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初日の晩

前話

夕焼けに決意表明

 唇に生暖かい感触を感じて目が覚めた。ライトブラウンのショートヘアが、頬に触れてきてくすぐったくなる。

 目の前の少女は瞳を閉じたまま、味わうように俺の唇をなめていた。両手は俺の胸の上にそっと添えられ、一糸まとわぬ身体はぴったりと俺にくっついている。


「んふぅ…あ…おふぁよう、ハヤト君」


 完全に開いた俺の目に気づくと、驚きながらも唇を離さずに、美少女は朝のあいさつを告げた。


 何が起きてこうなった。

 話は昨晩に戻る。





 ロッジに入る際、当たり前だが、トラ美の姿では入り口を通れなかった。


「大丈夫、私メインの身体になるね」


 ロッジの前で、身体がしゅるると人型に変わる。二年半ぶりの八木ちゃん――

 顔色は健康的になり、髪色はトラ美の毛色と同じ明るい茶髪、ぱっちりとした目に長いまつげ、うるんだふくよかな唇、記憶にある姿よりもさらに可愛くなっていた。

 普通の人と違うところは頭に猫耳、尻尾には細長いフォルムになったにょろ助が付いている事、そして……全裸である事だった。


「あ……、そ、そう言えば服がなかったね……。う、あの、えっと、優しくしてください……」

「待てい」


 大事なところをそれぞれ左右の手で隠しながらうつむく八木ちゃんを直視しないよう視線に注意し、とりあえず玄関口にある外套を肩からかける。


「あ、そ、そうだよね。ごめん、私ったら……もう、恥ずかしい」


 八木ちゃんは外套を抑え、開けたままにしておいた扉の内側に小走りで移動した後、くるりと回転し、こほんと咳払いした。

 続けて上目遣いで――


「お帰りなさい、あなた。ご飯にする? そ、れ、と、も……あたし?」


 せっかく着せた外套をぱさりと落としながら、俺の首に腕をまわして唇を寄せてくる。


「違う、そうじゃない」


 八木ちゃんの頭を両手で掴んで止める。


「あう……ふつつか者でごめんなさい。また何か間違えた?」


 いやいやいやいや……


「えーっと、その、八木ちゃん」

「はい、あなた」

「天使との話の内容はさっき聞いたんだけど、こういう事はよくお互いを知ってからにしないと――」

「もう全部知ってる!」


 きらきらした目でこっちを見ながら、かぶせ気味に八木ちゃんは続けた。


「体だけじゃないよ。トラ美ちゃんとにょろ助君の記憶も共有してるの」

「なん……だと……」


 絶句する俺に構わず八木ちゃんは続ける。


「だから、全部、全部知ってる。両想いだったなんて……私、嬉しい」

「ハヤトは、八木ちゃんの写真をいつも見てたにゃ」

「トラ美っ!?」


 急に八木ちゃんの瞳が猫特有の縦長になり、トラ美の声でしゃべり出したことに驚く。


「ゲームでも彼女役の名前は八木すみれになってたにょろ」


 くいと頭をもたげて、にょろ助も続けてきた。


「やめろおおおおお」


 ばれてしまうと黒歴史でしかない。


「家族想いの優しいところも知ってる。お父さんお母さんを気遣って、家事の手伝いや動物達のお世話をがんばってたところも」


 ストレートに褒められ、いっそう恥ずかしくなってしまう。


「私やにょろ助君が死んじゃった時もいっぱい泣いてくれて… トラ美ちゃんが老衰で亡くなる前も、ずっと優しく話しかけながら看取って…」


 うつむいた八木ちゃんの目には涙がたまっている。


「ハヤトの良いところは、ぜーんぶ、トラ美が知ってるにゃ」


 顔から火が出そうだ。

 言葉が出なくなり無言が続いた後、八木ちゃんは再び顔をあげた。


「私、ハヤト君のお嫁さんになりたくて来たの。それに良いところも、もっとたくさん知る事ができて……あとは、ハヤト君に私を全部知ってもらいたい」


 続けて、もう一度こほんと咳払いして八木ちゃんは畳みかけにきた。


「それに天使さんも、『みんなの目標を叶えるために協力して過ごしてください』って言ってたよね。私もハヤト君の冒険が楽しくなるよう協力するから……だから、ハヤト君も、私を幸せなお嫁さんにしてね」


 そう言い切ると、八木ちゃんはこぼれるような笑みを浮かべた。ずっと好きだったこの笑顔で言われてはかなわない。


「トラ美の目標は、前みたいにハヤトと仲良く暮らす事にゃ」

「ぼくもハヤトの指に巻きつくの好きにょろー」

「えへへ、協力って素敵だね」

「わかった。わかったけど……気長に、お手柔らかにお願いします……」


 こう返すので精一杯だった。そして朝になって冒頭の状態に至る。


「で、協議の結果とりあえず『ほっぺにキスまで』の結論だったよね?」

「こ、これはトラ美ちゃんの希望だから。毎朝、ハヤト君のお顔をペロペロして起こす日課だよ。前みたいに暮らしたいっていうのがトラ美ちゃんの目標だもん」

「協力は大事な事にゃ」


 そう言われてはぐうの音も出ない。


「とりあえず起きようか」

「はい。おはよう、あ、な、た」


 俺のほほに、さっきとは違う爽やかな口づけをしてから、八木ちゃんは朝日よりもまぶしく笑った。


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