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天の軌跡と少年の声  作者: 結城カイン
7/16

7

挿絵(By みてみん)


7、


 トゥエ・イェタルの死は、アーシュをこちらの世界、即ち「天の王」へ縛りつけるための、トゥエ自身が仕込んだ策略ではなかったのか…と、ルシファーは思う時がある。

 彼の意志を継いだアーシュは、その圧倒的な魔力と詐欺師的な手口を操って、聖光革命と声高に叫び、世の中を混乱させようと起こすハールートの騒乱を、ひとつずつ確実に鎮圧していった。

 彼が世界から本格的に「魔王」と呼ばれ、怖れられ始めたのは、この時期からだ。


 その折、ルシファーはクナーアンへひとり還った。

 不測の事態である「天の王」の状態を、イールへ申し伝える為だ。

 一通りの状況を説明したルシファーは、思いのほか不安に顔を曇らせるイールに驚く。こんな事で揺るぐ御方ではないと思い込んでいたからだ。

「アーシュはトゥエ・イェタルを父親の様に慕っていたようだから、愛する者の死に、傷心この上ないだろうな…」と、独り言のように呟くイールを前にして、ルシファーは今更ながら、イールのアーシュへの想いに、打ち震えた。


「イール様の許しがあって、少しの間、君の傍に居ることになった」

 「天の王」高等部を卒業した夜、ルシファーはアーシュに伝えた。

 アーシュはニヤリと笑い「イールの計らいにしちゃ、寛大なギフトじゃん」と、ルシファーの手を取り、ベッドへ押し倒した。

「き、君って奴は。イール様が君の事をどんなに心配しておいでか…。イールさまの信頼を裏切るつもりなのか?」

「イールはセキレイに、俺を慰めろって言っているんだよ。君は従順なイールの僕なんだから、俺と寝るぐらい簡単だろ?元より、君は俺とセックスしたがっている」

「アーシュ…」

「俺もそうだもの。ね、本当に君が欲しいんだよ。昔と同じにはできないだろうけどね。俺、ずっとスケベになってしまったから…」

 ルシファーは怒っていいのか喜んでいいのか、釈然としないまま、アーシュの求めに応じた。


 別れて以来のアーシュとのセックスは、ルシファーにとって驚くばかりだった。

 ルシファーが全く遊ばなかった事も大きいが、アーシュはルシファーの想像を遥かに超え、大胆であり、巧みであり、貪欲であった。

 欲望ならアーシュに負けないと思っていたはずなのに。

 

 『いつから、誰が、君をそんなに?』と、ルシファーは、全く敵わぬ自分が情けなく、プライドを固持しようにも、陥落はあっけなく、快楽の声は絶えず切れず。

「そんなに良かった?」と、相変わらずデリカシーに欠陥気味のアーシュは、ルシファーの涙を躊躇いもせずに舐め上げ。

「達人になった君を、褒める気には全くならないけどね。この涙は悔し涙さ。君をこんなにしたすべての寝男たちへのね」

「そうかい。本音を言えば、イールと寝る前までは、俺も結構純情だったさ。でも、イールときたら、滅茶苦茶床上手でさ。まあ、一千年も生きてりゃ、セックスも極めるんだろうけど。全然かなわないんだもん。情けねえったら、ねえの」

「そんな話は聞きたくない。第一、同衾している僕に失礼だ」

「セキレイが聴きたがったくせに」

 悪びれる風もないアーシュに立腹しながら、ルシファーはこの絆を自ら手放す事を怖れた。


 だが、それは一年後に突然来る。

 クナーアンから還ったばかりのアーシュが、その夜、いつものように部屋で待つルシファーを抱こうとしたが、有らぬことに全く勃たなくなってしまった。

 アーシュは慌てふためき「二十もならないのに、俺、役立たずになるのか?」と、青ざめ涙目に。

「セキレイ、俺、どうしたらいい?」

「どうしたらって…」

 さすがのルシファーも何と答えたら良いのか、わからず。

「イールに聞いてくる」

 脱いだばかりの服を着始め、アーシュは魔方陣が描かれた円形を手に部屋を出て行こうとする。

「クナーアンに還るの?今来たばかりなのに?」

「だって、このままセックスできないなんて、嫌じゃん!」と、言い切り。

 裸のルシファーをベッドに残したまま、アーシュはクナーアンに還る為、聖堂に走って行く。


「見送りもさせないなんて…。その上、こっちの具合は全く考えてくれない。サイテーの恋人だよ」と、ぼやいても誰も聞く者はおらず。


 三日後、アーシュが「天の王」へ戻った。

 心配するルシファーにアーシュは、淡々と。

「俺、もう完全に人間じゃなくなってしまったんだよ。イールと同じように姿形は歳取らないし、人間ともセックスできなくなっちゃった…。一年前のあの時、ハーラルが俺に仕掛けた魔法は、じっくりと俺を自分の好みの姿に仕立て上げちまうえげつなさ。全くイケズな奴だ」

「…それで、君…どこも…なんともないの?」

「ああ、セックスはイール限定だけど、楽しめる。ちゃんと勃つし。でもなあ…もうセキレイを喜ばせる事は無理かもしれない」

「それは…」

「あ、そうだ!良い事考えた!セキレイが俺に入れる方ならいいじゃん。おまえもたまには責めになって、俺を泣かせてみれば?俺が欲情するかどうかはわからんが」

「君は…君は本当にバカだ!お互いに気持ち良くならないセックスなんて、愛し合っているとは言えないじゃないか。僕がそんな事を望んでると思っているのか?君って奴は…本当に、呆れて、言葉も無いよ」

「…ごめん」

「僕は…僕はね、そりゃ君と抱き合えないのは、寂しいけれどね、こうやって傍に居て、言いたい放題やらかして、ずっとこのまま信頼を重ねていければ…充分幸せなんだよ」

「セキレイ…」

「君が何ともなくて、何よりだ。一緒に年を取っていけないのは、残念だけど、イール様にとって、幸いだと思うし、クナーアンにとっても…本当に…良かっ…」

 溢れる涙をルシファーは止められなかった。

 涙の意味は数え切れない感情の重なりだろう。

 言葉にしたら一晩だって終わらない。

 アーシュと生きた分の想いは、ルシファー本人にも図りきれないから。

 運命は二人を並んで歩かせてはくれない。ならば、それを認めなきゃならない何時かは、きっと今なのだ。

 アーシュは泣きじゃくるルシファーを、抱きしめた。

 時折「ごめんね、セキレイ。愛してるから」と、謝っては、その額にキスを落とす。


「君の運命の難しさを僕は理解してるから。これからも君の支えになれるように生きて行きたい。…そうさせてくれ」

 それが、ルシファーの精一杯の応え。

 


 あれから十年が過ぎた。

 アーシュは「天の王」学園の学長になり、世界の騒動を忙しなく、それでも持ち前の好奇心は留まることなく、自分の強大な魔力を狡猾に利用しながら、飛び回っている。

 クナーアンではイールの傍らで、民衆からの崇拝を一身に受け、それに見合う豊穣を与え続け。その精神は時と共に成長しているはずだ。

 しかし、彼の姿形は十八歳のまま、少しも変わらぬ。

 そして、年相応に年老いていくルシファーはもうすぐ三十になる。

 鏡を見て嘆きはしないが、アーシュと共に生きたいと願ったあの頃と比べると、姿形が変わるように、想いも変化したのも事実。

 燃えるような情熱は醒め、ただアーシュの信頼に見合う友人であろうと心掛けた。

 要するに大人になったのだ。

 それが悪い事だとは思わない。客観的にアーシュを見ることを学んだし、自分の弱さも少しずつ克服できる。

 ベルからは「いくら神官だからって、聖人君子みたいなルゥは面白みがない。昔みたいに意地っ張りで感情剥き出しの君が懐かしい」と、諭され。

「君だって、サマシティ最大の貿易会社の社長じゃないか。それに、もうじき父親になるなんてね。信じられないよ」

「俺だってさ」

「赤さんが生まれたら、是非、抱かせて欲しい」

「勿論。でも俺が結婚して父親になるなんて…。あのガキたれの頃を思い出すと、全くもって思いもよらない滑稽さ」

「人は…変わっていくもの。それがあるべき姿なんだろうね…」

「だろうけれど…うちらのご主人さまときたら…。姿形も変わらんが、中身も少年のままに純粋…と、言ってよいかどうかわからぬ悪たれ三昧」

「あれは永遠の不良少年である事を楽しんでいるからね。まあ、あれでも神殿ではイール様の手前、大人しくしていらっしゃるんだけどね」

「クナーアンか。懐かしいなあ。今一度行ってみたくもあるが、天上の夢のままであり続けるのが一番良いのかもしれない」

「うん」

「ルゥはどうするんだ?」

「え?」

「ずっとこのまま、あちらとこちらと行き続けるのか?どちらかに落ち着いたりしないの?独り身のままでいいの?」

「ベル、今の僕には答えられないよ。だって、僕は…」

 

 アーシュに繋ぎとめられていたいのだもの…。



「あ!見て、ルシファー!山が、山がみんなオレンジ色だ!凄い!」

 少年の声にルシファーは、我に戻る。

 立ち上がり、バルコニーに駆け寄る神也は、「綺麗だ」と、繰り返す。

 見飽きない夕焼けの光景に、ルシファーは何度も癒された。

 胸の奥に溜まったおりが、浄化されていくのを、何度も感じた。


 この場所を教えてくれたのは、イール。

 まだアーシュがクナーアンに来る以前、アーシュがイールの半身と知り、諦める他、仕方がないと思いつつ、アーシュへの想いを自身でがんじがらめにしてしまった頃。

 イールはルシファーを誘い、この山に映える夕焼けを見せてくれた。

 我が半身であるアーシュを失った間、イールが、どれだけ苦しい時を過ごしてきたか、ルシファーは想像できる。

 傍らに何も言わず、只佇むイールの姿に、ルシファーは、苦しみに耐えうる力を授かった。

 イールへの崇敬の念は、アーシュへの愛とは違う色でルシファーの魂を覆っている。



「ああ、終わってしまった。明日もまた夕焼け見れるかな。ね、ルシファー」

「そうだね、きっと…。神様のご機嫌が良かったらね」

 そう言って微笑んだルシファーを、神也は眩しく見つめ返し。

「ルシファーは、とても美しい人だ」と、真摯に応え。

 ルシファーもまた、影に浮かぶ神也に光を見る。



「ここに居たのかい。探したよ」

 息を切らして神官長のヨキが姿を見せた。

「すみません、ヨキ。つい神也と長話に興じてしまって。すぐに食事の用意を」

「それは急がず。イール様がお呼びだ。アーシュ様がお戻りになるからご挨拶を、と」

「そうですか。神也、急いでヨキに付いて行きたまえ。お待たせしては失礼だからね」

「うん。…ルシファーも行くのだろ?」

「私は、呼ばれてはいないから」

「ルシファーも一緒に付いておいで。神官長である私の命令だよ」

「…はい」


 陽が落ちた後も、その余韻は辺りをゆっくりと包み、少しずつ色を落とす。黄昏は、働く人々を我が家へといざなう合図。

 

 クナーアンの夜は、長い。



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