第三十四話 コロネ商店
「コロネさん! 買ってきましたよ!」
女児は荷物を持ったモルオス一行を指さして言う。
「おや、随分たくさん買ったみたいだね。もしかしてこれ全部ベルガー草かな?」
「そうです!」
「まぁ、良いか。ありがとうルリィ」
コロネはそう言いながらも若干苦い顔をする。どうやらこんなにベルガー草は必要無く、他にも頼んだものがあったらしい。そこに荷物も持ったモルオス一行にコロネが言った。
「あぁ悪いね、モルオス王子、とお友達かな? この子が世話になっちゃったみたいで」
「いいえ、気になさらなくて結構ですよ。私の側近みたいなものですから」
「ちょ、何言ってんだモッキノコ!」
「誰がモッキノコだごるるぁああああ!!!」
シャー! と荒ぶりディンを威嚇するモルオス。
それを見て笑うコロネは、雰囲気を察して全員に笑顔で挨拶を交わす。
「僕はコロネって言います。冒険者なんだけど今は商人としての事業が波に乗ってこんな感じでやらせてもらっているよ。良かったらみんなもモルオス王子と一緒に着いてきてもらっていいかな」
そんなコロネは商才に秀でており、本店では買い上げ金額に比例して売り物もバージョンアップしていくようにしている。ちょっと良い奴を購入したくても会員レベルが足りなければ買うことが出来ないという事が無いように上手いことステージアップを設けたラウンジ制度を導入している。珍しいもの欲しさに国外からの客も多い。独自のルートから仕入れるのは希少品だけでは無く、強力なリングや魔導器まで幅が広い。それ故にディオーネ王都でも上位の売上を誇る。
そのノウハウを模倣し、悪徳業者も最近は出て来ているがコロネ商店は、安心安全信頼をモットーに店を構えている。ただ、博識で噂等の売買も応じてくれるが為に、嫌う人には嫌われている。最近では更なる事業展開を目論む革命の風雲児である。コロネは店番のルリィに「ルリィはここを頼むよ」と言い、このフロアを任せる。
そして、コロネの案内により隠れている奥のステップに乗り、カードを翳して照合すると入場が許可される。厳重なセキュリティロックの先では一気に変わり映えした別世界が広がる。
「お前達みたいなのがここに立ち入れることなんぞこれで最後かもしれんからな。目に焼き付けておけよ」と嫌味たっぷりなモルオス。
事実、綺麗に並べられた陳列什器やディスプレイ棚には見たことの無い生物の身体の一部であったり、鍵のつけられたクリアケースには宝石をあしらった宝飾や希少なリング等が揃えられていた。
外から見れば変哲もない街の中の大きな商店の様にも見えるのに、内装が外観と掛け離れていて衝撃的なギャップを生んでいる。これこそがVIPラウンジという物をコロネなりに体現した摩訶不思議空間。大分値の張る財宝が惜しげも無く披露されているようだ。
「これは凄いな」とガウズ。
「何が何だか分からないけど、高い事だけはわかるな」とディンも続く。リアナも「わぁー」と感動の声を上げ、興味が惹かれていることが分かる。三者三様、真剣に周りを見渡していた。
その姿を見たモルオスは勝ち誇った顔で三人を見下した。
(ククク……こいつらにはちと早かったかな? 買いたくても金がないからな)
ーーー
そしてこのコロネ商店。客足自体はあまり芳しく無いらしい。知る人ぞ知るアンダーグラウンドとして認知されている。一見何処にでもある雑貨店に見える。それに置いてあるものは優れている物や値の張る物が多く、並の冒険者では手の届かない物ばかり。それに、嗅覚に優れる者の多いこの商店でのやり取りや陰謀などは情報売買される可能性もある為、身分の高い者且つ、悪事に手を染めていない者であったり、身銭の多い権力者や貴族等が客として多い。そうでない場合になれば口止め料が必要になるのだろう。そうすると、お忍びで訪ねてくる者ばかりとなっている。若しくはコロネから直接依頼を卸すトレジャーハンター等の特殊な人材ばかりが出入りする。
「とまぁ、この時間はお客さんも少ないし結構時間が空いててね。あっちはルリィに大体任せてあるし少しお話しようよ」
コロネはラウンジ一角に併設された応接間へと誘う。モルオスですら初めて足を踏み込むらしい。VIP待遇とはこの事。その感動からか目を輝かせて甘美の声を漏らすモルオス。
「い、いいのですか!? わぁあい!」と王子の癖に全く気高い気品を感じられず、子供のように激動する感情が忙し過ぎて気持ち悪いと思うリアナは興奮するキノコ頭野郎を白い目で見る。
「良いのですか! コロネ殿! この私だけでなくこんな小汚い平民まで!」
「構わないよ、何なら君に用は無いし……」
と笑んだ表情を崩さずにモルオスを窘めるコロネ。モルオスは愕然と悲哀に満ちた衝撃的な表情を浮かべ、顎が外れたんじゃないかって位口を開く。コロネはまた「冗談だよ」と優しくフォローする。
「取り敢えず、みんなモルオス王子のクラスメイトかな? 話して行く上で不便だから名前を聞いてもいいかな?」
その言葉に各々が応答し、コロネは頷いた。そして口を開き、本題を切り出した。
「ディン君、その刀はなんて言うんだい? 僕でもそのような生気を帯びた魔導武器は見た事ないよ」
コロネは片眼鏡に目を凝らして魔焔刀を観察する。
「あぁ、これですか? ディグル村に伝わる魔焔刀ってやつらしいです」
「あ、聞いた事あるよ。どこかで封印されているとか、人に取り憑く魔剣って聞いた事あるけど、そりゃあ普通の魔導武器とは違うわけだ」
《そういうことだ》
「うん? 今のは?」
「コイツです」
と答えるディンにリアナが補足する。
「こうして人を驚かすことに味を占めたようで……。毎度こんな感じなんです」
《我に目をつけるとは分かっているではないかこの坐商も》
「ありがとうございます。僕は稀有な物に目がなくて少々、嗜ませていただいているので、つい」
とコロネは焔の存在を弁えて謙遜する。どうやら焔も満足そうに「ほうほう」と相槌を打った。
「それじゃこれ以上の詮索は無粋だね。恐らく協会の管理下にあるんでしょ?」
「そうなりますね」
とリアナ。出会ってから眉毛の角度しか変わらず、察しにくい人間を相手に猜疑的な思考が巡りそうになるが、良い人には変わりないようだ。ただ、ここに来てからガウズはかなり口を開かなくなり、コロネに対して警戒しているように感じられる。
「そうだ、今日はウチのルリィがお世話になっちゃったし優待券でも渡しておくよ。大切にしてね」
懐をガサガサと漁るコロネ。チラッと見せた四枚の優待券。それをモルオスへと差し出した。
「こ、これは!? これ程までの大層な恩義! 感謝致します!」
モルオスは神を目の前にしたかの様な遜りを見せた。王子なのに偉いのか偉くないのかよく分からない奴だとディンは内心で思った。
「それにしても、君達は面白そうだね。モルオス王子だけでなく皆も気軽にウチに寄っていってよ。ね、ガウズ君」
ガウズはピクっと視線を鋭くコロネへと向ける。
「あぁ、そうですね、きっとまた来ますよ」




