第二十四話 ホムラへの提示条件
「それではこちらからの話は以上となりますが、ディン様の方針については今後も協会内で稟議を揉んで行く事になるでしょう。何か質問はありますか?」
「もう何聞いたか覚えてねえな……」と呟くディン。記憶容量メモリーが常に不足している。そのうえ情報の選り好みをするポンコツメモリーなのだ。
リアナも思う所は無さそうだった。静かに返事をする。
「ないですね……」
「それでは良き冒険者生活を」
そう言って秘書メルサはソファから立ち上がり扉の向こうへと消えた。
リダズはメルサが見えなくなるのを確認して「行ったな」と言い、対面する二人を見る。
そして、少しばかりの沈黙が訪れる。リダズは頭の中を整理している。
「さてと、じゃあもう一つの話に行くが、話はすぐに終わる。俺の親父がディンに持たせた魔焔刀の事だ」
リダズは目の前の長机に両肘を着いてから手を組み、神妙な面持ちで話を切り出す。
急展開に多少、重くなった空気を察したディンとリアナは浮ついた気持ちを即座に切り捨てた。
「……あ、はい」
「……う、うん」
ディンの後にリアナも続いて返事をした。
「ディンとリアナ、お前達はこの刀の力を知っているよな? その危険性を鑑みて、協会の方針でしっかりと検査する事になっている。それに、魔焔刀の所有権、管理責任は元々冒険者協会本部に有る。だからその魔焔刀を少しの間渡して貰いたい、と言う話だ」
「ちょっと待ってよお父さん。協会としてそうなる話になるのは分かるけど、せめて選択肢はあるべきじゃないの?」
リアナが協会側の不自然な要求に質問を返す。
「それなら、もう一つの選択肢は元々あった場所に返すしかないな。魔焔刀に関しては俺だって悪いようにする為にこんな事言ってるわけじゃない。それに、お前達の意思は尊重する」
《ほーう、聞いておればリダズとやらよ、貴様も随分と偉くなったようだな?》
ホムラは突然リダズに話しかけた。
「おう? いきなりなんだ? あぁ、魔焔刀が口利けるようになったってのは本当みてえだな。すっかり親父と似たような口の利き方しやがって」
リダズは自分の父に似通った話法を操る正体不明の音声を即、ホムラと認識し理解する。
《当たり前じゃ、リオルデは我が恩師であり、親友でもあるからな》
「そりゃご苦労なこった。そういやお前の名前、ホムラって言うんだろ? 親父らしいわかりやすいネーミングだ」
ホムラの緊張感の無い声にリダズはすっかり通常運転へと移行する。
《我はこれでもその名を気に入っている。いくら恩師の子息だとしても愚弄した時は許さんぞ?》
ホムラは幼く可愛らしい声を低く唸らせ、リダズを威嚇する。
「あーはいはい、久しぶりの再開なのにまだ血の気の多い事多い事。そんなに元気ならホムラさんとやら、俺と話付けようや」
目を閉じながら適当にホムラをあしらうリダズ。
《すっとぼけるなよクソガキ。三十年前の借りがあるのを忘れるなよ? 話が有るのなら聞こう。貴様も立場というものがあるのだろう?》
「ふん、話がわかってるみたいじゃねえか」
《ただ黙っていた訳では無いからな》
二人は謎の意思疎通を図ったのか、私情交じりの挨拶が収束する。
「と、まあこれから大人の話をするからリアナ、ディンでも連れて学園の手続きでもしてこい」
「いいけど、喧嘩しないでよね」
リアナは冷静に告げる。
「したらどうする?」
「一生無視する」
(容赦ねえな……)
リダズはリアナの言葉を濁すように頭を掻いた。
「じゃあしないよ。ほら、子供は行った行った」
リダズは両手を外へと振り、ディンとリアナを追い出す素振りを見せた。
ーーーー
メルサの話を聞き終えた後、リダズがホムラと話があるからと追い出されたディンとリアナは、王立グランディア学園にて編入手続きに来ていた。
ホムラは多少の確認事項を済ませた後、ディンの元へ返還される予定であるという旨を伝えられた。だから、二人はリダズの言うことを聞いただけの事である。
そして、協会がホムラを確認すると言っても受け答えが主である。その他にホムラ自体の危険度を鑑みて、いつでも協会側に心臓を握られている状況に同意できるか。様々な事を危惧した前提条件が幾つも決められる事になるだろう。その上で晴れて協会の許す範囲ではあるが、ホムラの自由がそこで初めて約束されたものとなるとされている。
ーーー
冒険者協会本部からは多少距離はあるがグランディア学園はとにかく広大な土地を持っていてデタラメに目立つ。
迷うことも無く一直線に辿り着けた。
制服を着た学生しかいない中、村から着の身着のまま出てきた二人は目立って仕方が無い。多少ガヤガヤされたり、好奇の目に晒された。
その中に声の大きいキノコ頭が混じっているのをディンとリアナは見逃さず、思う。
(あいつもここにいたんだ……)
どうやら面倒な事になりそうな学園生活がようやく始まろうとしている。
ーーーー
その頃、リダズとホムラの話し合いは佳境を迎えていた。ホムラは話し合いをしっかりとする為にも人型形態になり、ソファに深くもたれ掛かりながらリダズと向かい合っている。
「お前は自分の身体を持っていないから、人の身体を求めているんだろ?」
「人でなくても良い。だが、人が一番扱いやすく力も出しやすいのじゃ。まぁ、人の身も脆く、我の真なる力を引き出すには値しないがな」
「もしもの話だが、強靭な機巧の身体が手に入るとしたらお前は……どうする?」
リダズの神妙な問いかけにホムラは思わず「フハハハ」と吹き出した。
「リダズよ、面白い事を言えるようになったじゃないか。……まぁ、貴様達の目的とやらに力添えする他は無さそうだけどな?」
ホムラはそれ程までにツボに入ったのか、目が潤んでいるのを指で擦る。
「それは当たり前だ。そんなに都合いい様にいく時代じゃない」
「それでも、そんな事を言える様な時代にはなったのじゃろ?」
「まぁな、夢物語じゃない。確固として存在する技術の一つさ」
「なら、聞かせてみよリダズ。こうしている間も我の力は消費されておるのじゃ」
「あまり急かすなよ、お前にとっても悪くない話だろ?」
「まぁな」とホムラは言って、座り直して姿勢を前傾に構える。
「単刀直入に言う、お前は心臓を俺達に握られた状態でいついかなる時も我慢していられるか?」
「無論、我は寛容である。その程度の事、易々と受け入れよう」
「あら、意外と大人しいのねぇ」
リダズは薄目で軽く煽る。
「やめろ、お主の面は面白過ぎる」とホムラは再び笑い出した。
「我に二言は無い。思う様にすれば良い。それに、そんなに易々と我の命を絶つことも出来無いだろうからな」
「そうだな、その人形自体が手に入りにくい。それに技術の結晶ってもんは高価で手が届かねぇ。ディオーネはその辺遅れている。ディオーネの方針としてもその人形技術を実装したいと言う国の見栄もある」
「ほう、それでこの我が打って付けと言うことになったのであろう? 協会の都合で引っ張り出されたのは癪に障るが、この際だから水に流してやらんでもないぞ」
満更でもない様子で答えるホムラにリダズは一石投じた。
「簡単に言えばそうなるな。先言っとかないとお前キレるだろうからあんま言いたか無かったけど……。ディオーネで人形技術を実装するにも人形化の元手になったマーニの回収が可能な者に限られているからな」
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