第二十九話 塩を作ろう
塩を作ろう。
目の前には大きな海がある。人が入ってきてないだけあって、綺麗なものだ。せっかくの塩の宝庫なのだから、作らない手は無いだろう。料理の味付けにはそのまま海水を使っていたが、苦さが残る。にがりを除去したい。
トイレ、及び発酵所からは遠い位置の海を選んだ。別に漏れてはいないし、発酵所にはまだ入れていないんだが・・・・・・気分だ。
えーと、まず砂浜なんかに海水を撒いて日干しとかして、水分を蒸発させて結晶化させる。それを海水で洗い取って塩濃度の高い海水を作り、その海水を煮詰めていくと、先に塩化ナトリウムが結晶化して、液に残る方がにがりになるんだっけ。
塩濃度高めなくても、そのまま結晶させるんじゃ駄目なのかな? あ、いや、にがり除去するのが主題だから、日干しした時カリウムとかが流れてくれるのかな。うーん、どうなんだろう。
とにもかくにも知識にある方法をまずは試していくことにしよう。上手く行かなかったら、その時にまた考えればいいか。
「うん、まぶし」
「今度は塩作りですか。雨が降ってしまうと台無しになりそうですが、大丈夫そうですね」
「今のところはね。結構、天気変わり易いんだよねー」
「そうですね」
空を見上げながらユズと相談していた。
「この火竜島というのは、随分と天気が不安定なんですね」
「島の天気ってのはどこもこんなもんだよ。特に南部にあるとね」
「そうなんですか」
次いで、ユズの護衛についてきたギョウコが愚痴交じりにこぼして来る。
そうなんだよね。山の天気だとか、熱帯気候の島の天気だとかは変わりやすい。今のところは雨が降る様子は無いのだが、日干ししている最中に雨に降られる可能性も高い。
ふーむ。
浜の一部を使って、海水を撒き日干しする方法はどうしても雨に弱いな。持ち運び可能な器に入れて日干ししたいところだが、器の数にも限りがある。それに大きなものの数も少ない。この方法だと、少量、下手すると一舐め分くらいしか出来ないぞ。
「どうしますか?」
ユズがお吸い物を入れた椀を手渡してくれながら、聞いてきた。
「困ったね。どうにも道具もないし、雨も降りやすい」
お吸い物おいしい。
そうだ。
昆布が使えるか。
藻塩なんてのもあったな。藻か昆布を並べて日に当てながら、海水を撒く。数度行ったのちに、藻か昆布についた塩を海水で洗い、その海水を煮詰める。それならば、十分濃度が高くなるから、塩の析出もし易いか。
そして、雨が降るようならば、事前に藻か昆布を家に持ち込めばいい。これで付着した塩が雨水に流される事はない。
よし。これでいけるだろう。
さて、これは藻でやった方が良いかな? いや、藻だとすぐに下部に海水が流れる。昆布の方が適しているか? しかし、昆布塩なんてあったかなあ。うーん、ものは試しだ。両方やるか。
「塩を作るための道具として、ちょっと藻と昆布を取ってくる」
「は?」
「器が足りないから、藻や昆布を代わりにするんだ。藻に海水を掛けて水分を飛ばして塩を取る方法が異世界の日本にはある」
「そうなんですか、藻や昆布って、色々使えるのですね・・・・・・気球以外には」
「・・・・・・まあね」
ユズよ。その話はしないで欲しい。
オレは海に下りて潜り、藻と昆布を調達した。藻と昆布は豊富にあったので、調達には事欠かない。これをユズとギョウコに手伝ってもらって、石ばかりの浜に並べていく。
「うん、この藻と昆布に海水をかけて日干しして塩を浮き出させるんだ」
「ほうー、塩ってこうやって作っているんですね」
「作り方の一つ、かな。他にも方法はあるよ。こっちでどうやってるのかは知らないけど」
並べ終えたら、桶に海水を汲んで撒く。あまり大量に早くやるとせっかくの塩が流れてしまうので、慎重に行った。それを何度も行い、日が暮れると藻と昆布を抱えて家に帰った。翌日に再度同じ海岸に行き、もう一度海水をゆっくりと撒いていく。
昼までそれを行ったあとは、藻と昆布を別々の鍋に入れて海水で洗う。
それを椿に煮詰めてもらい、鍋の内壁に析出する塩を削り取っていく。枯れ草や枯れ木では間に合わないので、椿大先生にお願いした。これを煮汁が無くなる前に終了させた。この煮汁はにがりでいいのだろうか。
舐めてみる。
「にがっ」
「コクヨウ、大丈夫ですか。毒じゃないでしょうね?」
「大量に食べれば害だけど、結局は海水の一部分だからね。毒じゃないよ」
「そうですか」
このにがりもあとで何かに使えるだろうから、残しておこう。少量なために、器も一つで済んだ。小さい器も足りていないので、なにか別の保管方法が欲しいなあ。ビニール袋とかないかねえ。日本だと海に行けばいくらでも落ちているのに・・・・・・欲しいところには無く、要らないところにはあるというのは、一つの真理なんだろうか。ほどほどというのが、一番難しい。
こうして、数日を掛けて藻塩と昆布塩を作り上げた。その量は少なかったが、初回なのでこんなものだろう。味としては、藻塩は藻の風味らしきものが感じられたが、気のせいレベルか。
昆布塩の方はなんというか・・・・・・出汁が効いてるなあというか。
「こちらは、塩としてより、お吸い物用にした方が良いですね」
「うん、そうだね」
これだけで作ると塩分多いけど、昆布出汁でお吸い物を作るときに入れる塩の代わりにする分には、ちょうど良さそうだろうか。
「お吸い物~飲みたい~」
桜の要望に、侍女さん達が早速昆布塩でお吸い物を作り始めた。
「あっ、しまった」
「どうしたんですか」
「いやー、ルーガ少尉がいないから、今回の記録を誰も付けてないわ」
「そういえば」
「す、すみません。私も気がつきませんでした」
ギョウコが恐縮する。
「スゥーイもこっちには同行しなかったなあ」
「そうですね」
ちらりとスゥーイをみると、彼女は記帳を持って桜と話をしている。オレの方にはあまり近寄ってこないんだよなあ。
「うーん、まあ、大体は覚えているからいいか。彼が戻ってきたときに書いてもらえばいいかな」
「私が、覚えている限りの記録を書いておきます」
「そうですね。私も手伝います」
「おー、ギョウコ、ユズ、頼むわー」
「いえ、そもそも、同行していた私が記録しておけば済んだ話ですから」
記録は大事だなあと反省を踏まえつつも、こうして火竜島に藻塩と昆布塩の特産品が出来たのだった。