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第二十七話 クリメタボールに力を

 今度は体積が二倍程になったクリメタボールにリアナが、オードを注ぎ込んだ。まず、爽やかな若き草原を彷彿とさせる緑から、力を強め、深緑のような重い緑色までたどり着く。


 恐らくクリメタボールの性能的にもここまでが限界で、これ以上は色がほとんど変わらなくなってくる。学生の素質を測るにはこの位を上限としているようだ。


「うん、一番はじめに風かぁ。珍しいね。他も使ってみてくれるかな?」


 そして、リアナはクリメタボールを蒼く染め、その後、赤く染める。最後にぼんやりと不思議な光をクリメタボールから放たせた。


(これは……光? こんなに近くでまじまじと見たことないからよく分からないけど、リダズさんの娘だけあって流石の素質だな)


  大英雄リダズは聖拳闘士として名を馳せており、その力を継いだリアナでも力はまだまだ父に及ばない。老いつつあるリオルデでさえもリアナよりも光のオードを使いこせるのだ。


 それに劣等感を感じ、リアナは先祖よりも他の属性に注視し、日々力を身に付けている。それでも、光のオードを使えるアドバンテージは使えないものよりもかなりの差がつく。そこがリアナの強みでもあるのだが本人は満足できずにいた。


(やっぱり、光のオードは上手くいかないなぁ……)


  リアナは自分の力を反映させたクリメタボールをぼんやり眺めながら、自戒する。


「よし、じゃあリアナさん、ディン君と代わって」


「よし、オレの番だな!」


  そう言うと、リアナと代わったディンが力を注ぎ込んだ。すると、一気に深い紅、深海のような群青色、リアナとは違う突き抜けたような明るい緑色を発現させる。


(大地の力ってのが未だによくわからないんだよな。まぁ、ザイモールが煩いけど、久しぶりにあれでも出してみるか)


(二人共、三属性……以上も……)


 そして、ディンは闇のオードの力を引き出し、クリメタボールに流し込んだ。黒い霧がかかり、深淵のように黒く染まる。


「ちょっとちょっと!! ディン君!! その力は良くないよ!?」


  即座に焦ったロビンが止めに入る。ディンは「ちぇー」と口を尖らせ、力を弱めた。


  闇のオードは通常、人に対し害のみを引き起こす。それは行使する人間にとっても同じ事。使える人間がいない事は無いが、自分の耐性を超えた力を行使すれば自分が自分の力に飲まれてしまう。


  それを知っている優秀なロビンはディンを制止せざるを得ない。その力は使えたとしても使ってはいけないと解釈しているから。


「その力はあまり使うな、って誰かに言われてない!?」


「言われたよ、ザイモールってやつに」


「ザイモール!? ザイモールってあのザイモール・カルナバロウだよね!?」


「多分そのザイモールだよ」


「そんな人が言うならやめた方がいいよ!!」


  ロビンはディンの両手を握り包み込み、激しく首を横振った。なんかこの人、近い。ディンは思う。


「わ、わかったよ」


(この二人とも、特にディン君はよく分からないことが多過ぎるよ……)


「……と、とりあえず、二人の力を見せてもらったんだけど。二人とも今測れる上限に達してるから、文句なしでSクラスに編入できるだろうね」


「へーえ」


「それは良かったです」


  不完全燃焼に終わったディンはあまり話を聞いていないが、リアナは元からSクラスを見据えて日々力を磨いていた。呆気なく試験を終わらせることが出来たということは日々の鍛錬が実を結んだと言うこと。ディオーネの次世代を担える人材養成機関の最高峰にいける実力が備わっていると思うと嬉しい気持ちになる。


  それから、他に残る選考試験を行う。オードの強弱、柔軟性。操作力。


 強弱と柔軟性と言うのはクリメタボールに対して力を注ぎ込みながらその力を強めたり弱めたりして、そのままその力を絶やさぬ様ギリギリまで弱め、再び緩やかに力を上げることを繰り返す。


  その力をスタッカートを刻む様に放てば単発魔法を連続で行使することができたり、不必要な力の消費を抑えることにも繋がる。


  ただ、ディンは小手先の技術は封印された力によりかなりコントロールが厳しい。制御しようとすればする程に不安定なオードがガクガクとしてしまい何度もフラッシュをたいた。一方、リアナはスムーズに行使してみせた。


  リアナは大分オードの行使にかなり慣れている上、自信を持っている。そのリアナの長けた才能をみて学園首席であるヨルと並んでいるか、それ以上か……とロビンは照らし合わせた。


(ディン君はともかく、リアナさんもかなりの逸材だ……。特別編入を認められる事だけはあるな……)


  ロビンは真剣な顔つきで手を口元に当てながら二人をしっかりと見定め、思考する。


「よし、とりあえずここまでにしよう!」


  ロビンは良い時間にもなった為、一旦選考試験を切り上げ、学食へとロビンは二人を案内する。目立たない様、学生服に身を包む二人だが、見ない顔に興味を持ち、注視する者も多い。それに、リアナに対してはアイドル的目線が多く刺さっていた。


  そこで、ロビンからこんな話を耳にする。


  本来、特別な事情がある者。若しくは類まれなる才能を持ち合わせる者しか特別編入という制度は適応され無いのだが今回、その制度が適応されたのはこの十数年で二度目らしい。


  一度目の適応者の名はガウズと言い、現在Sクラスに在籍しているという。だが、そのガウズが入学してから同じ学年の生徒五人でとある魔獣の討伐に赴いたところ、想定外な力を有する強力な魔獣に襲われ、三人が帰らぬ者となった事実が学園に深い傷跡となって残っている。


  その時命からがら生き延びたのがガウズともう一人、無傷で生還したシモンだけだった。その時Sクラス担任していた男も事件後、人前に姿を現すことがなく、失踪したと言われている。


  しっかりしていると思えたロビンは食事をしながらポロポロ食べかすをこぼしながら教えてくれた。何処か子供らしさを感じる、大人の女性に好まれそうだとリアナは思う。そんな話を聞きながらロビンの食べこぼす姿を見た二人はやはり、完璧な人間は居ないのかと思った。


 ーーー


  その日最後の検査は、オードの操作力。その日全ての応用的技術を測る。対応力等も求められる為から、基礎だけがうまく出来てもここでつまづくことも珍しくない。


「さあ、今日はこれでおしまいだよ。気張っていこう!」


  ロビンの掛け声に二人は「はいっ」と気持ち良い返事をする。


  このロビンというとても清々しい青年。一日一緒に居ても全く苦痛を感じさせないどころか、二人の間に僅かながらも信頼関係さえ築きつつある。この二人は未だ知らないがSクラス副担任として指導者のみならず、生徒からも絶大な信用を受けている事にも頷ける。


「良い返事だ」


  ロビンはうんうん、と頷く。


(僕はこういう指導者を目指していたんだ……。この二人は今のSクラスの子達みたいにならない様にしないと)


  Sクラスは現在、担任のマールを筆頭に様々な事で荒れに荒れている。ロビンはそのほぼ全ての尻拭いを担当しており、日々多忙を極め、まるで贖罪の日々を送る。


 今日なんかはSクラスから解放された至福のひとときを堪能しているのである。贖罪の日々というのも、ロビンがマールと言う女に憧れを抱いてしまった過ちからの罪と罰なのかも知れない。Sクラスへの配属となれば、そんなロビンの不憫な日々は嫌でも知ることとなる。決して駄洒落なんかでは無い。


 そして、かつて抱いた憧れを捨て、新たに抱いた指導者として憧れの理想像へと近づき、幸福に打ちひしがれる虚しい青年。


  最後の試験概要を二人へ伝えようとした時に黒髪の女がカツカツと足音を鳴らしながら現れる。


  ロビンはタイミングの悪い悪寒に襲われた。


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