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アリーフの日常 5

 レーゼは熱いコーヒーを啜りつつ、ポケットから煙草とマッチを取り出し、周りに子どもがいないことを確かめてからマッチを擦った。ぼんやり頬杖をついて厨房に続くドアの上に取り付けられたカレンダーを眺めながら煙草を吸うレーゼが、僕にはいかにも大人という風に見えた。精神年齢は低いけど。

 ただ、マッチがあの喫茶店の物だったというのがとても気になる。もしやこの人も通い詰めてんの? え? 僕を見張るために? 僕は滝のようにぶわっと煙を吐くレーゼの横顔を目を細めて見つめた。


「何、そんな私の顔を見て。妊娠しそうなんだけど」


「レーゼ知ってる? 煙草とコーヒーって相性最悪なんだよ、口臭がびっくりするほどキツくなる? だから僕あっちでは頼まないのよ」


「一応知ってるわよ、でも周りに気を遣っても嗜好品を楽しめるほど私は図太くないだけ。二度と会うこともない赤の他人の評価なんて犬に食わせろって感じだわ、うん」


 レーゼの口が臭い理由が判明した。さっき僕に言葉の使い方について言ってきたのに、犬に食わせろとか言っていいんだろうか。


「僕の評価はいいのかい?」


「あなたがやめろって言うならやめるわよ」


「ん? 別に僕の前ではいいよ」


「グヘへ….…このかわいいヤツめ〜」


 レーゼは基本的に常識を理解した上で、意識して周りの目を気にしない。そこが彼女の良いところだと思っているけど、同時に彼女の欠点も数え上げたらキリがない。 周囲を無視するということは、自らの欠点を平気でさらけ出すということだ。

 僕は興味が湧き、ちょっと前から細やかな趣味として、彼女の醜悪かつ愚かな箇所を寝る前にノートに書いて集めている。今日新たに追加されたレーゼの欠点は。

 その28 口臭い

 その29 金に細かい

 その30 趣味がストーカー(僕限定)

 その31 見栄っ張り(具体的な例を挙げると、僕よりを背を高く見せたいという理由でブーツの靴底を高くしたりするなど。尚、レーゼの身長は171センチと普通に高い)だ。

 心底気持ち悪く顔に紅潮した頬を遠慮なしに擦り付けるレーゼの髪をしゃぶりながら僕は考えた。

 あ、もう一個あった。

 その32 スキンシップとセクハラの区別がついてない。

 欠点の多い僕が粗探しのように他人をダメ出しするのもおかしな話だけど、僕は人付き合いとは欠点を見つけてから始まると思っている。誰も完全無欠な人間とは関わりたくないはずだ。だってそんな人と共にいて僻まないはずがない。嫉妬に狂う己が醜さを知るのみだ。

 いや、さっきから悪口が多いけど、事実レーゼのことは本当に姉のような存在だと思っている。ただ、気になるのは僕の中にあるレーゼへの信頼は、本当は欠点を羅列した末の侮りなのではないだろうか? 僕にはそこが分からない。僕が彼女に抱いているのは親しみなのか嘲りなのかを確かめる術が欲しい。


「あっ忘れてた」


 レーゼはそんなことは露知らず、気の済むまで僕に顔を擦り付けていたけど、やがて煙草を灰皿に捨てて何かを思い出したかのように急に真顔になった。ん? もしかして火が付いた煙草を咥えたまま僕に顔を? 舐めてんのかコイツ。許せん。

 レーゼの欠点、その33、不躾。いや、これはその4の不用心と被るから無しか。

 おもむろにレーゼは立ち上がってスカートのポケットに手を入れ、自分の長財布を取り出すと、硬貨と紙幣を1枚ずつ抜いて僕に差し出した。言うまでもないけど、財布も黒い。


「はい、コレ」


「え? 別に小遣いなら充分足りてるよ」


 僕が首をかしげると、レーゼは芝居染みた肺の中の空気を最後まで絞り出すような長い長いため息を吐いた。


「違うわよ、金額に見覚えない?」


「えぇ? あっ商店街で演奏してた……」


「奪い返してきたわよ、ほら」


 レーゼは僕の腕を掴み、掌の上に金を置いた。このお金はあのハーモニカ吹きからスッてきたものらしい。僕は憤慨とまでは行かないけど、少しむっとして彼女に反駁した。


「別にそんなことしなくてよかったのに。見てたなら分かるでしょ? 脅されてもないし口車に乗せられたわけでもない、僕は彼に任意と善意でお金を渡したんだよ?」


「ゴッホ!ケホッ……グパッ! ぞれは分かってるわよアリーフ、でもね、あなたは自分が思ってる以上に世話好きなの、もちろんそれは良いことよ。でもそれに周りが味を占めたらあなた食い物にされるわ。虫歯治したいから2万貸して、見舞いに花を買いたいから5000貸してみたいに、そして私が一番怖いのは、あなたがそれに慣れちゃうことよ。茹でガエルの理論で、徐々に搾取されてくのを見過ごすわけにはいかないわ。さっきも公園にあなたが何かしないか不安で仕方なかったわ」


「……」


 割と良いこと言ってた気がするけど、最初のいきなり空のコップに痰を吐き捨てたのがどちゃくそ気になって、何も頭に入らん。とりあえず謝罪と感謝両方言っとこう。


「レーゼ……ごめん、ありがとう」


 そう言うと、レーゼは僕をぎゅっと抱き締めた。何か周りに人がいる時は見せびらかすように何度も抱き締めてくるな。仕方ないから僕も背中に手を置いた。しかし、不思議なほどレーゼは身体が細い。


「でも、そういうのがあなたのいいところなんだって私知ってるわよ?」


「ありがとう、ところでレーゼ、他の客が見てるよ」


 あと、痰の臭いが混じって口臭のキツさが増した。


「大丈夫よ、どうせみんな姉弟かカップルの触れ合いとしか思ってないわよ」


「いや、違うと思う」


「じゃあ何よ?」


「アレだよ。ほら、レンタル彼氏」


「は?」


 グバキョッ!!!


 レーゼの欠点。その33 暴力に抵抗がない。

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