第十話 補給部事務員は火竜島に飛ぶ
「その出兵は許可されたものでは有りません。なので、補給は出来ません」
「その作戦は、当初の計画通りの効果を出していません。これ以上の補給を必要とするならば、計画再編してからにして下さい」
「規定されたルール違反です。今すぐ中止してください」
「この作戦は既に完了しています。撤兵を早急に行ってください。補給にも限度があるんですよ」
「この案件の補給に関するルールが存在しません。上官殿、早急に作って頂けませんか。その場しのぎでもう3年です」
「ルールを無視しないでください。飛び込みの支給は原則できません。必要ならば、所定の手続きを経てください。飛び込み用のルールはこちらです」
・・・・・・
「ルーガ少尉、栄転だ。キノト・カミン王子の直属となって、火竜島攻略に君の辣腕を奮い給え」
「ルーガ少尉、拝命致します。本日よりキノト・カミン王子の直属となって、火竜島攻略に尽力いたします」
今、オレの前で乾いた笑顔をしている男が、ここに来た理由を訥々と語った。
まー・・・・・・なんと言うかね。
火竜島入植者第二陣に混じった異端児ルーガ少尉。彼に警戒を抱いたオレとコリン隊長によって尋問、もとい聞き出し・・・・・・いや、これもう愚痴を聞くカウンセラーか。
元々入植の予定には無かった男だ。他の面子は全員、ユズの祖父、故ムライ公爵の配下で火竜島に永住する事を承諾した者達だ。コリン隊長の知人であり、ハーサ王妃の知人ばかりで問題はない。
だが、この男は違った。唐突に突っ込まれた人事だ。軍関係者が来るなどと言う話は無かった。軍人なしで火竜攻略とかどんだけかと思いつつも、逆に今来た事に警戒したものだが・・・・・・。ちなみにコリン隊長は退役兵で、ハーサ王妃の父、故ムライ公爵の下で警備部隊長をしていた。ウココやサン達もその時の部下で、正確には軍人ではなく警備員だ。
火竜島に居る純粋な現役軍人は、彼一人だ。
「火竜とは既に交流が構築されていたのは助かります。火竜への対策は難題で、解決方法は思いつきませんでした」
少し、軍人としてどうかと思う発言をきっぱりとしながら、その男の笑顔はやっと和らいだ。愚痴を言い切って、満足したのだろうか。オレはコリン隊長と一緒に席を外して相談する。
「コリン隊長、どう思う」
「どう、と言われましてもな、到底カスボ王子派のスパイとも刺客とも思えません。火竜殿の思念に何か引っかかりますか」
「あー・・・うん、哀愁と言うかやるせなさと言うか怒りと言うか、そういう感情なら引っかかる」
・・・・・・
「飛ばされた?」
「なんと言うか、その、飛ばされた・・・・・・ようですな」
オレが尋問に加わる必要性もなかったな。火竜の迫力で脅して、口を割らせるとか、全く意味が無かった。
「こちらに敵対する人物としては露骨だしねえ」
「たった、十数人で兵站も補給も何もありませんからな。船に対してならば必要ともなるでしょうが、そちらは別に人員がおります。必要としても、こちらに来ずとも大陸で処理出来るでしょう」
「事務処理って・・・ここで何をする予定だったんだろう」
ひゅー・・・
野営地に風が吹く。
「おかし過ぎて、逆に疑えませんな。念のための警戒はしておきます」
「ま、とにかく人材としては有りがたいね」
「大陸の連中は、こちらの事情は知らないでしょうからな」
「地図作りの方は知っているんじゃないの?」
「体力はなさそうでしたぞ」
「現役軍人なのに、なあ・・・・・・」
「事務員おく・・・・・・配置なのですから、体力面での適正は低かったのでしょう」
「彼は、この島で生きて行けるかなあ。」
不安を抱えるが、ルーガ少尉は今の島に必要な人材である。魚にしろ陶器にしろ生産を増やしている。管理に事務処理が必要となりつつあるのだ。しかし、今までも、第二陣にも事務職系が彼以外に一人もいないのだ。
陶器作りにいたっては、試行錯誤をかなりしなければ行かず、その記録係に悩んでいた。オレの手だと書けないし、知っているのは日本語だけでこちらの文字は知らん。何時間も付き合う必要があるだけに、食料確保や周辺探索の人員を割くのも難しい。
それにウココやサンと言った兵士は、やはりそちらは不得手のようだった。せっかく取った記録を、まとめる事が出来なかった。得がたい人材が来たと言う事で良しとしよう。
ルーガ少尉の身体検査をした後、キノト王子に謁見となる。
「随分と慎重ですね」
ルーガ少尉の愚痴については、この際無視させてもらった。念には念を。
何もない野営地の天幕において、ルーガ少尉はキノト王子を前に片膝を立てて、頭を下げた。
「キノト・カミン征南海大将軍直属軍務主幹ルーガ少尉、王命により只今着任致します」
「キノト・カミンせいなんだいしょうぶんである。たいぎであった。るうがしょうい、こんごのけんとうをきたいする」
形式は必要である。
侍従たちを従え、キノト王子がルーガ少尉に宣言する。なお、部外者であるオレと桜と椿は彼らに混じる事は出来ない。ただ後ろでカンペの横断幕をオレと桜で持ち、椿に横断幕の後ろから照らしてもらうという、謎の凝りようをしていただけだ。
所詮は、野営地での簡略儀典である。すぐに終わったのだが、
「あれ、キノト王子って、大将軍なの?」
「ええ、そうですよ。ご存じなかったんですか」
周りの人々をみるが、全員初めて知ったようだ。
「その、申し訳ない、此度で初めて知った」
「・・・・・・まあ、軍属は私・・・・・・と当のカミン大将軍だけですからね」
「そんなんで良いのか」
「良くは無いんですが、火竜島攻略も大将軍ご就任も急に決まった事ですから。軍内部でしか式典も・・・・・・あれ、式典に出た覚えないな。こういうのって、普通は・・・・・・いや、なんでもありません」
ルーガ少尉は目線を逸らしながら答えた。
「陛下はご存知だよ・・・・・・な?軍事管轄権は軍務独立だから・・・・・・」
何か危うい事を呟いているようだが、無視させてもらった。カミン王国、色々と大丈夫なんだろうか。
ルーガ少尉以外での第二陣の入植者は男性6人、女性2人の計8人だ。先に来ていたハーサ王妃を始め、再会を喜んでいる。かなり昔からのなじみとの話しだ。それに覚悟はしていたものの、火竜島に来るまでは随分と不安があっただろう。オレ達火竜とは既に交流済みなのが分かって、安堵も含めた喜びだと思う。
「ふ、ふ、ふ~ん。私達は、戦友なのですよ」
オレの頭をペシペシ叩いて、またユズが調子付いている。
「クアッ」
「ユ、ユズ様!」
それを見た新規組みは慌てているが、既存組みは苦笑しているだけだ。コリン隊長達はオレ達火竜に馴染み過ぎでないか。
「あ、あの~、触っていいですか?」
「う~ん? いいよ~」
恐る恐ると、何名かが桜の鱗を撫で始めた。
「すごい綺麗ですね」
「うん、そうだよ~、綺麗だよ~。この鱗の色から、サクラってコクヨウに付けてもらったんだよ~」
誉められて随分と照れているようだ。やがて、危険がないと実感できたのか、全員が桜を触って行った。
「うわー、私火竜に初めて触りました」
「火竜がこんなに大人しいとはなあ」
「本当にすごく綺麗な色だ。すごいなあ」
ワイワイガヤガヤと桜の人気は高く、人が集まっていた。また、火竜のみならず、火の精霊・椿も珍しがられた。
「火の精霊がこんなにはっきりと」
「私は火の精霊も初めて見るわ」
「今日は一生分の驚きだ」
「椿ちゃんもすっごく綺麗~」
こちらもかなりの人気だ。何か、椿もユズ同様に胸を張って自慢げだった。火竜島には今現在、人間、火竜、火の精霊合わせて総勢21人となった。こうして色々な不安を抱えながらも、新しいメンバーが追加されたのだ。
ぽつーん
「え、え~と、コクヨウさん、あなたの黒い鱗もキレイデスヨ」
「くあー・・・・・・」
ユズに慰められてしまった。ともかく、これで入植者第二陣が火竜島の仲間になったのである。