ルーファス
松尾はひたすらに泣き続けた。
思い出すのは大好きな家族のことばかり。
もう二度と会えないかと思うと、溢れる涙に限りはなかった。
そして、涙が一滴流れると、気力や勇気も吸い取られて落ちていくようで、松尾はやがて疲れていった。
しばらくして、コンコンと扉を叩く音がした。
松尾は泣き疲れて眠っていた。
音の主は返事も待たずに扉を開けた。
足音がやがて天蓋のベッドまで近づくと、流石の松尾も異変に気づき、布団を剥いで跳ね起きた。
「え…?」
そこに立っていたのは、快活な笑みをほの赤い頬に浮かべたルーファスだった。
「…おはようございます、勇者様!よくお眠りになられましたか?」
そう言うとルーファスは突然にカーテンを開けた。
カッと強烈な眩しさが寝起きの目に突き刺さり、松尾は反射的に顔を背けた。
が、ゆっくりと目を開けると、待っていたのは春の穏やかな陽だまりだった。
怪訝さを込めてルーファスを見たが、日向の中できらきらと煌めく笑顔には何の悪意も含まれていなかった。
「はは、突然すみません。でも、目が覚めたでしょう?
こんなにぽかぽかした日なら、ここの中庭で眠った方がよっぽど良いです。一緒に行きましょう」
ずいと顔が鼻先まで近づき、片手をエスコートよろしく握られる。
近くで見た彼の顔は、男目に見ても中々に美形だった。
初めて見るオッドアイにすらっとした鼻、加えて羨ましいほどのたまご肌があたかも当然のように張り付いている。
ヘアセットは荒波の一瞬を切り取ったようだった。所々抜け感がありつつもカッチリとした、いわば計算ずくのお洒落感を印象として受けた。
なるほどこれは正に騎士という言葉が様になる。
などと的外れなことを考えているうちに、握られた片手は引っ張られ、気がつくと松尾は歩かされていた。
「あ、あの、ルーファスさん?今からどこに?」
「だから中庭ですよ。てゆーかもう敬語やめてもいいかな。友達でいいよね?」
そう言い放つと、「えっ」と松尾が呟くのも意に介さずルーファスは前を向き歩き続ける。
松尾は若干小走りにならないと、スピードに置いていかれそうだ。
なおもルーファスは喋り続ける。
「それにしても、信治さん突然召喚されちまって驚いただろ。平気じゃいられないよなぁ。
なんかあったら俺扉の前居っから、遠慮なく言ってくれよな」
「っと、こんな俺の行動にも驚くか。
いやさ、元気づけたくてよー。君主様も召喚するだけ召喚して何もアフターケアしねぇの。辛いよなぁ」
そんな一方的に流れ来る言葉の風に「はぁ」だの「ふん」だのとよく分からない相槌を返しているうちに、ルーファスは突然に足を止めた。
松尾は唐突な急停止によろめく。
「中庭着いたぜ。この扉だ。入ってみて驚くなよ」