世界を惨禍の血に染めて
火花迸る猛火の中、一人の青年が歩いていた。
青年は焼けた石壁に肩を擦り付け、苦しそうに喘ぐその身に受けていた。
青年は既に両腕を欠き、満身創痍という言葉では片付けられぬほど負傷していた。その空いた右の袖口からは蛇口を開け放したように絶えず鮮血を垂れ流し、片目も既に無かったが、それと左腕は今でなく過去に失ったものらしい。
大量出血で黒ずんだフランネルシャツの袖は重く、否が応にも身体が右に傾くので壁に寄りかからずにはいられなかった。ズボンの裾は燃えていたが、火傷の苦痛など腕を断ち切られたことに比べたら意に介す程でも無い。
ついに青年は力尽きて崩れ落ちた。仰向けに倒れたら吐いた血で窒息しそうになり、なけなしの体力で体勢を変えた。血が足りないせいか火の海の中でも凍土にいるようだった。
腹も撃たれていたらしく、横になるとまだこれほど残っていたのかと思うほどの血が溢れた。
今の際に彼は何を思っていたのか。
耳を澄ませば何処かで銃声が響き炎は唸りを上げる。正面から跋扈した熱風が咆哮し、燃え盛る火を塵ように吹き消す。それはまるで吠えて這い回る一匹の野獣が、彼の背筋を慈悲も無く踏みつけたようだった。
そして、それに呼応するように青年の頭上近くの天井に亀裂が走り、崩落したかと思った時には容赦なく彼の上半身を押し潰し、次いで降り注ぐ瓦礫を青年はその身に余すことなく受けた。
既に瀕死の重傷を負い、そんな状態で崩れ落ちる天井の下敷きとなった青年の死は疑いようがない。彼の生涯は哀れにもここで終焉を迎えた。
しばらくして、不可思議なことが始まった。積もる瓦礫の間隙を縫うように深緑の細い糸状のものが、そこかしこから溢れ出したのだ。早くも死体が腐乱して蛆が湧いたのか。いや違う。それは信じ難いが紛れも無く植物の柔らかい茎。植物の蔓が瓦礫から這いずり、わらわらと急激に増殖して現れたのだった。
彼の人生は今ここで終わり、今ここで始まった。あたかも冬が去り、春の訪れに新たな生命が芽吹くように。




