表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

静止世界

第四話

作者: 六藤椰子〃

 飛行機がこない事を確信したかのように諦めた僕は、空港内のホワイトボードを使って、スマホで翻訳機能も利用し、テレビ局付近のある場所を細かに書いた。そろそろホテルに戻ろうかなと思ったからだ。翻訳をそのまま英文にしたので、文章としての成り立ちはおかしいかもしれない。こんな事があるなら英語を習っておくべきだったと思う。

英語で知っているのは、文末にオマケの情報を付加しておく…。と言う事ぐらいだ。日本とは逆で、反対に考えれば良い。予備知識はそれぐらいしか知らなかった。

 僕はホテルに戻る前にコンビニに寄った。懐中電灯、乾電池、インスタント食材、ジュース、詰めるだけ詰めたらリュックは重くなったので、自転車の前の籠に入れる。ひったくりに合う心配もしなくて良い。重いだけだ。

ふと軽自動車を見つけた。もし僕に運転出来たら…と思い、乗ってみた。何かの会社の車らしく、事故ったところで大丈夫だろうと自分に思い聞かせ、鍵が差し込んである事を確認してからアクセルを踏んだ。

が、思いっきり走り出す。ビックリしてアクセルから放してしまった。危うくお陀仏になるところだった。幸い、真っ直ぐな道路だったので事故は起こらずに済んだ。何度も挑戦をして、軽く衝突したりもした。やがて、ノロノロ動けるようになったので、周りに要注意しながら運転を始める。思っている以上に走っている時はハンドルが重く、次第に慣れてきたので、僕は調子に乗ってスピードを出すようになっていった。

至る所に停車中の車に何度もぶつかりそうになったが、何とか無事に目的地へ辿り着こうとしたその時だった。ホテルの壁に衝突してしまったのだ。

 「反応はありません」声が聞こえた。

僕は必死に声を出そうとしたが、出せない。なんだか病院の中のようだった。僕は大声で叫ぼうとした。しかしそれは叶わず、声が聞こえてくるだけだった。

「早く、起動するんだ!」一人の男の声が聞こえると思ったら、暫くしてからハッと目覚めた。先ほどのホテルの場所だ。グニャグニャと歪んだ視界。僕は夢を見ていたのかもしれない。あまりに突然の事で暫く僕は止まっていた…少なくとも、エアバッグに頭をのめり込ませて数分間は暫く止まっていたと思う。混乱したが、我に返ってガバッと顔を上げる。フルスピードで移動していなかったのが幸いしたのかもしれない。調子に乗ったのが原因だろう。

自分の両手の掌と甲を確認する。手を使ってお腹を当ててみる。出血したような感じはない。額に手を当てる。汗がビッショリ湧き出ていた。奇跡的に僕自身は無傷だったようだ。

車から出て衝突した部分を見る。ホテルの壁が壊れていた。ガラス部分でなかったので、周囲にはガラスが飛び散っているような事はなかった。

重いリュックを手に取り、ホテルの空き部屋へ入っていく。期待しても損したままだ。出る前と変わった様子がなかった。僕はソファに座り込み、スマホで音楽をかける。ダウンロードしたものだから、ネット環境がなくなったとしても、聞けるままのハズだ。僕自身、リラックスが必要だと感じていた。

 先ほどの夢について考えてみる。あれほど人の声を鮮明に聞こえたのは、懐かしくも感じた。涙があふれ出てきそうだった。夢と現実の区別がつかなくなってしまったのかもしれない。僕は大声で叫ぼうとしたが、そんな気力はなかった。疲れ果ててしまっていた。

あまり突然の出来事で、声があんなにリアルで、声があんなにはっきりと聞こえるなんて、夢はなんて残酷なんだろうと思う。せめて赤の他人の声ではなくて、両親の声が聞きたかった。そんな気にさえなる。

僕はラジオを着けてみる。いろんなチャンネルを回したが、相変わらず声は聞こえずノイズ音が聞こえるままだ。もしかしたら先ほどの夢は、僕の願望を叶えてくれたのかもしれない。誰でも良いから声が聞ければ良いな、と。

掲示板に近状報告を書き込んだ。もちろん、夢の事も。しかし依然として五時半と言う時刻から更新はストップしたままで、どのニュースサイトも、掲示板も、SNSも、全て反応がなかった。僕は諦めて映画を観ようとしてDVDを再生するべくテレビを付けた時の事だった。誰かが映っているのだ。

見た事もない異性だった。僕の書き残しておいたホワイトボードを確認した異性は、了解とだけ付け加えていた。僕はその画面に釘付けになる。

今すぐにでもテレビ局に向かうべきか。もしくは、相手が来るまでこの場でじっと待機するべきか。

 僕は自分を落ち着かせ、頭で考えた結果、車は故障しているので自転車で向かう事にした。受付に紙でテレビ局に向かう趣旨と僕の電話番号とメールアドレスを書き残し、テレビ局にスグサマ向かった。ここからは近いとはいえ、早くても数十分ぐらいはかかる。全速力で自転車を漕いだ。頭の中は真っ白な状態だった。

恋人にしようとと言う考えは毛頭になく、人がいたと言う事実のみを受け止めて、僕はその人に会いたいと強く思った。少し混乱に近い状態であったのかもしれない。会ったらどうしよう、とかその考えは一切なかった。とにかく会いたい。相手がどんな人でも良い。どんな人であれ、人は人だ。幽霊などではないのだ。

もし幽霊だったとしたら、または暴力団関係者もしくは犯罪関係者だとしたら、あるいは…。そんな考えは出来なかった。むしろ、しなかったんだ。人は人である事に変わりはない。

僕にとってテレビを見た人は、天から降りてきた天使か何かのようにも感じた。それほど嬉しかった。

テレビ局についた僕は先ほどの人を探し始めた。まだ近くにいるかもしれない。僕はその人を探そうとしたが、名前を知らなかった。かといって「人間何処だ」と叫ぶのに違和感はある。はてさてどう叫んで良いものか。僕はとりあえず「僕はここにいますよー」と叫ぶ事にした。

必死に探し続けた。人の気配がない。見つからない。僕は内心焦りだしていた。どうするべきか、分からない。もしかしたら、車で来ていて、車でホテルまで向かったのかもしれない。僕はそう自分に思い聞かせてホテルに戻る。もう夕方を過ぎていた。不思議なことに、空腹感は一切なかった。

 ホテルに戻ってきた僕は受付を見たが、紙は置いたままだった。駐車場と各部屋を探してみる。しかし、空いている部屋は今まで僕が飲み食いして泊まっていた部屋と、鍵が開いてるだけで中には誰もいない部屋が数か所あるだけだった。

すれ違ったのだろうか、と必死に冷静になって考え直してみる。しかし、それらしき人は見当たらなかった。ましてや、よくよく考えてみると、車で移動していたとしたら、エンジンの音で気づくハズではないだろうか。それに、ホテルには僕が運転してきた車と衝突してしまっている。僕はショックを受けた。

あれほど嬉しい事だったのにと、僕の内で何かが切れて酒を飲むようになった。最初は口に合わず、チーズやら甘いお菓子も一緒に自棄になって飲み食いを始めた。まるで地球の重力をそのまま体感しているような感覚、悪酔いしてしまった。僕には逃げる場所がなかった。逃げても逃げても無駄で、無意味なのを知っている。分かっている。

「なんだよチキショー」と。今まであれほど嫌悪感を抱いていた酔っ払いのオッサンのようになってしまった。僕はお酒などを盗んだコンビニのトイレで何度もおう吐した。どうして良いのか分からない。僕に何を求めているのか分からない。運命と言うものが分からない。でも、それを考えるのも、もう無駄なのだ、と足元をふらつけさせながらコンビニを出る。

もし映画か何かだったら、ここで先ほどの異性が現れるかもしれない。僕はそんな期待も少なからずあったのだが、そんな事はなかった。気づけば寝てしまっていたらしく、周りが真っ暗になっていた。

 「戻って来いよ…」と、どこかで聞いた事のある声が聞こえた。父親だった。僕は叫ぼうとした。

しかし、それは無意味だ。叫ぼうとしても叫べない。所詮、夢は夢なのだ。真っ暗闇の中、僕は思いっきり泣け叫ぼうとしても、大声を発しようとしても、何もできない。次第に声が段々と音のようになっていって、歪んだ視界が戻ってきた。目覚めると、僕はホテルに寝ていた。

あのまま酔っ払って、僕はホテルに寝てしまったのだろうかと額に腕を乗せて暫くボンヤリとしていた。

ハッとする。別の部屋から何か物音がハッキリと聞こえるのだ。僕はドキッとした。ネズミだろうか。それとも幽霊だろうか。何かこの世の物とは思えない物のような、恐怖心に襲われた。

僕は慌てて布団の中に潜り込む。走って逃げようなどと言う気力がなかった。しかしもし人だったら…と思い、暫くしてから意を決してベッドから降りて、おそるおそるドアを開けた。

あまりの恐怖心で声は出ない。いざと言う時に備えて布団は被ったままだ。棒のような物を探してみる。そういえばホテルの浴室にタオルかけの棒があった事を思い出し、それを取り外して隣の部屋へと入った。

この部屋は開いていただけで、未使用の部屋だ。シーツ自体は皺くちゃだったので、もしかしたら五時半以前には宿泊者がいたのかもしれない。しかしこの部屋は誰もおらず、隣、そしてまた隣と鍵が閉まってたり開いてたりする部屋を見て回った。

次第に気が緩んで、受付の方にまで堂々と行くと、そこにはテレビに映し出されていた異性がいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ