日本人気質
「クラリッサさん、この本凄く面白かったです。
この世界について基礎的なことは知れましたし、先代の勇者たる鉄さんについてもよく分かりました。
ありがとうございます」
「ふふ、それはよかったわ。ところで、この後の予定はおありかしら」
「そう…ですね。勇者としてのことについて、もうちょっと考えるべきなんでしょうけど…なんだか力が湧かなくて。逆に何か、そちらの方からしてほしいことはありますか」
「そんな、して欲しいことなんて。
あなたは私達に呼び出されはしたけど、主従関係や義務感のようなことを感じる必要はないのです。
私たちは対等、いえ、こちらの方が下と言うべきですわ」
「でも、そうですわね…アラン君主があなたと話したがっていましたわ。
お嫌かもしれませんけど、一度、四階最奥の彼の部屋まで行ってみてはいかがかしら。
もちろん、無理にとは言いませんわ」
少し言いにくそうに、クラリッサは困った愛想笑いを浮かべた。
「なるほど。それなら、今から行ってきますよ。
私も、先の非礼について謝らなくてはいけませんから」
本当は少し憂鬱だ。
しかし、自分の今後を決めるにあたって王との議論は避けることはできない。
腹を括ろうと意気込んで、松尾は図書館を出た。
そして、これまた道中の執事に案内を受けつつ、松尾は4階最奥の部屋へとやって来た。
そこで交わされたアラン王との会話は、まずお互いの謝罪から始まり、あとは事務的に今後の松尾の所在を決めるものだった。
まず、アラン王からの意見として、ひとまずはこの世界への見聞を深めて欲しいとのこと。
勇者になるにしろならないにしろ、この世界について知ることは大切だからだ。
具体案としては、騎士団の訓練の見学や図書館での読書、ルーファスや他の騎士を連れた街の見学など。
それらをやりながら、ゆっくりと勇者のことについて考えてもらえれば幸いということだった。
また、それに加えて、王は初めて詳しい勇者としての役目についても話した。
まず、この頃魔神が復活し、結界が歪み始めていること。
この世界には紅葉の国と白亜の国の二つがあり、古の時代から戦争続きだった二つの国を四十年前に先の勇者たる鉄伊左衛門が結界で分断したこと。
その際に、鉄は紅葉の国の召喚した魔神を命と引き換えに封印したということ。
そのとき世界各所に落ちた鉄の遺物の一つ、巨刀【クロガネ】が現在この王宮で管理されていること。
しかし、魔術師たちによる検証の結果、結界復活のヒントがこの刀に隠されていることが明らかになったものの、同時に鉄と同じ世界の人間しか武器として振るえないということもまた分かったこと。
そして、それらを踏まえた上で松尾に頼みたいことは、その結界を生み出している【四神】の力を、【クロガネ】を用いてどうにかして取り戻し、魔神を討伐してほしいということ。
概ね事前に伝記で読んだ通りの内容だった。
一方松尾からの意見は、勇者については数日保留させてほしいといった内容で一貫していた。
あくまで保留という言葉を使ったのは、命が関わることであっても人助けとあれば完全には否定できない、松尾の悪い意味での日本人気質が原因としてあった。
だが、ひとまずはゆっくりしてもらいたいという案を聞いて、松尾は大いにほっとした。
一見詰み気味にも見える今後についてはゆっくり考えよう。
そんな現実逃避めいた考えが松尾の懸念にヴェールを被せたのだった。