始まり
まず、少年にとってファンタジーとは馴染みのないものであった。
幸か不幸か上流階級の家に産まれた彼は、幼い頃からゆくべき道を定められて生きてきた。
勉強については優れた環境を与えられ、都内でも常に上位の成績を収めながら、幼稚園から高校生の今に至るまでの道を華々しく躍進し続けてきた。
しかし、そんな勉強一辺倒の生活のために、今まで俗的な娯楽に触れる機会は少なかった。
漫画やアニメ、オンラインゲーム、動画サイト_単に自身の興味が薄いというのもあったが、何より彼の母は教育に悪い物を嫌っていた。
そんな中でましてやライトノベルなど、聞いたこともなかった。
見たことならあったかもしれない。
彼が漱石の作品集を読み終え、次の本を探しに本屋へ行ったとき_やけに胸部の強調された表紙の女性、長ったらしい表題、下品な文句を連ねたポップをちらと見た。
そのときそれらを立ち読みしていた少年は、見る限り彼と大差ない年齢のようだった。
それを見た彼は、あんなまるで十八禁の本を、あんな少年が人目も憚らず読んでいるのか_と思い、顔を赤らめて足早に立ち去ったのだった。
それから要約して何を伝えたいのかというと、前述の通り少年にとってファンタジーとは馴染みのないものであったということ、端的に言えば世間知らずの箱入り息子であったということ。
加えて、そんな彼が春の小道を学生服で歩いていたとき、朝の少し肌寒い風が彼を異世界へと攫ってしまった、ということである。