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銃剣と薙刀 2

「あぁ……近くで殺人事件でも起きねぇかなぁ……」


 上に「スパゲティ」と書かれた箇所にある、縦に積み重なったショーケースの内の一つを開き、中の野菜がたくさん入ったスープパスタを慎重に取り出しながら、ジェスタフは誰にも聞こえぬよう静かにそう行った。


「やめなよ兄貴、そういうのは言い当てるもんだよ」


 アリーフはポタージュスープとバターロールと魚のフライをプラスチックのお盆に乗せ、更に自分とジェスタフのコーヒーを入れた紙コップも2つ取っていた。2人は近くに空いた席を見つけると、早足でその席に飛びついた。両方とも懐や腰に武器を隠しているので、上着を置いたりした席取りができないのだ。


「いや、痛ましい事故や事件が起きると必ず現場では供え物が大量に置かれるだろう? 俺が望むのはそれだ、何て言ったっけ。ああ、アレだ献花台」


「……あー分かった、言いたいこと分かった」


 アリーフはまだ温かいパンを一口大に千切って口に入れた。ジェスタフはパスタの皿に口をつけて汁を啜る。彼は一応テーブルマナーは完璧に覚えていたが、日雇いも多くいるアウトマートで品良く食べるほど繊細な男ではなかった。まして食べる相手は上司ではなく弟である。

 アウトマートとは、ショーケースの中にある様々な料理を硬貨を入れて取り出す、レストランと自販機を融合させたような飲食店だ。豊富な種類があり安価で、ショーケースの中で保温もされているので温かく、家族連れや労働者に人気があるが、アリーフは昔ショーケースの中でハエの死骸を見たことがあるので、本心ではあまり利用したくなかった。


「あれマジで好きなんだよな、ガキが死ねば菓子やジュースが気味悪いくらい供えられて、反対に大人が死ねば酒や煙草がカートンで腐るほど供えられる。たまにガキにビール飲ませようとするバカもいるけどな。あと、果物みたいなナマモノ置く愚者も。

 俺が15の頃に幼馴染がいじめを苦に自殺したが、あん時はちょっとしたパラダイスだったな。それ目当てに夜中に出歩いたら、キャンディやマシュマロが山のようにあったわ。連夜家を抜け出してはリュックに菓子やジュースを詰めてたな。おかげでほれ、銀歯が二つできた」


 ジェスタフは口を開けると、下顎の奥で鈍く光る銀歯をアリーフに見せた。アリーフはそれに一瞥をくれると、笑みを乗せた唇をスプーンに浮かせてポタージュを飲んだ。その時に彼はカボチャの甘い香りを嗅いだ。


「兄貴が一時期大量にお菓子くれたのには、そういう背景があったのね」


「そうだ。だが、ああいうのは……そもそも周囲と微かなモラルと虚栄心を共有することで、空っぽの慈悲深さが自分にあると信じ込みたいだけの、哀れな連中の象徴に過ぎない」


 そう言うと、ジェスタフは産毛の生えた指を芋虫のように動かして紙コップを掴み、中身を飲んだ。


「4日くらい続けて俺がまたジュースを取りに行った時だな。その時もまだ食べ切れないほど菓子はあったよ。だが、その日は違った。死んだ幼馴染の両親が供え物を箱に詰めて捨ててたんだ。

 不憫だと思わないか? 娘を失ったショックも間も無くゴミ掃除に駆り出されるなんてな。翌朝また行ったら、軍警が手伝ってたよ。連中のやってたことは公務員の業務を妨害し、遺族を辱めたことに他ならない。

 そこへ行くと、俺は微々たるものだが掃除の手間を省かせ、捨てられる菓子をしっかり腹に納め、お前を笑顔にさせた。俺の方が人の道というのを弁えると思わないか? 善行というのはもっと閉鎖的で、個人的に行われるべきものだ。連中、功徳の何たるかを何も分かってないね」


 ジェスタフは手を使った芝居染みた口振りで彼に持論を説いた。言っていることは筋が通っていたし、アリーフも聞いていて自己中心さが鼻についたものの彼の考えには概ね同意だった。

 しかし、彼は言葉の端々で含み笑いを交え、悲惨な話を楽しい思い出のように話すだけでなく最後は自慢で締めたので、アリーフはジェスタフの問いに何と返していいか分からなくなった。ナルシストを相手にするのは骨が折れる。


「一理あるね」


 ふと前を見ると、ジェスタフは凄い勢いでパスタを口に押し込んでいた。アリーフがふと周りを見ると、従業員と目が合い、反射的に目を背けた。だが、相手の方はアリーフから目を離さなかった。僕に一目惚れしたのかなとアリーフはぼんやり思った。


「何だその曖昧な返事は? そういうのが上司に役立たずと思われるキッカケになるんだぞ、改めろ。まぁいいや。ところでアリーフ。お前女いるだろ?」


「ンだと?」


 唐突に切り出されたジェスタフの話に、アリーフは上ずった声を上げて目を瞬かせて、彼のとび色の瞳を見つめた。

 ジェスタフはダッフルコートに手を入れて手帳を出すと、ページに挟んだ長い金髪をアリーフに見せた。長さからして、喫茶店の若い店員の髪だろう。


「朝起きた時にベッドに落ちてたよ。着替えてる時にレーゼに聞いてみたが、アイツはお前にべったりだから教えてくれなかった。まぁどうせ女子高生とかだろ? お前年下好きだからな」


「……だいたい合ってる」


 アリーフは照れ隠しにコーヒーに大量の砂糖を入れて飲んだ。ジェスタフはほくそ笑み、手帳を床の上で振って髪をはたき落とし、うなじを指でかきながら上目で彼を瞳に写した。


「まぁせいぜい貢がせてもらえ。ただ妊娠はさせるなよ。後腐れるからな。俺達がその生き証人だ。リウも俺も。特にお前」


「兄貴、そういうのはちょっと……」


 ジェスタフは少し踏み入ったことを無意識の内に言ってしまったことに気付くと、僅かに頭を下げた。朝に気付けにスキットルの酒をやっていたので、少し酔ってるなと彼は思った。


「すまん。だが、やはり子どもを作るのは我慢しろ。少なくとも今の立場ではな。この金髪の女と子作りしたかったら早く俺らも返り咲かないとな。戸籍をやらないとリウが小学校に入れないだろ? 通帳も作れねーし」


「あはは……」


 謝ったのはいいが、さらに品の無いことを言われてしまいアリーフは思わず苦笑した。ジェスタフは普段、己の発言のその一言がどのように是非を左右するのか、脳裏で速やかに精査してから話す。早い話が猫を被っているということだ。しかし、身内の前だとストレス発散も兼ねて本心しか喋らない。アリーフがそれを聞いて何を思おうと構いはしない。

 ふと、ジェスタフは更に残ったベーコンやほうれん草を片付けながら、指でアリーフの横の席を指差した。


「おい、お前なんだその雨合羽、見たことないな。買ったのか?」


「うんにゃ、貰った。あと雨合羽じゃなくてレインコート」


 アリーフの隣の椅子には、膝まで伸びた大きなレインコートが折り畳まれて洗濯物のようにかけられている。それはカラスのように黒一色だったので、ジェスタフは一目で誰から貰ったのか分かった。


「レーゼだな。色は黒で良いと思うが、何でよりによって雨合羽にしたんだろうな。まったく奇特なヤツだ。ジャンバーに雨合羽で暑くないのか?」


「少しね。あと雨合羽じゃないレインコート。二度と間違えないでね。でも、これポケット4つも付いてるし、頭から被るタイプじゃなくてジッパー付きで着るタイプだから楽だよ」


「愛されてるなお前……アイツに。もしかしたらお前の夫婦になるのはその金髪っ子じゃなくてレーゼかもしれんぞ」


「ははは、ご冗談を兄上」


「だよな、だいたいあんな中学生みたいな精神年齢のメスに惚れる男がいるのかね、まぁ同じ黒繋がりでゴキブリかフナムシ辺りならモテんじゃね?うっ?ぐ……あ……」


「兄貴?」


 瞬間、レーゼの悪口を言ったジェスタフは、喉に手を押し当てて怪訝な表情を見せるや否や、顔を熟れた林檎のように真紅に染めて机に突っ伏し、テーブルクロスを掴んで苦しそうに喘いでいる。

 うわぁちゃんとどっかで覗いてるんだな、これじゃトイレに行きたくても行けないなと、アリーフはジェスタフを見て背筋が冷たくなった。何となく周囲を見回してみてもレーゼは見つからなかった、ピークを過ぎたのか客はもう数人しかいない。そして、また1人消えた。

 やがて、ジェスタフは咳き込みながら喉に手を入れて、ぬるぬるしたスパナを取り出し、口元を拭いながらコーヒーをがぶ飲みした。時間にして10秒あるか無いかというくらいだったが、ジェスタフの顔には疲労が滲み出ていて、唇は紫に染まっていた。


「ったく……恐ろしい女だな……全く嫌になるぜ」


 ジェスタフはそう言って横の観葉植物の鉢に血の混じった唾を吐き、胸ポケットから煙草を取り出したが、店が禁煙だったことを思い出して憮然と元に戻した。そして、彼もまた店に残っているのがもう自分らだけだということに気付いた。

 アリーフは手書きの伝票を見ると、ジェスタフの方に回して脇のホルスターの位置を確かめた。


「やっぱ安いね。でも兄貴、軍人だった時はお高く止まってから絶対こんな店利用しなかったよね」


「ああ……そうだな、時にアリーフ」


 その時、従業員専用の裏口が開き、喪服を着た大柄な男達が十数人、二人の元へ蛙を見つけた蛇のようにじりじりと近づいてくることにアリーフは気づいた。何人かは酒瓶や警棒を持っている。顔付きは見るまでもなくヤクザ者だと2人は見抜き、髪をかきあげて残ったコーヒーを飲み干すと、アリーフは目を細めてジェスタフを冷たく見つめた。


「飯のお礼だと思って俺を助けてくれない?」


「だったらもっと高い飯奢ってくれよ」

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