庭園とハーブティー
松尾は予想外に早い到着に驚いたものの、前を見るとなんとも絢爛な庭園が広がっていて息を呑んだ。
葉の緑、花の赤、青、橙、そして世にも珍しい金色の木々までもが、燦々の陽光を浴びて煌きながらそれぞれの色で咲き誇っている。
至る所にあるガーデンベンチやテーブルは苔むし、あたかも放棄物かのような風合いで緑の中に馴染んでいる。
春なのに心地よい汗をかく程日差しがきつい中、据えられた白の噴水の水面の反射は見るに涼しい。
中庭というぐらいだから壁に囲まれた狭苦しいものを想像していたが、流石王宮というだけあって、随分と広大に土地が広がっている。
むしろ、見上げると元の世界よりも澄んだ晴天が視界いっぱいに広がって驚くべき開放感だ。
とにかく美麗の限りを尽くした庭園がそこにはあった。
「どうだ?すっげぇいい庭園だろ。
たまにここで読書とかするんだ。木漏れ日の中で弱い風と青臭い匂いを感じるのが好きなんだよ」
ルーファスはそう言って笑った。
松尾はお上りさんのように視線をあちこちに飛ばしながら、庭園を進んだ。
痛気持ちいいぐらいの日差しで疲れは洗い流され、どこからともなく香る白百合の匂いに心は癒された。
「ここに来ればあんたも癒されるんじゃないかと思ったんだ。余計なお世話だったかな」
「いえ、おっしゃる通りとても癒されます。こんな場所を見れただけでも、この世界に来た甲斐はあったかもしれません」
「冗談言えるぐらい気丈になれたならよかったぜ、はは。あと、あんたも敬語やめてくれよ。俺が主人様に怒られちまう」
松尾はくすりと笑えた。
我ながら単純だと思ったが、泣いてスッキリした後にこのような庭園を見れば、多少なりとも心は軽くなるものだった。
少し落ち着いた気がする。松尾はルーファスに案内されて、一番脆くないチェアーを探して座った。
温室の脇にある雨曝しのボロ箪笥から幾百もありそうな薬草類を取り出し、ハーブティーを作るルーファスをのどかな気分でしばらくぼんやりと眺めた。
やがて、ルーファスは少し曇ったガラスポットを持ってきた。
目の前でアイス・グリーンの液体がカップへと螺旋を描いて注がれる。
「作った紅茶を目の前で入れるの、癖なんだ。こうしないと主人様が不機嫌になるんだよ。どうぞ」
「ありがとう。なんだか何もしていないのに良くしてもらって、おもはゆい感じや」
「そんなことはないぜ。
かの勇者様の世界から一人呼び出せたというだけでも、多くの人々は安心する。
だからあんたが頑張らなくても、居てくれるだけで社会の混乱は免れるもんさ。
…って、勝手に頑張らないって決めつけるのは失礼だったか。すまん」
それはそんなに大それた失言だっただろうか。
しゅんとしょげたルーファスを見て、松尾は慌てて彼をフォローした。
「い、いやいやそげな、卑下せんとって」
「…うん、ありがとう。随分と珍しい言葉を使うんだな。せんとってってのは、元の世界の言葉か?」
「…あっ」
やってしまった。
思わず口を押さえる。
実は、東京に住みながらも地元訛りの強い母の影響で、松尾もまた強い関西訛りを生まれながらにして持っていた。
しかし、標準語が一般的な東京において方言を使うのはどことなく肩身の狭い心地がして、いままで人前では使わないようにしていたのだ。
だがこの世界でも珍しいものなのだろうか。恐る恐るルーファスの反応を伺う。
「…でも、語感が面白くていいな。そんな言葉こっちにはないから、随分と興味深い感じがする!」
…ほっと安心した。
どうにも自分は受け入れられることに慣れていない。
松尾は少し心に過去の痛みを覚えつつも、ルーファスを好意的に思った。