第四十話 vsカイセル
おまたへ
「ディンさん、いつ始めても良いですよ」
不敵にもカイセルは初撃を譲ると言う。それがカイセルが師として仰ぐブレイド一派のやり方らしい。戦う力を全く感じさせないカイセル。自然とリラックスしているようにしか見えない。しかし、相手を凝視しているわけでもない。
「お言葉に甘えて、遠慮なくいかせてもらうぜ」
ディンは魔焔刀を置く。そして、古い馴染みの剣を抜いた。一撃で終わらせてやろう。カイセルの言葉が癪に触ったのか、誰から見てもそんな意志が見て取れる。
(これがSクラスってやつか。よく分からねぇな……)
そう思うディンはダンッ、と力強く地を蹴り開いた距離を詰める。カイセルは動じることなくそのままディンの間合いに入る。
「おらぁ!」
ディンは下から掬うように斜め上へと切りかかる。上から剣を振り下ろすよりも隙が少ない、カイセルは避けるか防御するしか無いだろう。とディンは思っていた。
「遅いな」
カイセルはそう呟きディンの剣閃を潜る。ディンは潜られたことに瞬時に気付くがカイセルの想定外の行動に、体制が持ち直せない。ステップでカイセルから距離を離そうとしたその時、カイセルは自前の刀の刃を反転させ皮肉にも軽く峰打ちをする。
ディンが予め加速しているが為に軽く峰打ちをしたと言ってもかなりの衝撃がディンの腹に鈍く重く、ドシリと伝わる。
「うぐっ……!!」
不意をつかれたのだ。もっと安全に避けたり、攻撃を防ぐ術が何百通りと考えられる中、当たり前のように死地へと踏み込むカイセル。これが、対人における経験の差なのか。
カイセルからすればこれはまだ感覚の慣らしに過ぎない。皮肉にも拍子抜けなのはディンの方だった。
「どうかしました?」
「そういうやり方ね……」
ディンは痛みを誤魔化す為にギリっと歯を食いしばり、再びゆっくりと間を空けるカイセルに好戦的な眼を向ける。
(おもしれぇじゃねえか……!!)
「さぁ、続きと行きましょうか」
カイセルはシュタタタとディンへと一直線に駆け出す。かなりの速さにディンは剣を縦に構える。一先ず、受けてみて力を確かめるのだ。下級生であるカイセル相手なら力押しが可能かもしれない。
カイセルは先程のディンと同じ様に斬りかかる。
ギギィン!!
「なっ!?」
感触がおかしい。二発衝撃が来た。それにやけに重い。しっかりと受けなければ腕がぶれそうだ。
そして、カイセルは斬りかかった勢いを殺さずそのまま振り返りディンの背へと一太刀振るうが空を切る。ギリギリであるがディンはカイセルの気の流れを読み、回避していた。
「うお危ねっ!」
「おぉ、避けましたね」
カイセルはディンを褒めてみせる。事実、怪我をさせに行ったのだ。見込みありだ。
「お前、案外攻める方が得意なんじゃねえか?」
「それはどうか、な!!」
カイセルが再び迫る。その速さから情報が余りにも入ってこない。ディンは考えが追いつかない。カイセルは一振り、二振り、隙のない斬撃を繰り出す。ディンは器用にも集中して避けていく。そして、技と一撃受けその衝撃を利用しそのまま後方へと飛ぶ。
(おもしれぇ!! これが、Sクラスってやつか……!!)
カイセルの気の流れが読めていても反応が追いつかない。本当の戦いにディンは興奮していた。柄を強く握る。カイセルはそれを見逃さなかった。
「受けてばかりじゃ、僕は倒せませんよ」
駆け出すカイセル。面と向かってディンも距離を詰める。カイセルが剣を振るう。振るっているが、剣先が見えない。一瞬の出来事だが、その一瞬タイミングがズレる。ぬるりと遅れてきた剣先にディンはタイミングをずらされ、一番力が入るタイミングを外す。それでも、そのまま力で押し込む。一方カイセルはタイミングをずらした事により有利な形でディンの剣を受ける。
バギィン!!!
当然、ディンの剣が割れた。剣を剣で力押しして適う上等な剣では無い。手入れは怠る事は無かったが剣身だってやや古びている。それに、カイセルはわざと剣を割りに来たのだ。
「はっ?」
剣を割られ、戸惑うディン。
「その剣、ディンさんに合いませんよ。まだその刀の方がディンには合っていると思います」
悪びれる様子なくカイセルは端的に言い放つ。お節介にもカイセルはディンの為を思って剣を割ったのだ。何時までも子供の頃から使っている古臭い剣を扱っているディンの為に。
「ちょっと、カイセル君!?」
リアナは思わず叫ぶ。ディンが何を思ってその剣を使っているか知っているから。
「まてリアナ、カイセルの事だ。何か考えがあるはずだ」
そう言いリアナを止めるのはマール。
「くっ……。これは、死んだ父ちゃんのから貰った唯一の形見だったのによ……」
「そんなに大事なら尚更使うべきじゃない。思い出棚にでも保管しておくべきだったよ」
「てめぇ……!!」
ディンの怒りを買ったカイセル。ディンはカイセルを親の敵の様に睨み付ける。カイセルもカイセルで不器用だった。言い方もやり方も悪過ぎるだろう、とマールは思う。
(若いな……)
そう思うとマールは少し笑えてきた。
「それで、続けます? そこの刀使うって言うならまだ続けられるでしょうけど」
カイセルは手合わせする時のようにはにかむ。
(こいつ、馬鹿にしてんのか……)
ディンはふつふつと怒りを増していく。カイセルも悪気は無いがやり方もやり方でかなり皮肉に映っている。睨み続けるディンにカイセルは「どうしますか?」と言わんばかりに首を傾げる。
「やってやるよ。こいつと、オレで」
ディンは魔焔刀を拾い上げ、鞘から刀身を抜き取る。
《我の力を欲するか?》
焔が小言で問う。それをディンは焔だけに聞こえるよう否定した。
「力は要らねぇ。ただ力を貸してくれ。アイツは一度ぶった切らねえと気が収まらねぇ」
《今回はお前の事情を汲んでやるとでもするか》
「助かる」
その姿を見たバングルドは「ほぅ」と一言漏らした。まだ問題は無い。現時点では。
魔焔刀を握れば焔の強い力を感じられた。焔からすれば形態維持しかしていないのだが。
(こいつ、こんな力を……)
この力に飲み込まれないようディンは焔に対抗して力を強める。
「さて、カイセル。続けるぞ」
そう言いディンは疾風の如く駆け出す。もう迷いなんて無い。カイセルに剣の痛みを思い知らせるだけ。
今までの苦楽を共にしてきた唯一の相棒をこんな形で弔ってやることしかディンには出来なかった。ディンが魔焔刀を振るえば剣戟は苛烈さを増す。
カイセルもようやく振り切ったディンと戦いあえることに、喜びを覚えている。それは太刀筋に見て取れる。刀を打ち合う音が子気味よく響く。
(ディンさん。悪いけど、ゼクス兄さんに適うのか僕が見極めてあげるよ)
カイセルは本気で刀を振った。無音の一太刀。風を切る音すら聞こえないカイセル最速の一太刀。
チィンッ!
ディンはそれを難無く受け止める。
「やりますね」
「黙ってろ」
鍔迫り合いをする二人。その最中、褒めるカイセルへと向けてディンは不意に火炎を放つ。今はもう、剣技にこだわる事を捨てた。
(ちょっ!?)
カイセルは意表を突かれ、左肩を負傷した。やけ爛れた皮膚が痛ましい。カイセルはすっかりディンは魔力を行使してこないものだと誤認していた。
「いっつー……」
肩を抑え、カイセルは苦笑する。
「アイツの痛みはこんなもんじゃねぇ!!」
そう叫ぶディンの顔の右側に紅い呪印が薄らと覗かせている。手合わせする際の自分に課した制約なんてもう知ったこっちゃない。
「あなたの技術が足りないから壊れたんです」
とカイセル。全ては剣を労らないディンの責任だと告げる。
「うるせぇ!!」
ディンはカイセルへと向けて四つの爆熱球を放つ。そして、それを追うようにディンもなだれ込む。
「そう来ましたか」




