第十二話 ひみつのカリュウちゃん
オレ、黒曜の鱗を1枚だけ船便で王都に送ってオークションに掛ける事になった。その代価としてオレが欲しかった本を希望したが、王都にはないらしい。本の王都と言う異名の名折れだろう。名前倒れである。
「無茶言わないで下さい。誰も火竜の飛び方なんて分からないんですから。そもそも火竜の詳細に関しても詳しく分かってないんですよ」
ルーガ少尉が呆れ顔で突っ込んできた。
「下手をすると、この島にいる我々が一番火竜に詳しいくらいです」
「ふっふっふ、火竜専門家、ユズ・カミン博士ですよ」
「仕方ないか」
オレは諦める事にした。産まれたばかりという事を考えれば、まだ飛べないのは普通なのかもしれない。あせる事もない、と思いたい。
「ところで、オレの鱗を売ることで、耳目を集める事になるだろうか。今のところ、あんまりオレ達が皆と協力しているってのは知られたくないな」
「鱗を奪いに来る奴らが殺到するでしょうか」
「先ほども言われていましたが、1~2枚程度ならば、問題ないでしょう」
「それに火竜島に上陸する船は南海洋丸だけしか許可されていません。コクヨウ殿の鱗に価値があると言っても、それを無視して上陸するまではしないでしょう」
「警戒は要るでしょうね」
「そしてサクラの鱗は、オレと違って、そのリスクを追ってでも、勝手に上陸する危険性があると」
「あるでしょうね」
「でも、コクヨウ殿と協力している事は、大丈夫なんじゃないですか」
「サクラ殿だけを秘密にしておいて、乗船員の管理をすれば行けそうですよ」
オレ達が協力している事が露呈すると一番まずいのは、鱗争奪よりもカスボ派からの干渉だ。連中はキノト王子達の排除を目的としている。火竜島の攻略と言う事で、火竜島に押し込んでしまえば十分と考えているはず。火竜といざこざが起きて、やられてしまう事も期待していただろう。
しかし、火竜のオレ達と協力体制が出来ている事が知れると、どう動くか。この辺の危険は常々考えられていた事だ。オレ達の鱗狙いならば、個人が動く程度だ。長距離の海洋を渡って来なければいけないのだから、密かに上陸するのは難しい。仮にそれが出来ても、少数になる。
なんとでもなる。
鱗争奪よりも、キノト王子・火竜連合対応の方が軍、つまりカスボ派が動く可能性が出て来る。国が動く、軍隊が動く方が厄介だ。
だが、この辺の事情を知らない者も多く、ハーサ王妃やキノト王子にあまり知られたくは無い。ハーサ王妃は既に察している可能性は高いと思うが、わざわざ心配掛ける必要もない。
「いや、さあ・・・・・・鱗をねだられるのも、メンドイんよ」
「あー・・・・・・」
「オレがユズ達に協力しているって知れるとさ。そのツテを使って、鱗を欲しがる奴がねだって来るんじゃない?」
「金にする連中ではなく、火竜の鱗そのものを欲しがる連中からの干渉ですか」
これはこれで考えられる事ではある。これを口実にしよう。実際に、これでねだられる事が多くなると、うっとおしいのは変わらない。かなり面倒になるだろう。
「直に上陸して取りに来ようとしなくてもさ。依頼なら来るんじゃない?」
「来そうですね」
「一人二人ならともかくさあ、大勢がよってたかって来ちゃうと、オレ丸裸になっちゃうよ」
「それもまずいですね」
「だからさ、オレ達が協力的なのは、伏せておいて欲しい」
「そうですね。承知しました」
「鱗はタマタマ拾った事にして、オークションに出しましょう」
「あまり数が出ても値崩れしますしね」
どうやら、納得してくれたようだ。
「本当、この手のねだりっていうのは、うっとおしいんですよ。道理に合わない、ルールを無視する。あまつさえ、上層部を使う。しかも、それで欠けた補給分の補填はしない。責任は現場に丸投げ。上官が言う、”責任は俺が取る”なんて口だけ。やるのならばやるで、きちんとルールと相応の予算が必要なのに、それはやらない。責任取るならきちんとルール作れ。連中は兵站と言うものを何だと思っているのか。要求すれば空中から湧いて出てくるとでも思っているのか」
あ、うん、ルーガ少尉のトラウマを刺激したようだ。
どうどうどう。
なんとかルーガ少尉を宥める。
「しかし、誤魔化すにしても限界はあると思いますぞ」
コリン隊長が神妙な顔で指摘する。いつまでも、ってわけにはいかないだろうけど、当面心配する事でもないはずなんだがな。オレ達の姿は船員からは見えない位置だ。更に船員は今のところ上陸はしない。船員も20人程度で、停泊中の船の維持のためにこちらに上陸する余裕は無い。これが、大陸側の港ならば、繋留がしっかり出来る。
そして入植者は基本的に大陸に帰りはせず、船員との接触も少ない。絶対に安全ではないとしても、どこかに漏れがあると言うわけではないはず。
火竜とは接触していない、見てもいない。それならば、そもそも火竜が現在火竜島にいるかどうかも分からない。見てないならば、いないと考える方が自然だ。
「この火竜島から成竜が飛び立って、既に1ヶ月半です。成竜は産卵を終えると、この島を後にします」
「へー」
「そして、タマゴは大体、1~2ヶ月ほどで孵化するのではないかと予想されています」
自分達の事だが、その辺の事は全く分からない。聞いている限りでは、人間の方も長年の観察から来る、大体の予想のようだ。
「我々は、成竜がこの火竜島を去った後、1ヶ月間戻って来なかったことを確認してから、上陸しています」
「成竜と対峙するよりも、産まれたての竜と対峙した方がまだ安全だからね」
なるほど、ユズ達の入植時期とオレ達が産まれた時期が同じだったのは、偶然ではなかったのか。
「したがって、遅くてもそろそろ火竜は産まれていると認識されています。その火竜と全く接触が無いと言うのは、不自然に思われるでしょう。あと半月程度が、限度ではないかと思います」
「火竜がいないタイミングを狙って上陸ってわけでもないのね」
「はい」
う~ん、厄介だなあ。
どの道この道、露呈する事は分かっていたけれども、その対策を練る時間もないか。向こうはどう判断してくるかなあ。少なくても、もうちょい引き伸ばしたいか。
「元々、火竜とはどう対峙するつもりだったの?」
「火竜殿には知恵があるとされております。交渉は可能と思っておりました。入植者20名弱ならば、許容していただけるのではないかと」
ハーサ王妃が説明してくれたが、随分と甘いんじゃないかなあ。竜が幼い内ならば、不可能でもないのかな。
「いざとなれば、私が人身御供として火竜のお嫁さんになるつもりでした」
「いらん」
どずっ
グワッ
ユズの杓丈がわき腹に突き刺さる。
「ううっ・・・・・・とりあえず、今回は、鱗は拾ったで誤魔化して下さい」
「次かその次の船便あたりで、火竜と交渉は成立して、海岸沿いに住む事は許容された事にすれば良いでしょう」
「そうですな。その方針で良いかと思います」
当面はそれで様子を見るか。
「それでオレの鱗1枚分で、竜及び火竜関連の本を手当たり次第で頼む」
「分かりました」
「それと・・・・・・」
「はい?」
「文字の読み書き教本があったら、それも頼む。オレ、文字読めんわ」
「・・・・・・それで本を頼んでどうするつもりだったんですか」
「習うのから始める」
生暖かい目線が集中するが、オレはまだ産まれたばかりですよ。こうして、今回の会議は終わった。