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銃剣と薙刀 3

「兄上、一から説明してもらいましょうか」


「ん? おーまぁ待て」


 アリーフは紙ナプキンで静かに口元を拭いつつ妙に色っぽい瞳でジェスタフを睨みつける。ジェスタフはヤクザ者達の人数を指を使って数え、きっかり10人いると見極めると、足を組み堂々と構えて煙草に火を点けた。


「怖い人達が貸し切ってるなら気兼ねなくモクを吸えますなぁ。アンタ達も黙ってないで一服やったらいかがですか? ほれ」


 そして、あからさまな挑発として、最も近い場所にいた坊主頭の大男に向けて煙草を差し出したが、案の定鼻息荒く叩き落とされた。ジェスタフは飛んで窓辺に当たった煙草を目で追い、うまそうに煙を吐いた。


「ところでアリーフ、お前の愛しき彼女はいくつなんだ? 仕事場とか自宅教えろなんて言わねぇからよ。歳くらいは教えてくれよ」


「いいよ。17歳。前に僕の歳言ったら3歳下って言ってた」


 アリーフはなるべく、凄い形相で睨みつける彼らの方へは顔を向けないようにしながら返事を返した。こういった図体が何よりの資本の連中は決まって目付きがすこぶる悪く、それに眉毛を剃っているから表情が読み取りにくい。それで怒鳴る時には犬畜生が顔を出す。


「17歳! 羨ましいなちょうど旬の時期じゃねーか。いい年頃のを捕まえたな。ウェーイ」


「ウェーイ」


 二人は拳を突き出して互いに強く勝ち合わせた。ジェスタフは牛乳より白い歯を見せて笑ったのだが、アリーフの方は干草を食む馬のように口をモゴモゴさせては萎ませて、目の方は全く笑っていない。


「ふんんむっ!!」


「うふぁっ!」


 瞬間、暴力団の一人がアリーフの頭を鷲掴み、テーブルに荒々しく叩きつけた。アリーフは鼻を強かに打ったが、それよりも飲み終わったスープの皿に顔面を密着させられたことに、花の蜜に満たぬ微かな怒りを覚えた。

 この怒りは暴力によるものではない。顔を汚されたことから来る激情だ。むしろ、彼にしてみれば負傷はすぐ治ってしまうのに、それでも自分を攻撃するとは愚の骨頂だと、むしろ相手に哀れみすら感じた。

 ジェスタフは煙草を指に挟み、ニヤニヤ愉快そうにせせら笑いながらつぶやいた。


「好きにやれ」


 ジェスタフがそんな短い言葉を言い終わるより早く、アリーフは一流のスリのように懐に手を伸ばし脇のガバを抜き、その銃口をテーブルの縁に押し付けスライドを引くと、目視すらせず男の足元に向けて2発撃った。

 細く伸びた煙草の灰が、儚く折れて床をまぶす。その一瞬の内に、早撃ちの一連の流れは何ら問題なく終わっていた。


「うっ……うぎゃぁああぁぁあぁぁぁ!!」


「ふむ、こんなに近いと当てずっぽうで撃っても中々当たるもんだね」


「流石に屋内でサイレンサー無しは耳が痛ぇな」


 弾は1発は外れたが、残るもう1発は男の左膝に食いつき、貫通せずに内部で肉を引き裂いた。骨も無残に砕け、彼は恐らく一生満足に走ることはできないだろう。いや、松葉杖無しでは新聞も取りに行けないかもしれない。

 コンパスのように普段とは真反対の逆側に折れた己の膝は、どうやら撃たれた激痛よりも彼にはショッキングだったようで、彼は絶叫して力なく崩れ落ちた。

 しかし、彼が床に尻餅をつくことは無く、アリーフに胸ぐらを掴まれ身体を引き寄せられ、足を引っ掛け舞踏を踊るように身を翻させると、冬だというのに日焼け跡の残る首を腕の中で締め上げ、こめかみにガバを向けた。

 アリーフはへの字に口を曲げ、瞼を一度閉じた。そして、それが再び開く時には闘志が黄緑色の瞳を彩っていた。


「帯銃してる人間に近寄る時は、もっとこう……セミを捕まえる時みたいにゆっくり後ろから近寄らないとダメでしょう。もっとも僕みたいな軟弱そうなのが道具を持ってるなんて思いませんよね?あ、暴れたら撃ちますよ」


 男が脚を蹴ると、アリーフは締め上げる腕力を強めて強引に屈服させた。アリーフは愛くるしい顔付きのせいでひ弱そうに見えなくてはならないだけで、実際のところは闘牛の如き剛力を両腕に秘めている。

 美男子は華奢であるべきという固定観念と、着る衣服の大半がジェスタフのお下がりのせいで、本来の体格に比べて痩せて見えるのだ。


「あつっ!?」


 ジェスタフは、先ほど自分の煙草を弾き落としたヤクザの鼻っ面に吸い殻を弾き飛ばすと、頬杖をついて打って変わってうんざりした様相を顔に塗りたくり、周りの連中を煙たそうに見回した。


「お前ら仲間殺されたくなかったらとっとと下がれやボケナスが。加齢臭が臭うだろうがァ!!」


 ジェスタフが青筋立ててドスを効かせた声を絞る。暴力団達は舌打ちこそしたものの、致し方なく後ろに下がった。拳を握り締め、酒瓶を投げつけようとする者もいたが、ぐっと堪えて歩みを後ろへやった。

 ジェスタフは気性の荒い性格だが、30近くもなると学生の時と違って多少は自制が効き、こういった場で狼狽えて相手に主導権を握らせるようなことはない。正しくは怒りや焦りを顔に出さなくなる術を身につけ、自分より弱い人間のみを選んで強く出るのだが、本人はまだそれに気づいていない。

 アリーフは顔についたポタージュを今すぐ拭いたかったが、あいにく両腕が塞がっているので、やむなく男の肩に頬を擦り付けた。


「兄貴、兄貴が何やったのか知らないけど、この際この方を人質にして逃走するべきだと僕ぁ思うね」


「いや、それじゃ急場を凌ぐだけさ。それだと、俺は当分ここら近辺は大手を振って歩けなくなってしまう。まぁまとめて潰してもいいが、かわいい弟が血を流す姿は見たくないからな」


「何僕にやらせようとしてんの?」


「まぁ俺には到底できないことだ」


 ジェスタフは電源が落ちたようにふっと真顔になってそう言うと、椅子にかけたダッフルコートを掴んで袖を通し、いつもの癖でうなじをかいた。

 アリーフは、僕はどんな役回りを演じるんだ? と細く白い首を人形のように愛らしく傾げたが、少し考えたら察しがついたようで、目は泳ぎ額に冷や汗が滲み、また締め上げる男の背広に顔を擦り付け、そのまま俯いて何も言わなくなってしまった。


「また、僕にアレをやらせる気なのか……こんな安いアウトマートの飯如きで僕が釣れると思うのか?」


 アリーフは恨みがましくジェスタフの方を見ずに彼に向けてぼそり恨み言を呟くと、ジェスタフも少しは肚にやましさを感じたようで、上擦った声で代案を出した。


「……わかったよ。あとで何でも好きな物を買ってやるよ。ああ…….それと葉巻吸いたがってただろ? 俺の秘蔵の最高級のをくれてやる。だから何とか頼む」


「……別に欲しいものないし」


「ジャリが随分余裕だな」


 その時、入り口のドアを部下に開けさせ、野太い声を出して男が一人やってきた。この連中の頭らしいが、ジェスタフは既に彼が誰なのか知っているようで、表情に変化が無いままスキットルに口をつけた。


「首領……」


「お前達、何をダラダラ手間取ってる? 若造の一匹満足に拉致できない無能にタダ飯を喰わせる気は私はないぞ」


「アリーフ。説明しとく。彼はヘフナー・リッケンバッカー氏だ。ヘフナー・コンツェルンのボスで、この街を守る立派な良いヤクザだ。まぁロクな死に方はしないだろうがな」


「はいはい」


 アリーフはジェスタを無視して生まれて初めて見る裏社会の長をしげしげと眺め、彼の顔付きから世間一般との隔たりを超越した威厳とそれによる野心を見出し、これから長い人生を生きる己の糧にしようとするのだった。

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