八木ちゃんたちの技能 〜八木ちゃん視点〜
前話
トラ美、にょろ助、八木ちゃんに天使の橘さんとどんな話をしたのか質問
「本日は呼びかけにお応えいただきまして、誠にありがとうございます。では早速、藤様のご要望説明と皆様のご希望聴取を始めさせていただきます」
私、トラ美ちゃん、にょろ助君を前にして、フォーマルな格好の女性はきびきびと説明を開始した。
「藤隼人様の転生に際するご要望は、『異世界転生が不安なため、知り合いを一緒にして傍に送ってほしい』というものです」
隣に行儀よく座っているトラ美ちゃんの耳が、ぴょこんと立つのが見えた。
「希望者様の種族を確認し、複数指定の検索をいたしました。三名様の適性一致及び藤隼人様の不安解消を実現する強さを得る点において、『キマイラ』が最適かと存じます。三名様でキマイラを構成してお送りしたいと思います。何かご質問、ご希望の技能はございますか?」
「あの、どうしてハヤト君はそんな要望を言ったんですか?」
予想していなかった一人と二匹の合体提案に、思わず疑問をぶつけた。
「検索結果によりますと、キマイラとは獅子、ヤギ、蛇が複合された大変強力な存在だったと神話にございます。力を合わせやすくなるメリットは合理的だと判断し、ご要望をお受付けいたしました」
この天使さんはヤギを勘違いしている気がする。多分神話の中に出て来る、そのキマイラのヤギって生き物の山羊なんじゃないかなあ。
でも確かに危険な世界の世直しは、普通の女子だと足手まといになるかもしれない。それよりはトラ美ちゃんとにょろ助君と合体として一緒に頑張る方がいいのかな。
「問題ないにゃ。ハヤトの役に立ちたいから、若くておおぉっきい体にしてほしいにゃあ! お話もしたいから言葉もしゃべれるようにしてほしいにゃ」
私が考えてる間に、トラ美ちゃんは早くも天使さんの提案を受け入れた。
「では『巨大化』を承りまして、陸上動物で最も大きいサイズに変更します。言語については藤様と同じ条件ですのでご心配ありません」
「ボクも大きくしてほしいにょろ。でも毒ヘビにもなりたいし、迷うにょろ」
「既にトラ美様の巨大化の要望を受けており、一緒の姿のときは大きくなられます。にょろ助様のご要望は『牙から毒を分泌』する技能として承ります」
にょろ助君も特に気にしてないみたい。
「八木様はご希望の技能はございますか?」
返事のない私に天使さんは問いかけてきた。でも気になっている点を、まずは質問しないといけない。
「あの、私たちこれからそのキマイラっていう生き物の、体の一部として生きていくっていうことですよね?」
「おっしゃるとおりです。ただし、皆様の心は独立して存在します。さらに状況に応じて長所を使い分けていただくため、三つの姿を切り替えられるように準備しました」
「三つの姿」
「はい、それぞれご説明させていただきます」
天使さんは説明しながら順番に指を立てる数を増やしていく。
「まずはトラ美様メイン。巨大な猫に巨大な蛇の尻尾がついており、素晴らしい強さを発揮することが期待できます。この状態における八木様は、自身の声で発声するのみです」
ふむふむ、たしかに人間の女子の体の一部なんてあっても強くはないよね。
「続いて八木すみれ様メイン。人間社会での活動に最も適した状態でありながら、小さな毒ヘビの護身と猫の聴力まで併せ持ちます。もちろんこの状態でもトラ美様が発声することも可能です」
ちゃんと人間としても生きていけるっていうのは安心だね。
「そしてにょろ助様メイン。この場合は全身にょろ助様のみで、トラ美様と八木様は発声だけとなります。小さな隙間を移動することが可能な毒蛇は、トラ美様の姿よりも小回りの効く強さを発揮するでしょう」
「すごい、それでよろしくお願いします」
「お褒めに預かりまして光栄です」
「じゃあ残るは私の技能ですよね」
「はい、何がよろしいでしょうか?」
「逆に相談なんですが、どのような技能なら役に立ちそうですか?」
「八木様が依頼以外で、どのような事を目標にして生きて行くか、によるのではないでしょうか」
そう言われて考え込んでしまった。
私の目標……うーん、今回の呼びかけに答えた理由はもちろん、ハヤト君の傍に行けると思ったから。
心臓の手術前に最後の登校をした日、彼は一冊の本を貸してくれた。
『手術が終わったら返しにきて。その時に二巻を貸すから』
手術までの間、何度もその本を読んだ。がんばって働く家政婦猫のお話は、私の心も前向きにさせた。
実は、小学生の時に一緒に図書委員をした時から好きだった。あまり外で遊べない私に色々な話をしてくれた彼は、私の世界の光だった。
手術に耐えきれず命を亡くした事も、借りてた本を返せなかった事も、好きと伝えられなかった事も、魂になってからもずっと心残りだった。
叶えたくてもどうしようもなかった想いを、今回は絶対に叶えたい。
「ハヤト君のお嫁さんになりたいです。幸せな結婚生活が目標です」
顔を上げ、決意を言葉にした。
「検索を完了しました。避妊と妊娠時期の管理が重要となります。『排卵コントロール』の魔法を作ってお付けいたしましょう。それと、藤様が前世の結婚倫理観を持ち越している可能性があります。年齢は十八歳に変更いたします」
「またハヤト君と同い年になれるんですね。色々とありがとうございます」
「天使として当然の事をしたまでです。それでは、皆様の目標が叶うよう、協力してお過ごしください。皆様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます」
金色の光に包まれて、私は目を細めた。
◇◇◇◇◇
「こんな感じの話だったかなぁ」
突っ込みどころが多くて、頭が痛くなってきた。自分と天使との会話も思い出してみる。
『知り合いが一緒になっていれば心強いですし、そのようにしておいてください』
『知り合いを一緒にするのですか?』
『はい、お願いします』
確かに言った。
とはいえ「一緒になっていれば心強い」を「一緒の生物になっていれば心強い」と判断するなんてどんな曲解だ。
聞き返してきた時に違和感がないわけではなかったが、流してしまった俺が悪いのだろうか。
言ってみれば、おれの日本語のせいで二匹と一人が一つの体に強制的に同居させられているのだ。異世界生活のスタートと同時に大変な十字架を背負った気分でしかない。
そもそも天変地異は無理と言っていたはずだが、巨大なキマイラだってとんでもない天変地異のようなものではないだろうか。
八木ちゃんもヤギ違いに気づいているわりにキマイラ合体もすんなりと受け入れて、間違いなくこの子は大物だと思う。
そして極めつけはもらえる技能。
せめてもう少し役に立ちそうな技能はなかったものか。
両手と膝をついてがくりと落ち込みたい気分だが、他の三名は陽気そのものといった感じだ。
「ハヤト君の目標は、この世界の冒険を楽しみたいって事なんだよね! 私、一生懸命お手伝いする! 頑張ろうね!」
「おっきくなったトラ美に任せるにゃあ」
「ボクも頑張るにょろー」
……まあ寂しい思いはしなくて済みそうだ。
いや、既に一人の時に感じた寂しさや不安はもう無くなっている。
考えてみれば、危険な世界と知ってて、しかも二匹と一人で同じ体になることを受け入れて、それでも皆はついてきてくれたんだ。俺がしっかり面倒を見ないといけないな。
「みんなにまた会えて嬉しいよ」
「トラ美も!」
「私も!」
「ボクも!」
小気味よく順番に上がる声に、思わず笑いながら立ち上がった。
実家の家族と動物達の皆、今までありがとう。俺はこれから異世界でがんばってみるよ。
待っているのは異能バトルか、それとも救国の騎士英雄譚か、はたまたエルフや妖精との恋物語か。
何であれ受けて立とうじゃないか。
「王道ど真ん中の冒険が、俺を待っている」
夕焼けに染まる空を見つめながらつぶやいた。