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天の軌跡と少年の声  作者: 結城カイン
8/16

8

挿絵(By みてみん)


8、

 朝が来ても、アーシュの眠りは深く、声を掛けてもビクともしない。

 異次元の旅は、気力と体力を奪うもの。

 それはわかっているけれど、欲しいと強請られれば、満足するまで与えたいのが愛する者への敬意。

などと正当化してみるけれど、結局は、自身の欲望に勝てないだけ。


 腕の中で安らかに眠る恋人の額に、頬に、瞼に、口唇に、イールはキスを繰り返し…。


「…う…ん。イール、もう…朝?」

 目を瞑ったままの、寝言のような甘えた声に、イールの口唇も緩む。

「いや、太陽はすでに天上にある。アーシュの予定が無ければ、野暮な事はしたくないのだがね」

「ああっ、そうだった!」と、パチクリと目を開け、

「天の王に戻らなきゃ。今日辺りマチアスが来るはずだから」と、起き上がるアーシュに。

「…ったくね。君の口から見知らぬ人間の名前を聞く度、私はつまらぬ嫉妬に悩まされる羽目になる」

「嫉妬する必要なんてないのにさ。俺にはイールが一番。セックスもイールしかできないし、どうやって浮気するっていうのさ」

「身体は勿論だが、君の心が誰かに執着するのが気に入らない。まあ、今更私の性分を咎める君ではないだろうけどね」

「イールはそうやって、俺という玩具で遊んでいるのさ。どうせ逃げられないってわかっているからね」

「そうかい?これでも私は課せられた試練だと思って、耐えているのだが…」

「光ばかり見てたって、何も見えない。暗闇も同じ。光の中から暗闇を。暗闇の中から光を探し出すのが、俺の運命なんじゃねえかな…って、近頃思う。じゃなけりゃ、こっちもあっちもこんなに一生懸命になることもない。精一杯やらなきゃ気に入らねえなんて、我儘が過ぎらあ…」


 あちらの世界でのアーシュの多忙を、イールはルシファーから聞き及んではいるが、クナーアンのイールには助けようがない。

 ただストレスが溜まると、アーシュはこちらへ還り、イールに甘える。何も聞かなくとも、アーシュの求めるものを、イールは与えるだけ。

そして、今、彼が欲しいのは。

「アーシュ…。大丈夫、おまえは上手くやれる。運命がそう示している」

「イールかそう言うんだったら、頑張ってみるけどね。中々のサディストな運命の女神を、手なずけるのも苦労するよ」

 目を細め、嬉しそうにイールを見つめる。

 良かった。正解らしい。

 

 余りある力をいかに使うか、ハーラルから与えられた魔力がどれほどのものか、アーシュは知らない。

 アーシュはこの力を出来るだけ上手く使いたいと願う。

 イールと共にクナーアンに恵みを与える事。自分の育った故郷の星で、秩序のある世界を作り上げる事。

 大望は努力に適うなんて、思ってはいないが、元来の能天気さで、アーシュは実現可能と見込んでいる。


「だけどさ、十年の約束は過ぎたのに、何もないってのが不気味だよね。あのハーラルが、俺達に何も示さないっていうのも変じゃん?」

 用意された食事を薄い寝衣だけで食べるアーシュの行儀の悪さに、イールもどうかと思うが、ふたりきりの時は大目に見ている。

「あまりハーラル様の悪口は言わない方が身の為だぞ。どこに聞き耳を立てていらっしゃるかわからないから」

 基本食事を必要としないイールは、アーシュのお相伴にと、スープなどを口にする。

「…疑問なんだが…なんでイールは腹が空かないんだ?俺はイールと同じ身体の作りになっているのに、腹が減るし、沢山食べるのに」

「多分、アーシュも本当は食べなくてもどうもしないと思う。私たちは陽の光、風、土、草木などのエネルギーで活力を与えられているらしいからね。でもアーシュは人間の欲求に正直だから、腹が空く感覚に慣れてしまっているのだろう。まあ、食べるのを楽しむのは悪い事ではないから、いいのではないか」

「…イールは近頃、色々と寛容だね」

「おまえに慣れた…と、言って欲しい。本音を言えば、もう少し神様らしくあって欲しいとは思うけどね。誰彼とも仲よくするのも、神である手前、少しぐらいは威厳を保ってほしいとは思うが…」

「…」齧りかけのパンを持って、少しだけ頭を傾けるアーシュを見て。

「…多くは望むまい」と、思わず笑いかけ。



 陽が落ちたらサマシティに戻ると言うアーシュは、それまでの時をイールとベッドの上で過ごした。

 抱き合うだけではなく、思う存分会話を楽しむ。伝えようとすれば、テレパスでも簡単に通じ合うのだが、互いの顔を見て言葉を交わす時間は、時には抱き合うよりも、満ち足りたものになる。


 アーシュはイールの話す寝物語が好きだ。クナーアンやこのハーラル系すべての星々の物語などは特に。

 彼がクナーアンの神に成り立てだった十年前の頃は、暇があれば、アーシュはイールに様々なこの世界の物話を強請った。

 アスタロトであった頃の記憶を失った事が、殊更残念らしく、いちいちと聞きたがる。

 特に自分が女神の腹から産まれた事など、アーシュは何度聞いても、嬉しくてたまらない。

 この星の事も知らず、自分が何者か判らず、捨て子と言われ、親の事など一切わからないかった頃、アーシュは両親と言うものに憧れた。親を持つ友人たちが羨ましくて堪らなかった。

 だから、クナーアンの神であり、アスタロトの生まれ変わりと知ったものの、なんとなく腑に落ちず。どうやらこの世界の創り主であるハーラルという天の皇尊の創りものと言われれば、納得せずにもいられず。

 それなのに、思いかけずイールから、母親も父親も居ると聞かされ、驚くやら、嬉しいやら。


「腹から産まれる神なんて、ハーラルの十二の星々の間では私達だけなんだ。天の皇尊が特別に眼を掛けてくれた証拠だよ」

「ね、俺のおかーさん、そのリギニアの女神さまってどんな感じ?髪の色は?目の色は?」

「エーリスは、栗毛の巻き毛で、目は緑、とても優しそうな御方だった。おまえは随分な甘えっ子でやんちゃだったから、大変だったらしいけど」

「イールは?イールのおかーさんは?」

「私を産んでくれた女神は第五惑星ディストミアのスコル。クセの無いなめらかな金髪に私に似た明るい青。神経質すぎる程、私を大事に育ててくれた。もういらっしゃらないが、私を見て幸せそうに微笑むあの御方の笑顔が、たまらなく懐かしく思い出されるよ」

 アーシュは想像する。

 女神に抱かれた赤子の自分を。

 泣き止まぬ自分をあやす父神を。

 愛された事実は、アーシュを至福に導く。


「と、言っても、男神と女神が交尾して産まれたわけじゃなく、結局、天の皇尊が蒔いた種だから、ハーラルが親…って事にはなるんだけど…」

「そんなのつまんない。ハーラルの好き勝手で産まれたなんて、ロマンの欠片もありゃしない。腹を痛めて産んだからこそ、愛情が募るって言うじゃん。俺を産んでくれたエーリス母様も、かわいがってくれたのだろうなあ~。一度でいいから逢いたかったな」

「第一惑星のリギニアの二神は、まだご健在だよ」

「ええっ!早くそれ言ってよっ!俺、逢ってみたい!」

「アーシュ、君にとって大切な事かもしれないけれど、リギニアの女神にとっては、君が思うような思い出かどうか…わからないよ。もう随分前の事だし…。私だって、ディストミアの二神が消えるまで一度も再会した事は無かったのだから。それにアスタロトだって、一度だって逢いたいなんて口にしたことは無かった」

「なんで?」

「…そんなこと、思いもつかないことだもの。成人した神が、他所の星の神に逢うだなんて。よっぽどの事が無い限り、神が他所の星に行ったりしないんだよ」

「でも、俺、逢いたい」

「…」


 人間とはどうしてこうも我儘なのだろう…と、当時のイールはアーシュの思考に付いていけない時があった。

 生まれ変わる以前のアスタロトにも似たところはあったが、アーシュはそれ以上に、感情に素直過ぎる。

 結局はアーシュの望みどおりに、第一惑星リギニアに渡り、二神に逢ったのだが…。

 あまりの突然の事に驚いた女神エーリスは気を失い、男伸ハウールは懐かしさのあまりアーシュを抱きしめながら、泣き通し。

 その腕の中で、顔を赤らめ恥ずかしそうにイールを見るアーシュは、親に甘えたがりの幼い子供ではなかった。



「確かに一度逢ってしまうと、何だか納得してしまうものなんだなあ~って、あの時思ったよ」

 「天の王」に帰る支度をしながら、アーシュはリギニアの二神に逢った時を思い出した。

「多分もう御二人には会う事も無いだろうけれど、いつまでもお健やかに過ごされるよう、祈っていたいな」

「うん、私の両親の分も、長く生きて欲しい」

「でも、俺が消えていなくなっちゃったら…悲しませちゃうな」

「事情を知れば理解なさるさ。それに、ハーラルが約束してくれただろ?新しい神をクナーアンに授けてくれるって。きっと、彼らは私達に似ているだろう」

「何故、そう思うの?」

「ハーラルがありったけの理想と愛情を込めて創られたものが、私達であるなら、これ以上のものなんて、創れないからね」

「…イールは時々とんでもない自惚れを吐くのだなあ~。そういうとこ、好きだけどさ」

「おまえほどじゃないと、思っているのだが…」

 と、顔を見合わせて、笑いあう。

 部屋の大気が、コロコロと羽ばたき、風が健やかなエナジィを空に巻き散らし、雲がそれを遠くまで運んでいく。

 二神の幸福は、クナーアンの人々に公平に分け与えられるのだ。


 

 ヨキに連れられた神也が部屋へ着いた時、アーシュは「天の王」へ戻る支度がすっかりできていた。

 来た時とは違う、スーツにネクタイ姿で、クナーアンにはそぐわない格好だ。

「これに伊達眼鏡を掛ければ…ほら、宇宙一カッコいい学園長の出来上がり~」

「アーシュ」

「ん?なんだ?神也」

「ここに連れてきてくれて、ありがとう。まだ一日しか経ってないが、とても有意義な時間が過ごせた」

「大して代わり映えしない日々を過ごすことになるけどな。新学期が始まる前には迎えにくるから、ヨキやセキレイの言う事を聞いて、良い子にしてな」

「アーシュ、私はもう子供じゃないぞ」

 口をへの字に結び、アーシュを睨む神也に、アーシュはニヤリと笑い、

「そうかい。じゃあ、子供を卒業した神也へのお祝いに、特別に教えてやろうかな」

 アーシュは、携帯魔方陣をポケットから出し、真上に掲げながら、神也の顔を見ずにあっさりと告白した。


「神也、おまえの両親な、母親の方はおまえを産んだ間も無く死んでいる。父親は三年後に事故死。五つ違いの兄と、三つ違いの姉は健在だが、おまえの事は覚えていない。おまえは生まれて間もなく、孤児院に引き取られたんだ。世話をする母親が居ないからな。そこへ、山の神を探していたあの祠の巫女らがおまえを引き取ったってわけ」

「な!何を言っているんだ!アーシュ!今ここで何の準備もしていない神也に言う事か!」

 クナーアンの二神の前で、跪いていたルシファーは、立ち上がって怒号を放つ。

「知るべき時は今だからな」

「なんで…」

「イールもヨキも君も居る。心配はしていない」

「だからって…」

 ルシファーは傍らの神也の様子を伺った。神也は茫然と立ちすくんだままだ。

「セキレイ、君のそういうとこ、昔とおんなじでかわいいぜ」

「アーシュ!」

 紅潮したルシファーをあしらいながら、アーシュは神也を見た。


「神也、おまえを産んだ母親は、おまえを丈夫に産んで、嬉しかったって言ってたぞ。あの世にいる本人に聞いたんだから間違いない」

「…ホント…に?」

「ホントさ」

と、ウィンクを残したアーシュは、アッと言う間に魔方陣の中へ消えて行く。


「毎度のことだが…アーシュは来る時も行く時も、騒がしい」

 イールはワザと大げさな溜息を吐き。

「そうですね。でも、いつも課題を置いて行かれるから、寂しさが薄らぎます」

 ヨキはテーブルを片づけながら、イールに返し。

「申し訳ありません」と、ルシファーが深々と頭を下げる。

 

 イールは殊更に申し無さ気に頭を垂れるルシファーを、手招いた。

「ルシファー、神也のフォローを頼むよ。突然の事で、まだ動揺しているからね」

「本当に…。あんな風に言われたら、誰だって…」

 神也を不憫に思うルシファーの肩を叩き、

「アーシュは考えも無しに、言ったわけじゃない。必要だから伝えたのだよ」と。


 諌めるでもない穏やかな声が、曇りを知らぬ空と同じ瞳が、ルシファーを励ました。




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