本の星
それから松尾は、ルーファスとの語らいでこの王宮に図書館があることを知った。
騎士団の訓練があるらしいルーファスが席を立ったとき、その見学に誘われたが、根っからの本の虫である松尾は図書館への興味を優先した。
そしてルーファスと別れた後、道のメイドの厚意による案内を経て、図書館へと辿り着いた松尾は、重厚な扉をギギィと押してその圧巻の内部を見た。
先程まで歩いてきた広い廊下さえも粗末なものに錯覚するほど、果てしない程に高く立ちそびえる円柱形の壁に、ロココ調の装飾豊かな窓が存在感強めに張り付いて、果ての天頂の天窓からは、穏やかな陽射が床に至るまで長く落ちている。
雨露を浴びた蜘蛛の巣のような星の破線が至る所に張り巡り、ステンドグラスの中国提灯が目にうるさい程に多く垂れている。
唯一平凡な作りの本棚群の端々からは明らかに自生した葉や草が鬱蒼と溢れかえっている。
西洋風の内装とふんだんの中華装飾、それらは今まで見た光景をも霞ませるほどアンバランスな筈なのに調和的で、非現実的で、思わずして松尾はその足を止めたのだった。
そして、その気配はこの宇宙のような部屋の最奥の、恒星のような硝子人形にも感じ取られたようで、なんと振り向かれてしまった。
いや、人形ではない。振り向いたのは先の現王女_クラリッサ・ベルであった。
「王女様…?!」
なぜ彼女がこんなところにいるのだろうか。
松尾の慌てる様を見た少女はふっと微笑み、読みかけの本を閉じて立ち上がった。
「こんにちは、勇者様。お初にお目にかかりますわ」
「え…?」
どういうことだろう。忘れるはずもない、あの金の瞳はクラリッサ王女の筈だ。
まさか、他人の空似か。いや、この王宮においてそんな筈はない。
「もしかして、御姉妹の方ですか…?」
少女はくすりと笑った。
「ええ、そんなところですかね。私はクラリッサ・ベル、しかしながらこの場におきましては私ではありませんの」
「え?」
「万人が嗜む本の前で、上下関係を持ち出すなんてナンセンスでしょう?
私は本について語らうときは真剣にしたいのです。
よって、この図書館の中に限り私はただの『クラリッサ・ベル』になるのです」
なるほど、この王女様は随分と粋な方のようだ。
松尾は感銘を受けた。
「ところで勇者様、あなたも本に興味があってここにいらっしゃったのですよね?
もし私の考えにご賛同いただけるのでしたら、一緒に友人として語り合いませんか?」
「ええ、もちろんです。クラリッサさん。
よければ、この世界の面白い本についてお話を聞かせてください」