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天の軌跡と少年の声  作者: 結城カイン
5/16

5

挿絵(By みてみん)


5、

 「山の神」であった頃は、

 東の空が、夜と朝をぼんやりと取り替える頃に目覚め、巫女たちに追い立てられながら、いくつもの礼拝を済ませ、昇る朝日を眺めつつ、朝粥を取るのが一日の始まりで。

 夕刻、つつがなくその日の神職を終え、陽が沈み、辺りが暗闇となり、蝋燭の火も早々に消され、寝るのを急かされ、一日が終わる。

 それがすべてだった。


 「山の神」の役目を終え、スバルに連れられ、「天の王」に来た頃、これが普通の人間の生活と言うものか、と、何度も驚いたりしたけれど、知らない事を知る事は、神也の何よりの楽しみだったから、世間との違和感などを気にかけることもなかった。

 時間を気にする事も無く、誰に怒られるでもなく、夜遅くまで灯りを付けて、読書に没頭できる幸せ。

 それなのに、最近は、「山の神」だった頃の夢を、よく見る不思議。


 辺りがうっすらと明るくなり。

 目覚めて映る、見知らぬ天井の模様に、神也はわけがわからぬまま、ただじっと見つめ。

「あっ!ここ、クナーアンだ!」

 と、声を上げると同時に身体を起こし、周りをキョロキョロと見る。

 まだ、空は白み始めたばかりで、部屋の中は暗く、はっきりと見えず。

 ベッドからそっと起き上がり、目を凝らすと、テーブルと椅子が一脚。そして、水差しとコップがある。神也はコップに水を入れ、一気に飲み干した。

 

 そうだった。ヨキに昨夜、部屋を案内され、色々と説明されたけど、眠くてたまらなくて…よくわからないまま、寝てしまったんだっけ。


 着ている寝着も、自分で着たのかさえ、覚束無い。

 「ふふ」と、笑った。


 やっぱり不思議。

 あの小さな鎮守の社とも「天の王」とも違う世界に、今の私は居るのだなあ。

 

 白々に染まる空を眺め、神也はこれから始まる日々を憧れる。

 自分の望んだものが、そこにあるのだろうか…。

 それを見つける事ができるだろうか。

 クナーアンは、幸いを与えてくれるのだろうか…。


 部屋は「天の王」の寄宿舎と同じような広さだが、レイが居ない分、神也ひとりには過ぎる程。角に水屋があり、水道はないが、大きめの水差しと桶がある。水を注いで、顔を洗った。

「気持ちいい」

 クローゼットを開け、用意された服を手に取り、どうやって着るかを考えてみる。自分なりに着こなし、皮のサンダルを履く。

「まるでオーダーしたみたいにピッタリだ。…やっぱり御伽話の世界だからかな」


 ノックが聞こえ、ヨキが顔を出した。

「起きていたんですか」

「うん」

「アーシュ様から神也は寝坊するから、しっかり起こしてくれと、申しつけられていたけど…取り越し苦労ですね。アーシュ様もああ見えて、案外過保護気質だから」

「いつもは夜更かしで読書をしてしまうから、起きれなくなるんだ。でもここは灯りも無いし、読む本も持たないから、暗くなったら寝るしかないし、きっと寝坊はしないと思う。それより…久しぶりに美しい御来光を拝めて、見惚れていたんだ。早起きは三文の徳だと、古人はよく言ったものだ」

「服もひとりで着替えたの?」

「うん、クローゼットにあったものを勝手に着てみたけれど…良かったのかな」

「勿論。よく似合っていますよ」

「昔、着ていた着物に似た着こなしだったから、なんだか嬉しいんだ。腰帯を締めるのも久しぶりだ。若草色の綺麗な帯だね」

「帯の色で役職がわかるのだよ。神也のは見習い神官の帯」

「見習い…神官?」

「そう。上の神官たちは神也がどこから来たのか、粗方説明しているのだが、他の者にはアーシュ様がお連れになった神官見習いで、この夏だけの修行って事に。まあ、アーシュ様のお気に入りなら、悪い扱いはされますまい」

「何だか気を使ってもらって、気の毒だ」

「そう?では、皆と同じようにこき使おうか?」

「そうして欲しい。特別扱いは、私の為にならない」

「…自分で言うのも面白い。アーシュ様がお気に入りなのも、わかる気がする」

「アーシュは買いかぶりすぎた。私は無力な人間だもの。でも神様のお仕事をしていたから、神官もそれに近い風だし、頑張れると思う」

「では早速、朝のお勤めを」

「え?」

「腹ごしらえにちょうど良い労働さ」と、笑うヨキに連れられ、神也は神殿の大広間の拭き掃除を、他の神官たちと、みっちりと。


 「疲れた」などと愚痴るよりも、一汗掻いた気持ち良さが残る。労働の後の朝食の格別な事など。

 ただひとつ…

 ヨキに紹介された神也の世話係と言うのが、どうも一方ひとかたならぬ。

 名前を「エノク」と、言う。

 まだ見習いの神官で、帯の色と同じ若草色の髪と瞳が印象的な少年。

 初めて神也を見て開口一番「なんで俺がこんなガキの世話をしなきゃあいけねえんだよ。いくら神官長のお言いつけでも、絶対嫌だ!」と、言い放った。

「こら、エノク。暴言は慎みなさい。これはおまえの修行でもあるのだよ。それから、神也はおまえと同い年」と、宥めるヨキにも慎まず「こんなチビで間抜け面が、なんでアーシュ様のお気に入りなんだ?気に入らねえ!」と、訝る。

 さすがのヨキも呆れ顔。


「背が低いのは、子供の頃の栄養事情の所為だろう。間抜け面は、おまえはそう見えるのだろうが、こういう人種だからだ。こちらから言えば、おまえの方こそ変わっているが、言葉にしないだけだ。なんでもかんでも思った事を口にする方が、子供だと思わないか?」と、これも厳しい神也の攻めに、エノクも口を閉ざし不貞腐れ気味。

 それでもすぐに気を取り直し、神殿のあちらこちらに神也を引っ張り回し、案内する。


 慣れたもので、口八丁手八丁での詳しい説明に、神也も感心しきり。

「エノクは凄いな」と、褒めると「参拝客の案内の仕事ばかりでね。いや、育ちが育ちなもので、客商売は慣れたもの…っと、神官長さまに聞かれたら、また説教だ」と、舌をペロリ。

「さっきは偉そうに言って済まなかった。私も容姿の悪口は慣れているとはいえ、初対面の者に言われるのは、気分の良いものではなかったから、つい激しい口調になった」

「いや、神也は悪くない。口の悪いのはてめえの勝手だが、本気で怒らせちゃつまらねえな。ごめんな、神也。なんかさ、アーシュ様のお気に入りって聞いてさ。腹ん中が居心地悪いつうか…つまりは嫉妬って奴」

「それには慣れている。でも、エノクとは友達になりたい。…駄目か?」

「え?…いや、友達とか…慣れてねえから。でも、まあ、そんなに言うのなら、なってやってもいいや、友達に」

「うん、よろしく、エノク」

 差し出す神也の右手を、ぎこちなく握りしめるエノクの頬は少しだけ紅く。

 晴れやかに笑う顔は、屈託ない。


 神殿の裏には緩やかに下る丘に、畑や棚田が続いている。

「あちらが農園、それに続く田畑で、神殿に勤める者達の食料を賄っているんだ。育ちざかりの子供も多いから、年中忙しい。餓えるよりマシだがね」

「子供?」

「こちらの木造の建物が親や家族の無い子供を養う保育院と学校さ。ここで、それなりに育ったら、自分の希望で、神官になったり、町や村へ降りたりと、色々だ」

「エノクも?」

「オレ?オレは…まあ、色々な。ロクでもねえ親からなんとか逃げて、色々あって、二年ほど前に、ここへ連れられてさ」

「イールとアーシュが治めていても、悪い親御さんがいるのか?クナーアンは素晴らしい星なのだろう?」

「バカだな。善人がいりゃ、その分悪人もいるのが世の中つうもんだろ。神也、おまえこそ、どこの夢の国から来たんだよ。ディストミアか?ファザック?まあ、そこよりもクナーアンが素晴らしいに決まっているけどな」

「…」

「なんだよ。不服そうだな」

「アーシュとイールが神様なら、そこに住む者は、すべからく幸ある者だと…私は勝手に思っていたのだ…」

「幸せさ。アーシュ様とイール様がいらっしゃるんだ。こんなに幸せな星が他にあるものか」

「…」


 意味がわからない…と、神也は口に出さずに、口を尖がらせる。


「今日は天気が良いから、青空教室だ。見ろよ、みんな、楽しそうだ」

 新緑の天蓋の下、円で囲んだ生徒たちの年齢も様々。だが、確かに子供たちは笑顔で溌溂と見える。中央で教える教師の金髪が、風に揺らぎキラキラと眩しい。

 しかし、なんとなくどこかで見たような顔…


「ルシファーだ…」

「え?」

「あそこで教えてる先生だよ。ここの神官は学校の先生も兼ねるんだけど、彼はあの年で副神官長なんだぜ。すげえ優しくて、出来たおひとでさ。オレ、ああいう大人になりてえな」

「エノクは彼が好きなのか?」

「ルゥ先生を嫌いな奴なんて、ここにいるもんか。ルゥ先生は誰にでも優しいんだ。それがちょっぴり気に入らねえっていうか…」

「彼の特別になりたいんだ」

「はっきり言ってくれる。神也のそういうとこ、嫌いじゃねえけどさ。本人には言うなよ。恥ずかしいから」

「わかった」


 授業が終わった生徒たちは椅子から一斉に立ち上がり、一礼して、あちこちに散らばっていく。


 ルシファーはふたりに気づいたのか、ニコニコと笑いながら、近づいてきた。

「やあ、エノク。ごきげんよう」

「あ、ルシファー先生、こんにちは。あの、こっちは神也って言う新入りで、俺はそのお目付け役って事で、あちこち案内して回っているんですよ。…授業の邪魔になったり、しませんでした?」

「大丈夫だよ。それより、エノク…フラロス神官が君の提出した論文の出来に嘆いておられてね。余計な世話かもしれないけど、呼び出しを受ける前に、謝った方が良いと思うんだが…」

「ええっ!」

「ほら、彼、凄く厳しいけれど、素直に反省する生徒は大目に見てくれるし。多分、今頃は畑の世話をしているだろうから、一緒に手伝うとしたら、多分、ギリギリの合格点はくれるんじゃないかな」

「わ、わかりました。じゃ、オレ、今すぐ行ってきます。…って言っても、神也が…」

「私なら構わないでいい。ひとりで戻るから」

「すぐ迷う癖に」と、苦笑するルシファーを不思議に眺めるエノクに、

「私が代わりを務めるから、心配せずに。神官長には私から伝えておく」

「それじゃあ…甘えちゃおうかな~。じゃあ、後はよろしく!」と、言い終らぬうちに畑の方へ全速力。それを見て、面白そうに笑うルシファーと、呆気にとられる神也。


「エノクは良い子だね。彼を見てると、元気をもらえる」

「うん、私もそう思う」

「ところで神也、昨日、こちらへ来たのだろ?疲れていない?異次元の旅は、精神の負担が大きいから」

「私は大丈夫だ。多分アーシュが肩代わりをしてくれたおかげだろう。なんとも情けないが、こういうのをおんぶにだっこって言うんだろうな」

「…相変わらず、君って子は…」と、溜息を付くルシファーもまた、少なからず心穏やかではない。


 アーシュ、君はどんなに僕が大人になろうと、僕の心を掻き乱せずにはおられない存在なんだね。

 諦めることを忘れた「恋」は、いつまで続くのだろうね。



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