第三十三話 航路開拓?
魚を獲って、昆布を獲って、芋畑の様子をみる。雨が降る日はユズに手伝ってもらって、こちらの文字を学んでいく。そんな日々が続く。
種芋から芽が出始めた頃に南海洋丸が戻って来た。
オレはまた船からちらりと見える位置に姿を現して、すぐに引っ込んだ。
船からは、大八車や漁網などが降ろされている。
しばらくしたら、家にみんなが帰ってきた。
「ただいま~」
「お帰り~」
まずは、火竜島に持ち込まれたものを確認する。先の大八車と漁網、食料と調味料だ。今回、小船は、まだ無理だったとの事だ。
「積み込める量の問題もありましたが、そもそも注文していませんでしたからね。小船も早々簡単に入手出来るものではありませんでした。中古ならば、そんなに難しくはないと思ったのですが、アテが外れました」
ルーガ少尉が居心地悪そうに説明した。ちょっと想定が外れたようだ。だけども、地引網なら出来そうなので、大丈夫だろう。
「気球も注文しましたよ」
よし、空を飛ぶ準備が着々と進んでいるな。
「ですから、それ、浮かぶだけですよ」
ユズの突っ込みは流しておく。
こちらから持ち出した品物の売り上げは、散々だった模様だ。陶器に関しては、キノト王子作の王に献上したものは喜ばれたようで、それ以外にも数点はそこそこの評価を得たが、それ以外は全部で二束三文にしかならなかった。
昆布茶も売れなかった。お茶としては全く評価されなかったのだ。茶の木の葉でもないし、ハーブというわけでもない。結局、味がついている白湯という評価に落ち着いた。出汁としての評価も微妙だった。そもそも出汁の概念がない。
あー・・・・・・うー・・・・・・こっちは、中世西洋っぽいし、出汁ではなくソース系かなあ。野菜を煮詰めた煮汁が味付けなのかな。
しかし、格安でだが、ルーガ少尉が軍部に売ってくれた。軍部において、白湯の味付けに加えて多少は腹に入る携帯可能な保存食で、お茶と比べても安い代物だ。使い道は多少あるという事だった。
結果的に、交易としては赤字がすごいことになっている。キノト王子の資産と、入植用の支援金で賄っているだけだ。この資金はちょっとやそっとでは尽きないので猶予はあるのだが、黒字にするに越した事はない。何か考えなければいけないか。
キノト王子達がいない間にやった事、起こった事も話をした。
筏を作ったことは驚かれた。出来は粗末な、簡易品でしかないのだが。当面は小船の代わりに使う事が出来る。これの功績はギョウコに譲った。彼がテスターとして、何度も海に落ちてくれたからだ。だから、オレを恨まないでね。
藻塩と昆布塩の方は想定内だったのか、いずれは彼らも作る予定だったのか、驚く事はなかったが、かなり喜ばれた。しかし、交易品としては微妙なところだ。そもそも大陸も海岸沿いなのだから、塩は既に作られている。ここに割って入るのは難しいだろう。
芋畑を作り上げた事も喜んでいた。収穫が楽しみである。そして、これもまあ、交易品にはならない。そもそも、アレ、何の芋だろう。
「うーん、コクヨウちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさ。なんで火竜の君がそんなに交易に必死なのかい?」
スゥーイがそんな疑問をぶつけてきた。そんなもの、分かりきっているだろう。
「もちろん、おいしいものを食べるためだよ」
「お、おいしいもの?」
なんか、驚いている。
「火竜島だけだと、魚は取れるけど、調味料だの作物だのは、なかなか難しいからねー。大豆なんかを手に入れようと思ったら、大陸との交易が前提になるからなあ」
「な、なるほど・・・・・・」
そして、なんと言っても一番驚いているのは、水の精霊サファイアの存在だ。
ふふふ
「み、水の精霊ですか」
「火竜には火の精霊以外は無理だったのでは?」
「私の精霊よ、サクラさんに教わって、私も精霊を呼び出せたのよ」
ふふふ
サファイアは、ゆっくりとユズの周りを回る。
「水の精霊殿も回復魔法が使えるのですかな」
そう、コリン隊長が言った時、サファイアが不機嫌になった。そして、コリン隊長に水をぶつけた。
「ぶわっ、何を!?」
「コリンが悪いよ~、サファイアはサファイアだから水の精霊だけど水の精霊じゃないよー」
「つまり、サファイアという名前があるのだから、きちんと名前で呼べという事だな」
オレは桜の説明に付け足す。
「そうですよ。サファイアにはきちんと綺麗な名前があるのですから、サファイアと呼んで下さい。ツバキさんは、ちゃんと名前で呼んでいるではないですか」
「うっ、これは失礼しました。サファイア殿。お許しください」
ふふふ
サファイアがコリン隊長の周りをゆっくり一周すると、ユズの元に戻った。どうやら、許したようだ。
「サファイア殿、今後ともよろしくお願いいたします」
水をぶつけられたのに、コリン隊長は大人だなあ。
「さて、一番厄介なものは残していますが、連絡事項の一通りは、これで終わりでしょうか」
「や、厄介なもの?」
「な、なんでしょうか」
「ユズ様、コクヨウ殿、どうかされましたか」
「いや、なんでもないよ、厄介なものって何かなー、あまり聞きたくないなー」
オレとユズは挙動不審になる。オレとユズとサファイアだけで島を一周したことは話をしていないのに、どこでバレたか。
「実は軍部から、厄介な要請があったんです」
「ぐ、軍部から? そうですか。一体どんな?」
どうやら、違うようだ。
「我がカミン王国の事情なのですが・・・・・・」
カミン王国の北西にはドゥーブ帝国という国があり、目下紛争中との事だ。この国との間には大きな山脈があり、軍隊が移動できるのは南部にある海と山の間の狭い平野部か、北部の冬将軍と喧嘩しながら大きく回るルートしかない。
このため紛争があるといっても、大規模な戦闘になることは少なく、小競り合いが続くばかりだ。
「今回、その南部を守る砦への海上輸送を、南海洋丸で実施するように、辞令が出されました」
「これにより、火竜島と大陸をつないでいた直線航路に、南部が加わって一往復の日数が延びましたな」
「今までは月に1~2度の頻度が、1度あるかないかになりかねません」
厄介な事に、ルートは火竜島から王都、王都から南部の砦、南部の砦から王都に一度戻って、そして王都から火竜島に向かうようになる。
「うへー・・・・・・それって嫌がらせ?」
「そうでしょうな」
「ですが、軍部の兵站をみるに、現状では最善手でもあります。要は、兵站計画をミスっているだけですが、その帳尻合わせに軍事的には浮いている南海洋丸を回すのは、合理的判断です」
「うーん、でも、南海洋丸って軍艦じゃないのでは」
「名目上は軍艦ですよ。揚陸艦兼商用船です」
「相変わらず、無茶な国だなあ」
「しかしじゃな。ハーサ王妃が火竜島と南部との交易権ももぎ取ってくれましたぞ」
「おお、それはすごい」
「ええ、まあ、そうなんですが、そもそも船に載せられる量が多くはないですから」
コリン隊長は、誇らしげに語ったが、ルーガ少尉が突っ込みを入れる。
うん、つまり、南部の都市に寄る事は出来るが、行きは南部砦用の物資が満載で、売り物は小物程度しか持っていけない。そもそも、売値はよほどでなければ王都の方が高く売れる。南部都市へは帰りに寄って買い物は出来るが、そうすると王都で買う物と積載量の関係でバッティングする。
「もうひとつ、得た権利があるにはあります。今まで独占交易権は南海洋丸にありましたが、今後はキノト王子に与えられるました」
「えっと、つまり?」
「船を用意すれば、キノト王子に裁量で何隻でも何便でも増加可能になるのじゃ」
「用意できれば、ですね」
「出来るの?」
「価格的には中古船が良いところでしょうか。しかし、そう簡単に売りに出されるものではありませんよ。まして妨害もあるでしょうから」
「どうにも困ったね」
これは南部の調味料くらいならば手に入りそうなのだが、1ヶ月に1便以下のペースと言うのは辛いなあ。さて、どうしたものか。