第四話 思いがけない提案
「それ、俺に使ったらどうなるんだろうな?」
ディンの突拍子の無い言葉に驚嘆し、ミザリーは妄想の世界から連れ戻された。
「ちょっとあんた、死にたい訳? さっきのあれ、見たでしょ? それに魔法も使えないんじゃ成長する魔力の分だけでもコントロールが効かずに風船コースよ」
「使えないわけじゃないんだ。もちろんリングを使えば多少は魔法が使えるんだけど、リング無しだとおかしくなるんだよ」
「おかしいって何よ? 使ったリングは魔術回路のコントロール? 魔力の生成? 増幅? 一体どれだったの?」
「なんだったっけな」と空を見つめ考えるディン。
「よくわからないけど、コントロールじゃないかな、多分。使わせてもらったことがあるんだ。その時は魔法がいつもよりマシだった気がする」
ミザリーはディンの発言に腕を組み「うーん」と唸りながら眉間に皺を寄せる。
「あるとすれば、魔力の発動に問題がありそうね。それなら一度やってみて。そしたら、少し補助してあげるから適当に出してみなさいよ」
「わかった、やってみるよ」
ディンは立ち上がり、体の魔力の流れを読み、感じとる。体の前に掌を出す。体内に眠る魔力を集め練り上げ、力を高め、圧縮された爆熱球を作り上げ、放とうとした。
(ノウハウは分かっていそうだけど……)
……だが、手からピッタリとくっつき離れない。ディンの手の平の上にはどう見ても上級魔導師以上の力が込められていたのに。発動した爆熱球は掌の上で更に力を増していく、それがあまりにも不安定でミザリーは居てもたってもいられなくなる。
「ちょっ! まって!? 魔法使えそうだし! ここでそんな魔法使ったら私まで痛い目見るじゃない!」
ミザリーは力の強大さ、魔力の素質の高さに自然と腰が引けていた。そして、ディンの力の異常さの原点を知る事となる。
「ここまでは大丈夫なんだよ、俺、この魔法が打てないんだ。魔力が何かとかそう言うのは分かるんだけど、蓋がされてるみたいに上手くいかなくて……だからそれに、賭けてみたいんだ」
ディンは少しだけ悲しそうな顔をして爆熱球を握り潰し、手を降ろす。
「魔法の才能はあると思うわ、そんな魔法を発動まで至るアホみたいな才能が。そもそもあんた、何者なの? いい加減名乗りなさいよ」
理不尽なまでの才能。
「あぁ、忘れてたな。オレはディンって言うんだ。この辺のディグル村出身で、大英雄ライド・アラングルドって知ってる? ライドはオレの父ちゃんなんだ」
「ディン……ライド・アラングルドの息子、ねぇ……。って、ライドってあのライド!? もし、本当ならあの、類まれなる才能だって少しは引き継げるでしょう!? オマケにあの魔導剣士は無尽蔵だって聞いたことあるわよ?」
焦るミザリーにディンは慣れたように答える。
「でも、俺にはその力が無いんだ。このままここにいてもその魔力を使えないんだ。だからその破裂するような力が欲しいと思ったんだ。魔法が使えないより全然マシだろ?」
ミザリーは禁術を’’ただの’’人にかける覚悟は毛頭無い。だが例外中の例外、とびきり上質な可能性はすぐ眼の前に存在している。真なる成功を導き、新たな答えを得るための飽くなき探究心が禁忌を前に刺激される。
ただ、闇雲に食らいつき、現実を見失いはしない。それは理性が抑える。今までの研究、情事とは大きくレベルが異なっている。
もしも、失敗をした時それが世界の誰かに情報として齎されればミザリーは手配をかけられるだろう。今までの研究も泡となり消え、自分も消されるだろう。
天使と悪魔の囁きが聞こえる。ミザリーは善と悪、葛藤と思考の狭間で大きく揺れる。
(闇の魔力が充満しているのに平然と居られる時点で特別なのは明らか。闇の魔力にも適性がありそうだし、魔力の器はライド級と見ても良さそう……。
上手くいけばライドを超える……? でも、人での実験……研究者として有るまじき行為……でも……。そうよ、実験じゃなければ……? 確実に成功させることが出来れば、ただの……治療(手助け)になる!?)
「あははは! そういう事にすればいいのね!!」
ミザリーは長い考察の後、怪しく笑い始めた。あろう事か悪魔が勝った瞬間である。
「そうね!! ディン!! あなたは死すらも厭わないって言うのね?」
ミザリーの目が妙に輝き、ディンを餌の様に写し込む。
「あぁ、まあね。失敗すると思ってないからさ。抑え込むくらい」
ディンには確証がある。自分の中にある底を感じぬ力の根源。確実にライドの才能は引き継がれていると言う圧倒的な感覚。何者かによって蓋をされているのだろう。そのひ弱な身に似つかわない馬鹿げた力を。
つまりは、身に堅くへばりつくような雁字搦めの呪いの蓋が壊せればそれで良い。
「そうよ! あなたはそれでいいの! この私に失敗は有り得ないのよ!!」
絶対的好奇心を前に悪魔に思考が乗っ取られているミザリー。目が完全に通常の人間のそれでは無くなっている。
それに、ミザリーにも恐れている失敗のことより、成功の未来の方が強く見えていた。
それは、ディンの奇跡的な素質が研究者の無くしてはならない倫理観を破壊した事となる。きっとミザリーは先へ進めば後へは戻れない破滅の道になると今は微塵も思ってもいない。
「えぇ……?」
ミザリーの勢いに押され、戸惑うディン。
「じゃあ、あいつが破裂したのは?」
「想定内(大成功)よ!!」
声を大に即答し、自分に言い聞かせるミザリー。
彼女は戻らない覚悟を決めたようだ。
本日は四話更新させていただきました。
明日も話がある程度動くように更新します。