表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の軌跡と少年の声  作者: 結城カイン
16/16

天の向こうの故郷へ 後編

挿絵(By みてみん)


 神也が「天の王」に戻ってきた事を知ったのは、新学期が始まる二日前の事。

 陽が昇って間もない頃、疲れ切った足取りで部屋へ入ると、挨拶も無しに、クロゼットから出した浴衣に着替え、そのままベッドへ潜り込んでしまった。

 驚いたレイだったが、とにもかくにも、神也に話を促さずにはいられなかった。

「おい、神也。いつクナーアンから戻ったんだよ」

「うん…昨日ね、戻っていたんだけど、スバルが…うん、スバルと久しぶりだったからね、もの凄く燃えちゃってねえ…。スバル、凄く愛してくれるんだもの。嬉しかった…けど、もうクタクタで…」

「そんなことはどうでもいい。どうしてクナーアンに行くって…俺に言ってくれなかったんだよ」

「ん…だってアーシュが黙ってろって…。ごめん。でも素晴らしかった。本当に何もかも素晴らしくて、御伽話の世界に居るみたいに…。うん…眠いから。その話、起きてからで良い?」

「よくねえっ!おまえが戻るのを、俺はずっと待ってたんだからな!おい!神也、寝るな!」

「…」

 耳元で叫んでも、身体を揺り動かしても、神也は静かな寝息を立てるだけ。眠りの奥へ引きこもってしまったらしい。


「呆れた…。少しぐらい俺への後ろめたさに気を使ってくれてもよかろうになあ」

 レイは少しどころか、かなりむかっ腹が立っている。

「おまえが話さないなら、こっちが勝手に読むからな」

 他人の頭の中を勝手に探らない、と、セシルに誓っていたけれど、今度ばかりはレイも腹に据えかねる。

 レイは気持ち良く眠る神也の頭に掌を乗せ、魔力を使い、神也の頭の中を覗く。


 …

 目の前に広がるクナーアンの景色。

 白い大理石の神殿はあの頃と少しも変わらず、山を染める夕焼けの色も、夜空に灯るふたつの月も…

 ああ、ヨキは少し老けたな。イールさまは微塵も変わらずに輝いておいでになる。

 知らない神官たちの顔、子供たち、人々…みな笑顔だ。

 神也の見ているものすべてが、おおらかに満たされ、清々しい…


「…」

 掌を離したレイは、己の心の弱さに失望した。

 神也を起こさないように静かに部屋を出た。

 誰にも見られない場所へ行こうと思い、逃げるように寄宿舎を後にした。


「レイ!」

レイの姿を見つけたセシルが駆け寄ってくる。それさえ無視して走り抜けようとした。

「え?ちょっと…待ってくれよ!」

 セシルは走るレイの後を、ひたすら追いかける。

 泣いてるのを見られたくないから、逃げているのに、セシルは一向に止まる気配を見せず、レイを呼びながら追いかけてくる…


 とうとうレイは根負けしてし、林の奥まで来ると足を止めた。

「はあはあ…こんなに走ったの久しぶりだよ…レイ」

「そりゃこっちのセリフ…。セシルって根性あるな」

 すでに涙は消えかけていた。振り返り、セシルにできるだけ笑ってみせた。

 セシルはレイの頬を手の平で優しく撫で、何もかもを許すようなキスをする。


「ねえ、レイ。僕が泣く時、いつも君が居てくれたね。だから逆の時も、僕は傍に居たいって思うんだ。僕には魔力が無いから、君の全部を理解できないかもしれないけれど、頼りにはならないかもしれないけれど…」

「セシルは充分に俺を支えてくれているよ。でも…俺も男だからさ、あんまりカッコ悪いとこは見せられないつうか…。恋人の前ではカッコつけたいだろ?」

「弱音を見せてくれるのも恋人の特権だと思うけどな」

「そう?俺の本音を知ったら君は俺を嫌いになるかもしれない…」

「ならないよ。知ってるくせに」

 セシルは少しだけ背の高いレイの頭を両腕で抱き寄せ、優しく撫でた。


「眠っている神也の頭の中を覗いたんだ…。君との約束を破ってね。俺の故郷…クナーアンに行った神也が羨ましくて…憎たらしくなった。神也の所為じゃないのに…」

「うん…。大丈夫だよ。神也は…わかってくれると思うよ。君がどんなに故郷に帰りたがっているか、彼は知っているだろうから」

「…うん」

 きっと神也は怒らない。だからこそ、自分が惨めなんだ。



「そっか…。じゃあ、逐一私がクナーアンの話をしなくてもいいのだな」

 神也の頭の中を覗いた事を白状したところで、案の定、神也は怒るどころか、説明の手間が省けるとの一言だけでレイの杞憂を片付けてしまった。

 おわびにとばかりに食堂から貰って来た差し入れのおにぎりにかぶりつきながら、クナーアンの話を懸命にレイに説明しながら身振り手振りで話す神也に、レイはもう羨ましいとか、嫉妬心すら飛び越え、何だか懐かしさに満ちてゆくような気分になっていく。


「俺も会ってみたいな。神也の新しい親友のエノクに」

「うん、きっとレイも気が合うと思う。とても良い子なのだ」

「そっか…。いつか会えるといいな」

「ねえ、レイ」

「なんだ?」

「私は今まで、自分の非力さに甘えていたのだと思う。アーシュやスバルやレイが魔力を持ってて、私を助けてくれるから、この先もどうにかやっていけるだろうと、単純に思っていたのだ。でも、アーシュの跡を繋いでいこうと決めたのなら、私自身が道標にならなきゃならない。皆を正しい未来に導く者になりたい。なろうって決めたのだ。だから、レイは私の守護者だけど、私もレイを守る者になる。共に並んで歩いて行こう」

「…」

 頬にご飯粒を残したまま、言うセリフかよ、と、レイは吹き出しそうになった。同時に神也の決意に胸が締めつけられた。

 

 神也がそう決心したのなら、俺もおまえの期待に応える者になるよ。

 絶対におまえを守るから。


「あ、そうだ。忘れてた」

 そう言うと、神也は掛けていた服のポケットから青い石を取り出し、レイに手渡した。

「イールからレイへのお土産だ。強く祈れば願いが叶うかもしれない石らしい」

「ば、バカっ!それ、一番大事だろ!一等最初に渡せよ!」

「忘れてた」

 相変わらずの暢気さに呆れながら、レイはイールからの贈り物のラリマーの石を大事に握りしめた。


「イールからの伝言がある。…おまえの故郷はクナーアンなのだから、いつでも還ってくればいい。この私が許す…」

 神也の声が、イールの声に聞こえたのは、ラリマーの石の所為だろうか。

「うん…還る…還ります。イールさまに…会いたい。天の向こうからずっと俺を…見守って下さっているイールさまにお会いして、お礼を言わなきゃ…」

「私も皆と約束した。必ずクナーアンに還るって。ひとりの人間として成長した姿を見てもらいたいんだ」

「その時、俺も一緒に行っていいかな」

「レイ…」

「神也と一緒に行きたいんだ」

「勿論だ。スバルもセシルも一緒に行こう。アーシュは大変だろうが、スバルもレイも居るから、大丈夫だろう」

「…」

 神也はアーシュがこの世界での未来が少ない事をまだ知らないのだと、レイは気づいた。

 

 それは俺が言うべき事じゃない。いつか、スバルが神也に話すだろう。

 その時、俺もまた神也を支えなければならないだろう。


 

 学園の片隅にぽつんと聳え立つ、人気のない塔の屋上。

 時々、レイはひとりでここへ来る。

 この場所がクナーアンを結ぶゲートのひとつだからだ。

 仰向けに寝転がって空を眺めると、青空にぽっかりと白雲が浮かんでいる。まるでクナーアンへ誘うかのように。


「なんだ、先客が居たか」

 声とともに目の間に、アーシュの顔があった。他の奴なら気配やらなんやらで気づくのだが、アーシュの気はいつも読めない。

「アーシュ…」

 彼はレイを見下ろし、落ちそうになる眼鏡を指で押しやった。影になったアーシュの顔は、ただ、眩しい。


「神也からの土産話はどうだった?」

「おかげさまで、すっかり里心が沁み込んでしまったみたいだ。何よりイールさまに会いたくてたまらなくなってしまった…」

「いつだって会わせてやるって言ってるだろ?」

「アーシュ」

「ん?」

「ありがとう。いつも俺を気に掛けてくれて。俺は…格別に幸せ者だと思う。アーシュやイールさま、神也やセシル、クナーアンと天の王の皆が居てくれて、本当に良かった。あのまま死なないで良かった。生きてて良かった。…やっと、素直に口に出せた」

「おまえは昔から頑固だからな」

 アーシュは鼻で嗤って、チャーミングなウィンクをくれた。


「…アーシュ、俺を、俺の命を救ってくれて、ありがとう…」

「越えられそうかい?」

「『天の王』を卒業したら、クナーアンへ里帰りするよ。お母さんとお祖父ちゃんの供養もちゃんとしなきゃね」

「おまえが卒業する日までなんて、こちらが待てねえよ。そら、行くぜ」

 伊達眼鏡を外し、アーシュはレイに右手を差し出す。

 その意味が、レイにはよく判らないまま、つられてつい手を上げる。

「え?」

「今から、イールに会いに還るんだ」

「え、え、ええ!今から!」

 有無も言わさずアーシュはレイの腕を取り、同時にポケットから取り出した携帯魔方陣を空に向かって投げた。即座に魔方陣を描いた光がふたりを包む。


「ちょ、アーシュ!明日から新学期だよ!」

「心配しなさんなよ。クソマジメなレイくん。勿論、間に合うように戻ってくるさ。新学期早々学長様が居ないとなりゃ、大騒ぎだからな。それとも、やっぱり怖気づいたのかい?」

「アーシュ…還る…還りたい」

 レイは魔方陣の中へ吸い込まれるアーシュに思いきり飛びついた。


「それでこそ、俺の銀色のレイだ」

抱き寄せるアーシュの両腕の強さは、レイの胸を打つ…



 俺を導き、成長させ、そして、ひとりで飛べるように放り出してくれる細くしなやかで力強い両腕はこの上もなく尊い。

 アーシュ…あなたは俺の故郷そのもの。

 いつか、あなたが消えてしまっても、俺の心の故郷には、あなたが居てくれる。

 それだけで…

 俺はあなたの求める者になれるのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ