疑念
松尾は驚いた。どうして今疑念を抱いたのだろう。
だって、勇者になるならない以前に、自分は弱い人間だ。
十中八九命を失う。なりたい筈がない。
でも、クラリッサ達は?
そこで松尾ははっとした。
王宮のエントランス。目の前にアラン王が居る。
松尾は慌てて頭を下げた。
「ア、アラン様!お疲れ様です、気付くのが遅れてすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。頭を上げてください」
松尾は頭を上げた。アラン王はニコニコと笑っている。
「どうですか、例の件は。検討していただけましたか?」
「れ、例の件、勇者の件ですか」
「そうですとも」
松尾は返答に迷った。
それはたった今、えも知れぬ疑念を抱いていた問題に対する質問で、昨日ならば答えは決まっていた筈なのに、今となればどう返していいか分からなかった。
『クラリッサ達は?』
その疑問が意味するところは何だろう。
自分でも分からない。
ただ、その疑問だけがはっきりと胸に張り付いて離れないのだ。
松尾はそんな自分に混乱し、しばらくうんうんと唸った後に、さも苦渋の決断というように王に答えを返した。
「す…みません。まだ、心の整理がついていなくて…
おかしいんです、昨日まではちゃんと答えがはっきりしていたのですけど…」
「ほう…では、昨日までの答えをお聞かせ願えますか?」
「それは…」
言ってもいいのだろうか。
もしここでハッキリと断ってしまえば、今後は責務の悩みから解放される。
しかし、先程感じた心のしこりが何なのか、それが分かっていないままで断ってもいいのか?
…松尾は結論を出した。
「…すみません。正直に言いますと…悪い方へと考えていました。
私、元いた世界では戦いのない平和な国で暮らしていたもので、戦いを決意するには少し経験不足で…」
「…そうですか」
アラン王の声が少し落ち込んだ。
それを聞いた松尾は、ぎゅっと心が苦しくなった。
なんだろう、この胸のつっかえは。
松尾は慌ててフォローした。
「で、でも、今ちょっと迷っていて。
結論はまた変わるかもしれませんし、もう今一度お待ちくださいませんか」
「…はい、分かりました。是非ゆっくりとお考えください。
なんだか、急かすようになってしまって申し訳ありません」
「いえ、いやあの…ありがとうございます。すみません」
アラン王は去っていった。これで良かったのだろうか?
…先程からまるで、自分が勇者になりたがっているかのような疑問ばかりが出てくる。
そんな筈がない。そんな筈がないのだ。
自分は喧嘩の経験すらもない、普通の青少年以上に無力で臆病な箱入り息子なのだから…




