第五話 火竜は熊鍋を貪る
大きな天幕に向かうと、そこには頭を抱えたユズと、小さな子供に乗られて困惑している桜と、その周りを廻っている椿、侍女らしき人が二人、兵士の格好をした女性が一人、そして、中央には王妃らしき人物が居た。
まだ若い。20代と思しき女性だ。
「ハーサ・カミンと申します。娘を助けて頂き、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、ユズ・・・・・・王女には助けて頂きました」
なんとはなしに、平伏してみたものの。
野営の天幕、右横では頭を抱えて涙目のユズ、左横では桜の上でキャッキャッとしている、椿と男の子、あれはおそらくキノト王子だろう。
なんとも、しまらない状況だ。
「このような状態です。普通に話して頂けないでしょうか。ましてコクヨウ殿は娘の命の恩人です」
「ええ、まあ、そうですね」
オレは平伏を止めて、身を起こした。名前に関しては既に知られているようだ。ユズか桜に聞いたか。
「キノト、あなたもいつまでもサクラ殿に迷惑を掛けないで、きちんと挨拶なさい」
「は、はい」
怒られて若干へこんだ男の子が、居住まいを正して、挨拶をした。やはり、この男の子はキノト王子だ。なかなか、桜と馴染んでいたようだ。桜は大丈夫かな。桜の様子を伺う。
「キノト・カノンです。え、と、姉上を助けて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
キノト王子から解放された桜が近づいてきて、オレに頭を擦り付けてきた。オレも擦り付けて、互いに数度こすり付けてから、やっと離れた。
「あっ、すみません」
「いえ、仲がよろしいですね」
「ええ、まあ。ところで、あなた方の目的は火竜島の攻略ですか?」
これは重要な事だ。聞かざる負えない。ユズにおおよその事は聞いているものの、裏取りそしてもう少し詳細に聞いておきたい。
「はい。そうです。ただ、火竜殿と争う気は有りません。そもそも、攻略が可能とも思ってません。その、どのようになれば攻略完了とするかは、彼らの一存でになるでしょう」
色々と厄介そうな話だ。
「オレとしては、火竜の産卵地、及び生息領域は確保は譲れませんが、それ以外ならば大きな問題とはしません。ただ、入植者が多過ぎるのは困ります。さらに言えば、他の火竜がどう判断するかは分かりません」
オレが言えるのは、そんなもんだろうか。桜も特に問題視していないようだ。ユズが口を挟んできた。
「その時は、仲介してよ~」
「仲介するのは良いが、結果までは保証出来ん。駄目って言われたら駄目だ」
「うぐっ」
「ユズ」
王妃様は、ユズを制して咎めた。ユズは少しふてくされたが、身を引いた。
「入植者の予定人数はどれくらいですか。先ほど申し上げたとおり、多過ぎても困ります」
「第一陣の予定は100人です。しかし、その、火竜殿を恐れていまして、実際は20人も難しいでしょう。第二陣以降は予定もありません。これらはキノトの才覚で成せとの事です」
子供に才覚ねえ。どうしろと。
「火竜殿と友好を交わした事が知られれば、入植希望者も増えると思いますが、それはそれで、別の問題が起こる可能性があります。そのため、それは当面は伏せておきたいと思います」
「当面は10~20人程度ですか。分かりました。そう言えば船員が20人ほど居るようですが、そちらはどういう立場になりますか」
「キノトの配下となりますが、拝領頂いた船の維持と航路の維持のための人員です。彼らの家も大陸に残したままで、火竜島に上陸することはありますが、こちらに住む予定はありません」
大きな問題はなさそうである。仲良くやっていけそうかな。ある程度の話を終えると、兵士が一人がやって来て、コリン隊長に大熊の解体終了を告げた。
「よろしいですかな。大熊の解体が終わりました」
「あ、ありがとう。それでは、熊鍋にでもして皆で食べると言う事で良いでしょうか」
「あの熊肉はあなた方のモノだと思うのですが、それで良いのですか」
「あー、どうせ、こっちは腐る前に全部は食べられないし、今の状態だと燻製も出来ない。毛皮もオレ達には使いようが無いので、そちらで役立つのなら使ってください」
トドメを刺したのはユズだしね。
「分かりました。熊鍋の準備はお任せください」
「頼めるようならば、頼みます」
しばらくして後、良い匂いが漂ってきた。熊鍋が出来たようだ。人間と火竜と火の精霊で13人の大人数で、熊鍋にありついた。王家3人がいるが、全員一緒に鍋を囲んだ。大鍋で熊を煮込み、火竜のオレ達は器として、小型の鍋を用意してもらった。
火の精霊は、もらった熊肉を燃やしていた。それが火の精霊の食べ方なのだろうか。
少し毒殺を危惧したが、同じ鍋から取り分けたし、妙な匂いもない。
オレ達に配られた鍋にだけ塗っている可能性もなくはないが、そういう芸当も難しいだろう。
王妃達と一緒の食事場、野営である点を考えれば、ここで毒を使うのは王妃達の食事に紛れる可能性も無いとは言えない。王家に対して裏切り者からの毒殺も警戒しているだろうから、毒自体の持ち込みも警戒しているだろう。
そして、だからこその、全員での食事なんだろうな。こちらへの敵意の無いアピール。しばらく、そんな事を止め処もなく考えたが、意味無いなあ。彼らがオレ達を害する利が少ない。
熊鍋は、どう調理したのか、なかなかなものだった。調味料に香辛料がかなり使われており、臭みは少なかった。大熊を倒してから時間が経っていたから、臭みは出るかと思ったが、そこまで気にするほどではないようだ。
噛み応えは良かった。十分な硬さだ。隣をみると桜も満足そうだ。ちらりと、王妃達をみるが、そちらは小さく切っているようだ。こういう状況とはいえ、王族達なのだから、手は尽くすか。火竜のオレ達には大きく、子供には小さく、手間を掛けているようだ。
しかし、日本の知識がある身としては味噌煮が良かったかなあと思った。味噌、そして醤油は手に入るだろうか。味の知識はあるが、実際に味わった事があるわけじゃない。興味を惹かれる。
大豆この世界にあるかなあ。この島で作れるかなあ。それに、火竜の舌に合うのかどうか。この世界の人間、そして日本の人間の舌とオレ達火竜の舌が同じとは限らない。多分、同じ雑食っぽいので、そこまで差は無いと思うが、どうかな。
あーでも、同じ雑食でも人と犬と猫は違うのだっけ。種族の違いで食べられる物にも違いは有るか。オレ達が大丈夫でも、こっちの人間に大丈夫とは限らないか。
逆は多分無いな。オレ達火竜の方が体格は大きく、容量が大きい。多分だが、対毒性も高いだろう。オレ達に毒なものならば、人間にはかなりやばい物となるだろう。そっちの心配はあまりないかな。そうだな、モノは試しだ。大豆を手に入れて、味噌と醤油を作ってみようか。
大陸との航路は維持されるようだから、そこから苗を手に入れることは出来るだろう。しかし、あまり派手にやればカボス派に目を付けられかねない。幸い、距離のある孤島なので、ここでやっていることは簡単には知られないだろう。だからこそ、オレ達火竜のことはしばらく伏せる事が出来るわけだな。
最初に上陸した10人は忠誠心の高いメンバーなのだろう。そういう選出をしているようだ。
スパイが混じっている懸念はあっても、連絡は船を介して行うしかないので、不審な動きは露見し易い。
もっとも、キノト王子を火竜島に追いやった時点で、カスボ王子派は勝利確定なので、そこまで気にはしなかったのだろう。
キノト王子が8歳でカスボ王子はその弟
話を聞くと、6歳だそうな。周りの連中がやらかしているんだなあ。この調子だと、カスボ王子もよくて傀儡、下手すれば・・・・・・
う~ん、カスボ王子も将来この島に逃げてくるとか? その時の同行者の人数にもよるが、増えるのは困るなあ。
オレは、今後の事、様々な事を深くゆっくりと真剣に考えた。
キリッ!
「コクヨウさん、一心不乱に熊鍋食べてますね」
「はっはっは、良い食べっぷりではないか」
「あんなにおいしそうに食べてもらえるのならば、作った甲斐もあります」
「コクヨウ~、食べカスついてるよ~」
キリッ!