異世界街シャトル
「そうだ、信治さん。今から街を見にいかないか」
「街?この王宮の城下町っちゅーことか?」
「そうそう」
なるほど、この世界の街。
そういえばアラン王に提案されたにも関わらず、今まで一度も見ていなかった。
異世界の街。俄然興味が湧いてきた松尾は、その突然ともいえるルーファスの提案に乗ることにした。
そのときには気分も切り替わり、先程感じた心のもやつきはすっかり忘れていた。
さて、そうして見学した街の様相は、松尾にとってとても現実離れしたものだった。
例えるなら、日本の明治・大正時代当時の街並みに、中世ファンタジーの王道なモチーフが迷い込んで、奇天烈に落とし込まれたようだった。
人々は布をふんだんに使い、全身を大ぶりに巻いた服装に、クラシックなブローチやオールド・カラーを取り入れた、独特なスタイルをしているのがほとんど。
中世らしいといえばどことなくそうなのだが、史実やファンタジーのそれと比べて、いささか華美すぎるように見えた。
街並みはというと、王宮に近づくほど明治の和洋折衷な都心らしくなり、少し外れると冒険者が集まり足湯の沸く宿場町、かと思えばかやぶきの屋根に白い壁と焦茶の木組みがヨーロッパらしい家屋が立ち並び、ミスマッチな暖簾を連ねていたりする。
殊に、この街で最も近世らしく見えた百貨店の一角を大手の武具屋が間借りし、ライトの点るショーケースに鎧やら大剣やらがさもありなんと飾られている様子は、松尾にとって随分奇妙に見えた。
また、この世界ならではの特色として、自動車やネオンなど、20世紀以降の科学を思わせるものを見かけることがほとんどなかった。
その代わりとして更に古い時代のものも使われていたが、それだけではなく、手紙を咥えて走る大きなアヒルや光る真珠の魔物など、この世界特有のものが似たような用途で使われていて、自然との調和が元の世界より一際強いようなイメージを受けた。
しかし、街を見て回るのに使ったのは自転車だった。
科学技術は紅葉の人々の技術、とは聞いていたが、どうやら前時代的な技術ならある程度は根付いているらしい。
とにかく、そんな感じで街の見学は実に面白く有意義なものだった。
「ありがとな、ルーファス。お陰さまでええ気分転換になったわ」
「そうか、それならよかった。それじゃあ俺は訓練があるから、もう行くな。…見学に来るか?」
「あぁ、いや…それはええわ。すまんな。頑張ってきぃ」
「…そうか。んじゃ、行ってくるな」
「いってらっしゃい」
ルーファスは笑って去っていった。松尾もまた、彼が振り返って走り出すまで愛想笑いを浮かべていた。
_疲れた。
松尾は微笑みを解いた。実に疲れたように。
そして松尾は考える。やはりもやつきはぶり返した。
最近のルーファスの態度。
本当になんとなくだが、自分が勇者になることを暗に促しているように感じる。
そもそも、どうしてこんなに彼は献身的なのだろう?
わからない。大切な友人である筈なのに、考えが読めない。
本当は、勇者になろうとしない自分を疎ましく思っているのだろうか?
訓練を見学することさえも避けてしまう、そんな日和った自分がどうして召喚されたのかと、思っているのだろうか?
…でも、でも。
僕は勇者になりたくない。
本当に?




