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啓蒙は言葉ゾンビの髄液に (異世界もの)  作者: みよよよよよよよよよよ
プロローグ
10/15

うららかな初夏の日々


それから約二週間が経った。



うららかな気温の中、うたたねする松尾は図書館の常連となっていた。



窓の外では騎士団が走り込みをしている。



それを見る松尾は運動部の午後練を見るかのような気分で、ずいぶんとこの空間に打ち解けていた。




そして、両隣にはクラリッサ王女とルーファス。



両者とも()()()()と眠りこけている。



彼らはここ二週間の読書のお供である。



たくさん本について語り合い、たくさんお互いのことを知った。もうすっかり気心の知れた友人である。




そして、その中で。



松尾は少女の方を見やった。




ずり落ちたモノクル、ミンクを思わせる栴檀の髪、眩しい程に白い肌。剥き出しの二の腕の程よい肉付きがなまめかしい。




決まりが悪くて、目を逸らした。そんな松尾の頬は赤い。



彼らと馴れ合う中で、松尾はクラリッサ王女に対してこそばゆいような感情を抱いていた。




むずむず、うずうず、肉色の空洞で篝火がくゆるような感情。



この感情につける名前を、初心な松尾は知らなかった。




「…ん?」




目を逸らした先で、眠そうにルーファスが目を開ける。




「あっ、悪いのぉルーファス。もしかして起こしたか」




松尾の訛りは、すっかりあっけらかんとなっていた。



独特な関西言葉が初夏の風に染み入ってルーファスに届く。




「いや、違うと思う…あー、いけねぇ、主人様の前で寝るなんて職務怠慢だ…ちょっと、ナイショな」




「はは、悪いやっちゃな。自分寝とる間に、この本の二章分読み終えてもうたわ」




「げっ、マジか。そうか…」




そのまま会話は続かず、ゆるりとした時間が流れる。



結露したアプリコット・ティーのグラスに虫がとまる。



一方、先程メイドに差し入れられたスイカは日本のものよりも大味で虫も寄らない。



だが、これもまた異世界の風情だと思えば悪い気はしなかった。




「…あんた、最初会ったときは訛るの気にしとったのに、すっかり変わったよな」




ぽつりとルーファスが呟いた。



そういえばそんなこともあった、と松尾は思った。




「人見知りやからなぁ。慣れるとこうやってベラベラ喋って気も休まるんやけど、標準語のときは大体初対面で緊張しとる」




「ってことは、主人様にはまだ緊張してるってことか?」




「え?」




「あんた、主人様に会うと途端に口数も減って、訛りもなくなるだろ。だから、そうなのかなって」




どきりとする。言われてみればそうだ。



クラリッサを前にすると、どうにも口が回らない。




「あー…そう、やなぁ。女の子ってのは、どうにも慣れんくて…」




「うん」




「どんなこと話したらええか分からんし…ほ、ほら、女子と話すときってデリカシーとか気にするやん?


変なこと話して引かれたらって思ってまうやん…」




「デリカシー?」




「ふ、触れたらいかんところや。


男同士やったらおいデブ、とか言えるけど、女子にそれを言ってもうたらどやされてまう」




「うーん…そうなのか?」




「そうなのかって、お前気にせんタイプか」




気にしないタイプ。それは、どことなく元の世界のクラスの陽気な男たちを思い起こさせた。




「うん。俺はあんまりそういうこと気にしないな。女だからとか男だからとか。


というか、あんたが気にしすぎなんじゃないのか」




「そんな、ちゃうと思うけど…」




「そう?」




「うん…」




「そっか」




そこで会話は途切れてしまい_しもた、変な話したせいで気まずくなってもうた。と、信治はハッとした。



慌ててルーファスの方を見たが、ルーファスはぼうっとした様子で机に生える花を見つめていて、全く何も気にしていないようだった。




「どうした?」




「あ…いや……」




何も言えず口をもごもごさせていると、にゅっと額にルーファスの指が伸びてきた。



そして、ばちんと弾かれた。




「いって、ちょっ、何すんねん!」




「なああんた、余計なことうだうだ考えちまう癖あるだろ?言っとくけどそれ全部、無駄なことだからな」




「…え?」




「考え深いのはいいことだ。


でもそれって、自分の中だけで済ませちまったら全部無駄になることだろ?


なら全部行動に変えるか、考えないかのどっちかにしとけ」




「え…ちょっ、何やねん急に。い、意味わからんやっちゃなぁ」




「真面目な話だ。ちゃんと聴け」




そう言った通り、ルーファスの顔つきは先程までと一変して真剣なものへとなっていた。




「はぁ………うん。行動に変えるか、考えないか、やんな」




「そうだ。あんたなら、どっちを選ぶんだ」




信治は腕を組み、じっと考えた。




「うーーん……行動には、変えたい。けど、行動に移せるほどの勇気はなくって…微妙や」




「そうか」




再びの沈黙。



エアコンのない暑さにうだるせいか、先程から随所に挟まれる沈黙が長い。



ルーファスの肌にも汗が伝っている。




「まぁ、是非とも行動に変えて勇者になってくれ」




「それは…うん、まあ、考えとくわ」




もやり、とする。ヴェールを被せて忘れていた問題を引き摺り出されたからか。




それとも、最近ルーファスがその件についてどことなく語るようになっただろうか。

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