第三十話 水の精霊
「ううううー」
ユズが伏せったまま、うめいている。
「コクヨウ」
「はい!」
ユズの声に逆らえない。声質は以前のまま、柔らかめのソプラノ風味だが、迫力が違う。呪いさえ感じさせるその声は、本当にユズのものだろうか。ユズの手がオレに触れる。
ユズはにじりよるようにオレに近づいて、触れてきた。
「痛い。叫びたい。でも大声を出すと響いて痛くなる」
「う、うん、そうだね」
逆らえない。オレは恐怖で凍りつく。オレの生存本能が悲鳴をあげる。やばいやばいやばい。
「だから、コクヨウ、代わりにあなたが悲鳴を上げて」
ブチッ
ギャーーーーー!
オレの鱗が剥ぎ取られた。剥がれかかっている奴ではなく、生の奴だ。痛い痛い痛い。
「ああ、良い叫び声」
「そんな理不尽なー!」
ブチッ ブチッ ブチッ
オレの抗議をものともせず、ユズはオレの鱗を剥いでいった。おかしい、竜の鱗がこんなに簡単に剥がれるものだろうか。自分で何度か引っかいた事があるが、剥がれた事はない。自然に剥がれ鱗ならばともかく、何故こうも簡単に? しかし、現実は非常である。
ミギャーーーーー!
こうして、悪夢の一日は続いた。
翌日
「ユズ~、酷いよ~」
「ご、ごめんなさい!」
元に戻ったユズは謝りながら、オレの怪我を治してくれている。昨日のユズは性格も何もかも違っていた。アレは・・・・・・
「いやーユズの生理って大変さねー」
「ううっ、恥ずかしいです」
ユズ・狂気の月モードか。あれは怖かった。
寝不足と痛みー・・・・・・これの影響は強い。人格すら一変するようなストレスが掛かる。そういう下手な知識があったから、思わず付き合ってしまったが、無ければ生存本能に従って、とっとと逃げていただろう。
ユズの生理の大変さを、スゥーイは前から知っていたようだな。
オレはほわほわと回復魔法を掛けてもらってのんびりと傷を癒していた。
「う~ん?生理~?」
桜はオレに頭を擦り付けながら聞いてきた。
生理というものが分からないようだ。そりゃまあ、オレ達のような火竜には関係の無い話しだからな。
「あー、うん、子供を生むための下準備に、人間の女性の体は強烈な痛みを伴うんだ」
「へー・・・・・・ワタシも~?」
「いや、これほど痛みを伴うのは人間だけで、他の動物は無縁な事が多い」
「そうなんだ~」
「そうなんですか?」
「そう言えば、竜種の生理なんて効いた事ないさ。知られていないだけかと思ったけど、そもそもないのかね」
「爬虫類系はないはずだよ」
生理があるのは哺乳類だけで、その中でも人間は特に酷くきつい。なんでなんだろうな。年がら年中、発情できることの代償なのかね。人間も春先にだけ発情すればいいだろうになあ。
「はー・・・・・・人間って、面倒ですね」
「でも~、ユズ以外はあんまりないみたいだよ~」
「それは、私が痛みを緩和する回復魔法を掛けているからです。」
「へー、回復魔法って、痛みの緩和も出来るんだ。あれ、それならば自分に掛ければいいだけじゃないの。」
「ううっ、回復魔法を掛けるには集中する必要があるんです。痛みがきつくて、集中できないんですよ。それに魔力にも限りがあるので、1日中掛け続けるのなんてのも出来ませんから」
「なんとも、不便な」
困った話しだ。この島には回復魔法が使えるのはユズ一人だけだ。使い手は大陸でもそうそういないようだしな。ユズに何かあると困ってしまうのは分かっていたが、こういうケースもあるとはなあ。
「う~ん、水の精霊さんにお願いすれば~?」
桜がそんな提案をして来た。回復魔法は水属性だから、水の精霊ならばユズと同様に痛みの緩和は出来るだろう。しかし、水の精霊って言われてもなー。
「いや、オレ達火竜は水属性無理だろ。どうやって頼むんだ」
「う~ん?ユズは水の精霊に親しいよ~。それにコクヨウも何か、親しいみたい~」
なんだと? ユズは水属性の回復魔法の使い手だから、水の精霊とも近いだろう。だが、オレもとはどういうことだ。いや、それよりも、水の精霊に頼めるものなのか。
「出来るのですか?」
「えーとね~、ユズは多分大丈夫~、コクヨウはまだちょっと無理っぽい~」
まだって、可能性があるのか。火属性の火竜だぞ。
「う~ん・・・・・・水属性を持つ火竜って、やっぱりコクヨウって火竜じゃないのさー」
「えっ、いやっ、火竜だよ。立派な火竜だよ!」
オレは、翼を羽ばたいて、火を上空に吹いてアピールした。
「泳ぐだけならば、サクラも出来るさねー。やっぱりあんな妙な泳ぎ方が、水の精霊に気に入られたのかね? 水の精霊って、お笑い好きなのかな」
スゥーイィィィ、それは色々酷くないかい。
「それでどうやるのですか?」
「えーとね~」
ユズは火を吹いているオレを無視して話を進めていた。
あう~ん
どんな言葉を紡いだのか、ユズが桜に教わって聞き慣れない発音をすると、椿と同じ大きさの、しかし色は青い人型の精霊が現れた。
「おおっ」
「これが、私が呼び出した精霊・・・・・・」
「そうだよ~」
淡いその精霊は、微笑みながらしばらくユズの周りを回っていた。
ふふふ
その精霊は、やがてユズの肩に座った。ユズはその水の精霊を優しく撫でた。
「そうだ、コクヨウ、この子にも名前をつけてもらえませんか?」
「あれ、オレがつけていいの?」
「ええ、私たちの言葉でよりもコクヨウの知識の日本由来の方が良いように思いますので、頼めますか」
「いいよー。うーんと、統一した方がいいかな。青い花はと言うと・・・・・・」
「いえ、出来れば、コクヨウと同じ、鉱石、いえ宝石関係にして欲しいと思います」
なんでだろう。何かこだわりがあるのかな。
「ふむ。それなら、サファイア かな」
「サファイアですか」
「うん」
「どの様な宝石ですか?」
おや、サファイアの言葉はないのか、知られていない宝石かな。
「えーと、青色の透き通った宝石で・・・・・・コランダムが主成分で・・・・・・」
説明をどうしたものか。
「色は青いけど、ルビーと同じ宝石だよなあ。ふ・・・・・・微量成分が違うだけで
」
「えっ?青いルビーの事ですか」
おや、ルビーもサファイアも同じルビーって言われているんだ。いや、これルビーじゃなくてコランダムって言うべきなかもしれないなあ。まあ、いいか。
「そうそう、青いルビーって、こっちの世界にもあるんだ」
「はい、そうですか、青いルビーの事をサファイアと言うんですね」
「うん」
「それでは、サファイア。あなたにサファイアと名前をつけます」
ユズがそういうと、水の精霊は淡く輝くと、椿の時と同じように存在が強くなった。
ふふふ
存在が強くなったサファイアは再びユズの周りをいっそう嬉しそうに飛んだ。
「はー・・・・・・これは、精霊の研究もしたくなるさねー。記録だけでも取っておくかな」
「それで、サファイアは回復魔法、痛みの緩和も出来るのかな」
ふふふ
「はい、大丈夫ですよ」
ユズが召喚したからだろうか。サファイアとの意思疎通は念話が使えるわけでもない人間のユズにも可能なようだ。
こうして、水の精霊・サファイアが仲間になった。
「でも、生理痛緩和のために、精霊呼び出すとか前代未聞さねー」
「言われればそうかもなあ」
「ユズ、水に染まったかな」
スゥーイがちらりとこちらを見る。そいつはどういう意味だい。