銃剣と薙刀 7
ドアを開けると、玄関の端でレーゼが背中を丸めて煙草を吸っていた。魂の抜けたものぐさそうな表情で2人に背を向けて、自らが吐く煙をぼんやりと眺めている。
「......」
そんな彼女を見たジェスタフは、先ほど喉に入れられたスパナのことを思い出し、懐に手を伸ばしてそれを握り締めると、返しをやろうと彼女の脳天に向かってスパナを振り下ろす。
「あーどちゃくそ眠い...」
「!?」
しかし、レーゼが睡魔に負けて絶妙なタイミングで真横に崩れ落ちたため、スパナが彼女の頭皮にめり込み、頭蓋を砕くことはなく事なきを得た。
「うん? うぉぉぉジェスタフ!? 背後から闇討ちとは男が廃るわよ!? 雑魚が!」
「気持ち悪いくらいお前運良いな...」
それと同時にレーゼは彼の気配に勘付き、慌てて虫のように四肢を使って後退ると、ベルトケースからハンティングナイフを引き抜いて彼に投げ付けた。だが、ジェスタフは慣れた様子で容易く柄を掴み、肘を回して彼女の足元にナイフを華麗に投げ返した。
「チッ……しちめんどくせェ、ほらよ」
そうしてスパナも投げ渡すと、靴を履いたまま家に押し入り床を軋ませて、レーゼの横をやたらと偉そうに大股歩きで通っていった。
レーゼはスパナを拾い上げて口に押し込み「ブンダバー」で自室かどこかに転送したが、その最中に香水をつけ直すアリーフが視界に入った途端に顔を綻ばせた。
「あら、アリーフ。私があげたレインコート着てるのね。似合ってるじゃない。やっぱアンタはこういうダボダボの体型の判別がつかない服が似合うのよ」
「うん、ありがとう。僕も気に入ってるよ。兄貴は晴れの日に着るなんて馬鹿らしいなんて思ってるらしいけど。ところでレーゼ」
「ん?」
「兄貴にスパナを食べさせた後は、僕らのこと見張らなかったの?」
アリーフはその言葉を口にすると、レーゼの元に歩み寄り、彼女の両腿の間で膝をついた。彼は子猫のように親しげに、しかし瞳はフクロウのようにくっきりと、眼窩から外れ落ちんばかりに見開いて、鼻先を彼女の同じ部分に押し当てて問いかける。
「ねぇ、どうなの?」
レーゼは眉をハの字にして唇を丸め、さりげなくアリーフの唇に自らのを重ねようとしたが、予想していたアリーフに掌で制された。
「いや、あの後はリウに絵本読んでって言われたから見てないわ。何? 何か変なのから勧誘でもされた? ああいうのは相手にしたら負けよ」
レーゼはアリーフの顔を間近で見つめ、やがてオリオン座が映りそうなほど綺麗な彼の瞳から顔を離した時、アリーフはその瞬間にそっと、頬にキスをして立ち上がった。
「ううん、何でもないよ。さぁ立って」
そうして微笑み、レーゼの両の手を取って彼女を立たせると、アリーフもまた彼女の横を通って居間の方に向かった。レーゼは手と頬を摩りながら、誰に対して言うわけでもなくぼそりと一言呟いた。
「……よし、今日風呂入るのやめよ」
*******
居間に入ると、空き家なだけあって家具は業者が持って行ったのか既に何一つなく、プライバシーのためか模様のないレースのカーテンだけが下ろされて外気を遮り、陽の光に照らされて微かに輝いていた。
「よう、アリーフ」
「あっお疲れ様です。ニョッキさん」
そのカーテンの横で、ジェスタフを含めて4人の人間が壁に寄りかかったり、排便座りをしたりして各々作業に勤しんでいた。ある者はクワスを飲みながら散弾銃の整備を始め、ある者は手帳を見せてジェスタフと何やら敬語で会話している。
彼らはジェスタフに与する兵士達だ。団結軍は零細組織なのにも関わらず、愚かにもクランストロを筆頭とする陸軍派とジェスタフを筆頭とする官僚派に分かれている。この二つは犬猿の仲とまではいかないが、それでも腹の底では互いを尊重していないというのは確かな事実だ。
一致団結すべきだと誰もが本心では分かっているが、戦争を経験し軍人としての気概に溢れた陸軍派と、進学率10%以下の大学を卒業した高学歴が揃う部署派は中々歯車が噛み合わない。軍部内融和はどの国でも課題の一つだった。
「しかし、防弾チョッキも久しぶりに着ますね」
「そうか? 俺は常に着てるから慣れた」
彼らは黒がかった灰色のツナギを着込み、その上から紺の防弾チョッキを窮屈そうに羽織っている。腰には予備携行の拳銃が睨みを利かせているが、これでも頭に被るヘルメット、手榴弾や警棒に携帯食糧が無い分、演習などで身を包む重武装に比べたらまだまだ軽装な方だ。
もっとも、鉄板が内部にある防弾チョッキは、並の人間には背筋を伸ばすことすらままならないほど重いが。
「……」
居間の中央には前は絨毯が敷かれていたようで、他の箇所は日焼けしたり黒ずんで汚れていたが、敷かれていた部分は何となく真新しく見えた。
そこに、何丁かの銃火器や腕時計が付いた爆弾らしきものが置かれていて、その中にはいくつかアリーフの獲物もあった。
「おいアリーフ! ボサっとしてないで自分の道具の点検しろよ。今から説明するから」
「うん」
アリーフは頷き、煙草に火を灯しながらいそいそとレインコートを脱ぎ始めた。彼が懐のホルスターを外した時、遅れてレーゼがやってきた。
「ねぇジェスタフ。何やるか知らないけど、撤収作業以外に私に役目が無いなら帰るわよ? リウを待たせてるの……じゅるるるる」
「別に一旦帰っていいぞ。てかお前、何飲んでんの?」
「タピオカミルクティーだけど」
「20年後くらいに流行るものを持ってくるな!バカ!」
「あーあ、もったいない」
ジェスタフはレーゼからタピオカのカップをひったくり、力任せにどこか明後日の方向に向かって叩きつけた。
「さてと、とりあえずここまでは重畳だな。よっしゃアリーフ。コイツらには既に伝えてあるが、お前にはまだだから言うとだな。俺達は今からここら一帯の地主の家を襲う。シンプルに言えば強盗だ」
ジェスタフはこんなことは何てことない、まるで友人を食事に誘うような朗らかな笑みを面にたたえ、包み隠さず簡潔に要点のみをアリーフに伝えた。下手にはぐらかした説明は、逆に彼に嫌疑感を抱かせかねないということを長年の付き合いで弁えていたからだ。
かといって、はいそうですかとアリーフもそう簡単には了承しない。
「えぇ? 何タタキやんの? 僕は子どもが死ぬなら兄貴の頼みでも協力しないって言ってるでしょ? それに地主とはいえ兄貴の独断だろ? まさかクランストロ将軍にやれと言われてんの?」
ジェスタフは首を横に振る。
「いいや? 俺の独断での作戦だ。だが将軍が義理人情には生きてないことなんて知ってるだろ? あの方は物事を一定の枠組みに入れて、そしてその限られた範囲内でなら冷静に行動できるが、反対に踏み込んだ判断は出来ない。べらぼうに強いお人だが、おっかなびっくりな節があると俺は思う」
「だから、幹部の自分が率先して行動しなければいずれは綻びが生じて、組織は瓦解すると言いたいの?」
「流石は俺の弟だ。その通り。だいたい俺達は赤貧なんだ。金庫を潤さないと、近い内俺達の個人資産で捻出しなくちゃならなくなるかもしれない。針子や造花で賄えるわけもないし、一度にがーっと稼がねば。ああ、お前の不安に答えておくのを忘れてた。俺達が襲うラスカロフ家には子どもはいねぇよ。だからこそ、全員生かしはしないが、な……」
ジェスタフは淀みなく、どこか爽やかさすら感じる口振りでそう言うと、懐から香水を取り出して額の辺りで天井に向けて噴射し、バラの香りを頭髪に纏わせた。
アリーフは何も言わず、黙々と自分の銃の整備を進めていた。彼は日常ガバを用いるが、仕事に際した時は愛用するボルトアクション式小銃を引っ張り出すことにしている。
名前は「ジャングル・カービン」
他の哨戒兵などが用いる小銃と違い、木製の銃身は切り詰めて軽量化が施され、同時に取り回しも良くしている。さらにはボルトの長さも他の類似品より短く作られており、連射性能も高い。アリーフはこれに手を加えて、銃床をヤスリで削ってさらに重量を削っている。
だが、この銃の最大の特徴は銃口部。ラッパのように先が広がった銃口の数センチ後の鉄筒の上で覗く照星にある。それは非常に大きく作られていた。何故なら、照星は銃剣を装備する重要な箇所としての役割を担っているからだ。
アリーフは床に置かれた茶色の鞘の銃剣をがしりと掴み取り、針に糸を通すような神妙な面持ちで鍔に空いた穴を銃口に通して照星で固定すると、するりと鞘を脱がせて白銀に光る磨き上げられた刀身に己の瞳に映し、口角を上げた。
「銃剣持つと、やはり気分が変わるね」
ジェスタフは煙草を口にしてほくそ笑み、横で目敏く見ていた部下が着火したが、一度では火が点かなかったので、彼に睨まれた。
「ふん、新しいオモチャ買ってもらったガキみたいな顔しやがって。まぁいい。おい、リガトーニ君。アリーフに無線機を渡せ」
「はい、ほらよ」
ジェスタフが顎を動かして指示を回すと、髪を短く刈って眉と髭を綺麗さっぱり剃った、不自然なほど清潔感のある20代半ばくらいの男が、アリーフに黄緑色のテープを巻いたトランシーバーを手渡した。
「お前の役目は軍警の露払いだ。今の時刻は午前10時半だが、約1時間後に警らの連中が交代のため各自署に戻るので1箇所に固まる。それに昼飯前で腹を空かせて注意力も散漫になっているはずだ、コイツらに町の何箇所かで爆弾を仕掛けさせた。当然、その中には警察署も入っている。威力は微妙だが、近くの人間を何人か弾け飛ばすことはできる。その無線機は電源を入れた瞬間に自動で起爆するようセットしてある」
「それで?」
「つまり、俺達が邸内に侵入してる間に軍警の介入があると非常に困るからな。殺される。こっちの銃刀法は厳しいから、富裕層すら私兵も最大で20人の上に銃も持てない。だが、軍警は治安維持の大義名分がある以上は当然銃も持てるわけだ。
だから、町の至るところでボヤ騒ぎを起こして奴らを分散させ、こちらの仕事には気づかせないようにする。だが、奴らは仕事が早い。捜査云々は抜きに火災現場とかはすぐに片付けられて、やがて通報に気づいてこちらに向かってくるだろう。
お前の仕事は軍警とドンパチして、奴らの数を減らせ。要請を受けた陸軍が来るほど俺達も長く居座る気は無いから安心しろ。その銃剣を使って奴らを間引き、注意を惹きつけろ。抵抗してくる民間人がいたら容赦なく殺れ。騒乱を起こし、羽虫の如く叩き潰せ」
アリーフは受け取ったトランシーバーを眺めて、電源の位置を確認する。
「はぁ……分かった。多分僕1人じゃ手に負えないだろうから、程々なところで僕も屋敷の方に逃げるよ。というか、私兵も銃持てないんだ。てことは彼らは何持って警備してるんだろ」
「大方、ボウガン、警棒、刃物の三点セットだろ。イレギュラーなのだとパチンコや手斧とかだな。こちらの王が蜂起を怖がってくれて助かるよ」
「だが、軍を辞めて金持ちの私兵になることは兵士達にとって高給取りで憧れの的だよ。その分、優秀な人間が集まるらしいじゃん。割と苦戦するんじゃないの? ほら、これ持ってきなよ」
そう言うと、アリーフは脱いだレインコートの裾のジッパーを下ろし、小さなリボルバーを彼に手渡した。
「いくら銃嫌いでも近接武器だけじゃ困るよ。それは中折れ式リボルバーだから、使いやすいし再装填も早く済ませる。銃は3つもあると持て余すんだ」
ジェスタフは受け取ったリボルバーを折ってシリンダー内部を確認する。アリーフの好意は素直に嬉しいが、自前の武器で十分なので、内心は自分もこの銃を持て余すことを予感していた。
「ありがとよ。ヤバくなったらこれで自裁するわ。まぁお前が銃剣付き小銃を取り出してきたように、俺もまた秘蔵のブツを持ち込んで事に備えてある」
唐突にジェスタフはダッフルコートのトッグルを外し、布地の裏に仕込んだ物をアリーフに見せた。アリーフは、さっきレストランで僕が最後まで指を詰めるのを渋ったら、きっとこれを使う気だったんだろうなと疑った。
「ふーん、それ持ってきたんだ。でも、それ遺品でしょ?」
「まぁな、だが遺品だからこそ宝の持ち腐れにはしたくない。クローゼットの中で化石にさせるのも哀れだ。ところでレーゼ。お前珍しく口閉じたまま微動だにしないな。閉経かヒブベッ」
ジェスタフの言う通り、彼女にしては影を薄くして珍しく沈黙を貫いていたが、ジェスタフの著しくモラルを欠いた失言で再稼働し、掌底を彼の顎にめり込ませた。
「いってェ!頭の中で火花飛んだぞ今このアマこの野郎!!」
ジェスタフが顎を撫でながらレーゼに対して、妙に語呂がいい罵声を浴びせた。それをレーゼは全く意に介さず、アリーフの腕を手繰り寄せて彼を後ろから抱き締めた。
「アンタ達がどんな悪事を働こうが私は居候の身の棄民。口出ししないし、協力もするわよ。でもね、私のアリーフを巻き込まないでよ。要は囮じゃない。アンタがアリーフのこと大好きなのは知ってるけど、大好きならロクでもない仕事をさせないで。この子は何も知らないのよ」
「は? 何ほざいてんだ不細工。アリーフは俺の物に決まってんだろ。第一アリーフはまだ若い。若輩だからこそ汚いものを避けるという考えは俺は首肯できない。世間の裏と表を見てこそ、コイツの進むべき道は自然と割り出されるようになると思う。アリーフ、人生は冒険だ!」
「いや、僕は僕の物だよ。僕は家具か」
アリーフはレーゼに抱かれたまま自分の指の匂いを嗅ぎ、彼女に言葉を返した。
「僕のことは心配しなくていいよレーゼ。僕なら大砲でぶっ飛ばされても死なないし、好き好んでやってることだから。僕だって男子だよ? 武器持って暴れたい時だってあるよ。それに頭使うことより体使うことの方が得意さ。まぁ色仕掛けは遠慮したいけど」
ジェスタフは壁にちびた煙草を押し付け、煙を吐きながら口を開いた。
「じゃ、準備万端だな」
「……そう」
レーゼは諦観して、アリーフを一層強く抱きしめると彼からそっと離れ、ポケットに直に押し込んだクッキーを彼に顔を背けて食べた。




