺体の口内にできた血だまりに捨てると、急に下半身が鉛になったかのような重い疲労を覚えた。
おかしい。ほぼ無傷で全員倒せたのにほとんど達成感とか高揚感を感じない、疲れてはいるし、火災の熱気で少しばかり汗もかいたが、それらに魚の鱗一枚ほどの爽快感すら見出せない。やっぱ僕ってあんま好戦的じゃねーのかな……。
戦ってる最中は少しは面白かったが、終われば祭りが終わった時のような虚しさを覚える。レーゼの言っていたことはこういうことか。僕はこの世界で生きていくと腹括ったはずなのに、この先こんなんで大丈夫なんだろうか。
僕はハンカチで顔を拭うと、どこかへ行く当ても無いので、想像よりずっと早く終わったけど早めに兄貴のところに向かおうとした。
「あぁッ!?」
それなのに、銃声が鳴り響き、これまた嫌なタイミングで軍警の増援が今さら現れて、遠くの壁の陰から僕の膝と腹を撃ち抜いた。今度は射撃が上手い者がいるらしい。見ると銃に照準眼鏡を付けている。さては生き残った精鋭の方は住民の避難に当て、それが万事終わったから、やっとこさ僕を狩りに来たといったところか。これには僕もうんざりして嘆息した。
「来るなら一度に束になって来て欲しいね。チマチマ貯金崩すみたいに小出しにやってくるとは……」
敵兵達はちょうど僕の進路方向に立ち塞がっていた。回り道したところで僕自身も軍人だったから、彼らの敵を追うことにかけてのしつこさはよく知っている。見つかってしまった以上、制圧するより他はない。
僕は死角に身を潜めて再びカービンに弾を詰め込むと、ガバにも新しい弾倉を挿入し、敵に向かって銃を構えて照星を除いた。足首から蔓を這わせ、鮮血を吸わせたら体力も回復した。




