第二十三話 竜生態研究家の突貫
本日は大陸との航路を繋ぐ船、南海洋丸が島に来る日である。オレは島から隠れて船の様子を伺っていた。見えた船は中型のガレー船か。いや、もっと小さくないか? 左右の櫂は5本ずつしかなかった。あれで、数百キロを漕いで来たのか。大変だなあ。
異世界日本の知識にあの規模のガレー船ってあったっけかなあ。もっと大きかった気がするんだが・・・・・・
眺めていると、その船の先頭に大きく腕を振っている女性がいる。船と島の距離はあると言うのに、その声は届いていた。
「おおー! 火竜島が見えた! ユズー王女様ー! ヤッホー! 私が来たよー!」
オレは慌ててユズに確認をしに行った。ユズの知り合いのようだ。ユズを連れて、再び船を見る。だが、ユズは出来るだけ姿を見せないようにこっそりと覗いてもらう。
彼女はまだ、船の上で腕を振り回していた。
あっ、こけそうになった。
船のヘリに掴まっているな。船員に引き上げてもらっている。
「うん、ユズの知り合いだな」
「どういう意味ですか」
「で、知り合いなの?」
「ここからでは、よく分かりませんが・・・・・・」
「声で分からない?」
「え!?」
引き上げてもらっている彼女はまだ騒いでいた。迷惑な人だな。
「あの、ここからでは声は聞こえないのですが・・・・・・」
あれ? オレには聞こえるんだが・・・・・・ドラゴンイヤーは地獄耳なんだろうか。いや、念話の感度の方かな。
「おそらくですが、私の同級生のスゥーイだと思います。竜の生態研究している学者です」
ほへー、竜の研究家か、そういう人もいるんだ。
「今まで大陸中央の大霊峰で、竜の研究をしていまして、今回、私達が火竜島攻略をする事になったので連絡して、良ければ同行しないかと誘っていました」
「へー初耳だね。まだ入植予定者いたんだ」
「ええ、まあ、招待しただけで、返事もなかったわけですし、来るとは限っていませんでしたから」
・・・・・・
「忘れていたわけではありませんよ」
「そだね」
確かに来るかどうか分からない相手が、入植するよとは言わないだろう。仮に彼女が来るのならば、承諾の手紙の方が先に届くはずだ。話はそれからになるのが普通なのかな。大陸中央の大霊峰とやらが、ここからどれくらい離れているのか。ユズ達が上陸した時期から考えると、今こっちに来るのは相当早いのだろう。手紙の返信よりも早いのかもしれない。
さて、ユズを下がらせた後、オレだけ船から見えるように姿を出した。そろそろ、火竜のことを秘密にするのも限界だろう。ユズ達と交渉だけはなんとか結べたとするために、オレがここで姿を現す。基本的には不干渉、数十人程度が海岸近くに住む分には黙認する。そこまでだとよそおうにしても、そもそもオレの存在が分からないと駄目だろう。
「あー! あれあれ! 火竜だー!」
えーと、スゥーイさんだっけ? 彼女がオレを見つけて騒いでくれた。おかげで、そうそうに船員に無事に目撃してもらえた。これで、火竜が存在し、その状態で入植しているというのが立証される。オレは振り返って、島の奥に入っていく。更にこれで、親しい訳ではないという事も認識されただろう。
船員達に対して、本来はそこまで警戒する必要性はない。彼らもキノト王子配下の部下だからだ。コリン隊長からも、信頼できますと、太鼓判は押されている。
だが、人の口に戸は立てられない。つい、漏れてしまうものだ。悪意の有無や、スパイだなんだ関係なしに起きる事だ。ならば、最初からそういう風に思わせておけばよい。
ここまでやればカスボ王子派が、こちらを警戒する事はないだろう。
はー、面倒な話しだ。
「あー! 帰っちゃう、船員さん、早く上陸上陸ー! えっ、上陸はボートでするの? だったら早く用意してー! 火竜が行っちゃう!」
随分と五月蝿い子が来たようだ。下がった後に合流したユズと苦笑いを交わした。
やがて、船からボートが降ろされて、スゥーイ他数名が乗船して漕いで来る。おや、何か、周りの船員よりも大きく派手な服をしている奴がいるな。船長かな? キノト王子とルーガ少尉と敬礼を交わしている。
その後、砂浜にボートから荷が降ろされた。これを何往復かして、やっと荷が全て降ろされる。荷物はコリン隊長達がソリを使って、家にまで持ち運んでいる。加えて、大八車も降ろされた。ありがたい事に、運搬道具が届いた。そちらも早速使われている。
オレが注文した、竜関連の本もあるだろうか。そう言えば、スゥーイが竜専門家ってことなので、彼女も詳しいだろう。自分の事とは言え、生まれたばかりで親もいないし、よく分からない。それに知識は多くても困る事はないだろう。
スゥーイはユズと抱き合って、再会を祝っている。
「やー、大霊峰からカミン王国に帰ってる途中だったのさ。それで、ユズの手紙に出会えてねー。大急ぎで戻ってきたのさ。船に間に合ってよかったよ」
彼女の足が早かった理由が簡単に判明する。特に大した謎ではなかった。
「それで、火竜とは交渉出来たって? さっき、黒い火竜を見かけたけど、あれがそうなの?」
「お、落ち着いてスゥーイ。あまり火竜を刺激しないで欲しいわ」
「ふ、ふーん、この竜生態研究家のスゥーイ様にお任せなさいさ。大霊峰では成竜と会話した事もあるのよ。それにね」
そういうと、彼女は、荷物から何かを出した。
あれは・・・
「これこそ、ドラゴン大好物のフルーツ! 名づけてドラゴンフルーツよ! これさえあれば、どんなドラゴンだって、いちころなのさ」
いちころって、殺してどうする。それに、そう言って出したのは赤い果実で、あれ、りんごじゃない? ドラゴンフルーツといえば、サボテンだっけ? 異世界だと。
「スゥーイ、それリンゴよ」
ユズが突っ込む。うん、やっぱりリンゴだよなー。ドラゴンフルーツってないよな。それにしても、リンゴか。種は使えるのだろうか。火竜島で植えられるだろうか。いや、リンゴは寒い地域だっけか、残念。
「ええー、いいじゃない、ドラゴンの好物なんだから、ドラゴンフルーツでさあ」
わざとかい。
「ふふーん、それにこれで、私は竜の鱗を貰ったのさ」
彼女は1枚の褐色の鱗が入った小瓶をつけた首飾りを胸元から出した。小瓶の中で水滴が跳ねた。鱗を何かの液で浸しているようだ。
「竜の鱗を貰えるのは、竜に認められた限られた者だけの特権! これで私はシングル持ちなのさ」
竜の研究家とやらは、竜の鱗の保有数がステータスなんだろうか。確かに、1枚ン十万する代物だから、ステータスとしてもおかしくはないのかな。
ふーい
ある程度の様子見も終わったし、オレと桜と椿は、家の中でたむろしていた。大したことはしていないが、不用意に見つかると困るので、緊張した。ボートはやがて船に戻り、残ったのはスゥーイだけとなった。みんなと協議した結果、彼女にオレ達のことを教えても良いだろうとなった。長期間火竜島に住む予定であるから、大陸との情報交換も少ないだろう。
火竜の事を研究資料にまとめられて発表されると、問題になるかもしれない。ただそれも、キノト王子達と協力関係にある事を伏せてもらえばなんとかなるか。
「おお、よくこれだけの家が建てられたね」
「ええ、みんなで協力して建てたのよ」
「ほへー」
「驚かないでね」
スゥーイが家の中に入って来た。目が合う。
「どもー」
「クアー」
ふんす
「ぷげらぱらぽー!」
彼女は愉快な奇声を上げた。この位置で家の中だから、彼女の声が大きくても船には届いていないだろう。船員に不審がられることも無い。それにしても、予想以上に奇妙な声を上げてくれた。
こうして、火竜島に面白そうな住人が新しく増えた。