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転生初日 キマイラの八木ちゃん

 まばゆい光が消え去るとそこには巨大なキマイラがいた。


 キマイラとは尻尾が蛇、胴体がヤギ、それ以外が巨大な獅子の合成獣で、ファンタジーの世界では珍しくない。

 だがこうして実際に目の前にすると、当たり前だが「珍しくない」などとはまったく思えない。


 ありえない、ありえない、ありえない。

 それだけ浮かぶ頭で、体の指一本すらも動かせずに立ち尽くす。

 尻尾の蛇がゆっくりと頭をもたげ、こちらを向いた。


 我が身の終わりを察する絶望感の中、獅子の顔までもがこちらを向き、口を開く。

 自分がその口の中に入るイメージが瞬間的に浮かんだが、獅子の行動は予想とは違うものだった。


「ハヤト、助けにきたにゃ!」

「ハヤト君、久しぶりにょろー」

「ハヤト君、会いたかった!」


 はい?


 まさかこの生物が天使の言っていた「知り合い」なのだろうか。

 まとまらない思考の中、俺は異世界転生を提案した天使とのやりとりを思い出す。






 生前最後の記憶は高速バスの車内だった。

 祖父の墓参りに向かう最中、とてつもない衝撃を受けて意識が途絶えた。

 次に気がついたとき、俺が居たのは何も無い空間だったが、目の前には一人の女性が居た。


「おはようございます、藤隼人さん」


 目の前のフォーマルな服装の女性は、先ほどの大惨事など知らないかのように呼びかけてくる。

 大怪我をしたと思ったのだが、体に全く異常がないのはなぜなのか。

 混乱収まらぬうちに、女性は再度呼びかけてくる。


「このたびはご逝去なされました事、ご傷心を拝察し、心よりお悔やみ申し上げます。担当の天使として、成仏に失敗されました藤様にいくつかご提案がございます」


 逝去? お悔やみ? 担当天使?

 唐突な話の内容に絶望し、自分の死を受け入れられないでいる俺をよそに、天使とやらは「提案」の内容を説明し始めた。


 現世に強い執着を持った魂は地縛霊となること。

 天使とはその地縛霊を導く存在であること。

 俺はその地縛霊となっていて、今後は以下四つの選択肢があること。

 一、天使になる

 二、異世界転生

 三、消滅

 四、地縛霊のまま残存、ただし天使としては非推奨

 だ、そうだ。

 

 三番を選ぶほど無気力でもなく、四番を選ぶほどロックでもない俺は一番と二番の詳細も尋ねた。


 一番は数年から数千年ぐらい天使として勤め、縛りが消えたときに改めて成仏できるというものだった。正直、その期間を聞いただけでご遠慮したい。


 二番については内容が多岐に及んだ。

 地球では『中世』と定義される年代の文明レベルであること。

 飢餓、病気、差別、犯罪、戦争により過酷な世界であること。

 過酷さゆえに死語は消滅希望者が増え、魂と魂を作成する天使が足りてないこと。

 その過酷な世界を変える依頼込みの異世界転生であること。


 この説明で俺の脳裏に思い浮かんだイメージは、世紀末の伝承者が歩く荒野だった。そのように過酷な世界で暗殺拳の伝承者でもない俺に何ができると言うのか。

 しかし俺の心の声が聞こえているかのようなタイミングで、天使は説明を補足する。


「ですが、その緩和を目的とした依頼ですので、対策できる技能を付与できます」


 技能?

 途端に乗り気になったことに気づいたのか、天使は続けざまに畳みかけてきた。


「また、その世界で覇権を握る種族の人間に転生しますので、藤様自身が差別されたり虐げられたりする事は、よほどの事がなければ心配無用です」

 つまりは人種差別ではなく、種族差別か。ファンタジー感があるな。


「どのような技能をもらえるのでしょうか?」


「あまりに天変地異じみた技能は、私の裁量ではお付けできません。どのような技能をご希望されますか?」

 

 考え込んでいる間、天使は微動だにせず俺の返答を待っている。

 つまりは『神にもらった特別な力で世界を救う勇者』になれるということか。漫画にしろゲームにしろ、ファンタジーの王道路線に強い憧れがある俺にはとても魅力的だ。

そうなれば、欲しい技能は自然と決まる。


「ありきたりですが、やっぱり魔法を使ってみたいですね」

「では怪我を治す『ヒール』、病気や毒などの状態異常全てを治す『キュア』の二つの魔法を付与します。手をかざすだけで使えますし、回数制限などは特にございません」


 炎や氷や雷を放つ自分を想像していただけに、少し拍子抜けだ。


「戦うための魔法はもらえないのですか?」

「転生時は共通して優れた身体能力がございます。護身程度はそれほど問題にはならないでしょう」


 どうやらRPGでいう戦士や勇者ではなく神官・僧侶系だろうか。それも嫌いではないが、もう少し具体的に質問はしておいたほうがいいだろう。


「世界を変えられない場合や、死んでしまった場合はどうなりますか?」

「罰則やノルマはありません。藤様なりに、世界に安寧をもたらす努力をしていただければ結構です。もちろんご自身のやりたい事も、ちゃんと大事になさってください」

「言葉は通じるのでしょうか?」

「人間以外の種族の言語も習得した状態でお送りできます」

「お金も持たせてもらえますか?」

「生活には困らない程度のお金をお渡しします。毎月一定のお金が入りますが、最初は物入りだと思いますので、二ヶ月分入れておきます」


 最初は堅物の印象だったが、話をするにつれ親切な天使に思えてきた。



 条件を思い返して再度考え込む。

 いつの間にか転生する方向に話が進んでいるが「ぜひともお願いします!」とまでは思えない。 


「うーん、まだ少し不安ですね」

「ではお知り合いで成仏後の転生待ちの方にも呼びかけましょう。希望者様も同じように技能を付与してお送りしますがいかがですか?」


 これは魅力的な提案だ。数は力だ。


「そうですね。知り合いが一緒になっていれば心強いですし、そのようにしといてください」

「知り合いを一緒にするのですか?」


 自分で提案しておいて聞き返してくるのはなぜだろう。


「はい、お願いします」

「では希望者を募りますので、少々お待ちください」



 天使は何やら目を閉じている。

 まあ呼びかけるといっても、故人となった知り合いが多いわけでもないし、期待は禁物だ。


「お待たせしました。依頼と同行の合意を得られた方が数名いらっしゃいます。のちほど、なるべくぴったりの身体を検索・構成し、お傍にお送りします」


 ここまでお願いしておいて、やっぱり行くのはやめますというわけにもいかないだろう。


「わかりました。お世話になりました」

「はい、どうか新しい目標に向かって、充実した人生を送ってください。これからの世界で、何かご自身の目標はございますか?」


 何やら天使と俺との間に卒業式のような雰囲気がただよっている。いや、これまでの世界からの卒業という意味ではあっているのだろうか。


「そうですね、依頼もがんばりますけど、せっかくなんで冒険を楽しんで生きていけたらと思います。これぞ王道ファンタジーって事をしたいですね」


 天使はこれで最後とわかる深い礼をして、手を掲げる。


「頑張ってください。のちほどお送りする方たちともよく話し合って、皆様の目標がかなうよう、協力してお過ごしください」

「わかりました」

「では、藤様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます」


 天使の発言が終わったと同時に、白い世界に金色の光が満ちた。





 光が消えるとロッジのような建物の中に居た。

 周りを見渡しても他には誰も居ない。

 天使はのちほど送ると言っていたし、あせることはないだろう。

 これから冒険の旅に出るとなれば、準備も必要だ。まずは順番に持ち物などを確認していく

 衣服はもともと来ていたもので、上着、ポロシャツ、チノパンのまま。

 ロッジのテーブルには肩から下げるカバン二つがある。

 片方は財布、着火装置、ナイフなどの道具袋。片方はパン、干し肉が入った食料袋だった。


 外に出てみると、本当にロッジのような建物だった。

 ロッジの裏手には清涼感のある沢が流れている。

 それなりに高い山にあるようで、右手斜面側には村があるようだが、靄がかかってうっすらとしか見えない。

 名作アニメで見たアルプスのような場所だ。


 玄関には外套と短めの槍も立てかけられていた。

 試しに槍を手に取り、穂先のカバーを外してびゅんびゅんと振ったり突いたりしてみる。

 確かに重たい槍なのに気持ちよく振り回せる。

 格好をつけてキックも混ぜてみるが、こちらも今までの自分の体にはない切れの良さを感じた。


 魔法も早めに使ってみたいが、状態異常も怪我もないうちは難しい。

 早いところ知り合いと合流して出発したい。

 そう考えた途端、真横でまぶしいぐらいの金色の光が現れ、冒頭に至る。





 振り返ったところでこのキマイラと、その三種類の声についてはわからなかった。

 しかし、知り合いを示唆する発言に怯えが薄れ、改めて目の前のキマイラを観察してみる。


 よくよく見るとこのキマイラは胴体のヤギ要素がなく、獅子と蛇で構成されているようだ。

 そして落ち着いた心で少し引いて見渡してみると、獅子は幼少時からずっと一緒に過ごした顔だったことに気づく。


「トラ美か?」


 二年前に死んだ飼い猫のトラ美だ。前世の両親は動物病院を経営する動物好き一家で、家にはたくさんの動物がいた。その中でも一番長くの時間を共にした相棒がこのトラ美だ。


「ハヤト、二年ぶりだにゃ」


 最初は獅子に見えたが、気づいてしまえばなんてことはない。今となってはどう見ても巨大な茶トラ猫だ。


 続いてトラ美の尻尾部分の真っ白な蛇が、舌をチロチロさせながらこちらに顔を寄せて来る。


「ハヤト君! ボク、にょろ助だにょろ!」

「にょろ助? お前もでっかくなったなぁ……」


 真っ赤でつぶらな目の蛇が、体をくねくねと動かす。

 にょろ助は真っ白なコーンスネークだ。体が強い子ではなく、生まれて二年程度で死んでしまった子だった。俺の指より細い体だったのに、今は俺の胴体よりも太い。


 しかしそれなら三番目の声は誰なのか。見たところトラ美とにょろ助以外に記憶にある顔はいない。

 顔はいないが、なぜか声に聞き覚えはある、思い出せなくてむずがゆいような気持ちだ。


「ハヤト君、私も居るよ! 高校一年の時、死んじゃった八木すみれ! また会おうって言ってくれてたのに……ずっと心残りだったけど、本当にまた会えてよかった!」


 先ほどの低めの声ではなく、最初に聞いた三番目の声でトラ美がしゃべった。

 そしてその声は二年半前に心臓病の手術で亡くなった、俺の初恋相手のものだった。


「や、八木ちゃん? なんでトラ美から八木ちゃんの声が?」


 まったく状況が理解できない。

 知り合いの同行をお願いしたのは事実だが、人ではなく動物、しかも合体しているとは。しかも、その中には初恋の子が入っているらしい。


「天使とはいったいどんな話を?」

「んとね」


 八木ちゃんの声をしたトラ美は、天使との話の内容について説明を始めた。




感想をお待ちしています。

聖水騎士様はブラックが許せない のほうもよろしくお願いします。


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