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天の軌跡と少年の声  作者: 結城カイン
15/16

天の向こうの故郷へ 前編

挿絵(By みてみん)


そらの向こうの故郷へ


 中等科一年が終わっての長期休暇中、レイとセシルは旅に出た。

 セシルの育った街へ行き、母親のお墓参りと世話になった教会へのお礼、そしてふたりだけのバカンス。

 初夏の眩しい光注ぐ自然の景色は、ふたりをすっかり自由にした。

 「天の王」と違い、誰の目も気にする事無く、お互いだけを見つめあい、「愛してる」と繰り返される睦言はこの上もなく…。

 そして、一週間の蜜月旅行を終え「天の王」に戻ったのだ。

 レイの同室である神也の姿は無かった。

 頼まれたわけでもないのに、お土産まで買ってきたのに…。

 恋人のスバルと少しばかり長い旅行に行くと言っていたから、姿が見えなくても、別段気にはしないつもりだった。

なのに…


 朝、ひとりで構内を散歩していた時、偶然スバルを見かけた。

 休暇中の「天の王」は帰省している学生が多い。閑散としている構内では、日頃目立ちようもないスバルの姿でも目に付くものだ。

 内気な地理教師のスバルは苦手だが、レイは声を掛けて引き留めた。

「あれ?スバル先生は神也と旅行に行ったんじゃなかったんですか?」

 彼はあわてて(いつもの事だが)「え?ええ…いや、旅行は神也くんだけなんだ」と、言う。

「え?でも彼、俺にはスバル先生と一緒に旅行するって聞いたんだけど…。神也独りで旅行に行ったんですか?どこへ?」

 立て続けての俺の質問にスバルは少し狼狽え、下を向いた。

「僕に聞いても何も答えられないよ。神也くんの事は、ア、アーシュに聞いてくれ」と、呟くような小さな声で答え、スバルはそそくさとその場を走り去ってしまったのだ。


 確かに…旅行に行く前の神也はどこか落ち着かない感じがしていた。

 しかもアーシュが絡んでいるのなら、余計にこちらも不審になる。

 聖堂へ向かい、アーシュが居るはずの学長室を覗いたが、「出張中」の張り紙だけが机に置かれてあった。


 その後も神也は帰らない。

 空のベッドを眺めていても仕方がないから、夜はセシルの部屋で寝ることにした。

 セシルは優しくレイを迎えてくれるから、つい神也への愚痴も。


「君はホントに神也の事が好きなんだね」

 隣で枕を並べるセシルは、嫌みのない柔らかな笑みを浮かべる。

「バカ言え!俺が好きなのはセシルだけだ」

「そうじゃなくてさ。君にとって神也は、なくてはならない…何と言うか、保護者的な存在?」

「そんなの…神也にはスバルが居るし」

「そりゃね、スバル先生は恋人だけど、年上だし、同い年の親友として君の存在は大役だよ。学長が君を神也の守護者として傍に置いている意味を考えてごらんよ。君は使命に従順な守護者を十分に熟してる。と、言うかねえ…君は自分が思うよりも、随分なおせっかい者なのさ」

「俺が?」

「そう、君のおせっかいで僕も救われたしね。他人に興味が無いフリなだけで、君の本性は自分より弱い者への思いやりや愛情が極端に過ぎる傾向がある。ああ、褒めているんだよ」

「そうは聞こえないな」

「君はアーシュ学長と似ているよ。誰より強くて、愛情深くて、偏愛志向の博愛主義者だね」

「クレージーだ」

「フフ…そうとも。この世の中に狂っていない人など、居るのかい?僕だって、君が好きでたまらないから、君が誰かの事をしきりに気にかかっているのを見ると、嫉妬で狂いそうになる」

「そう…なの?」

「そういう鈍感な所も気に入っているから、レイは良いんだよ」

 そうやって愛おしそうにレイの額にキスをするセシルが、レイにとって尊い存在だと改めて気づかされる。


 三日後、レイはアーシュを捕まえることに成功した。

 神也の事を聞くと、アーシュはあっさりと「神也はクナーアンでバカンス中だ」と。

「え?神也が?…なんでクナーアンに?」

 思ってもみないアーシュの応えに、レイは当惑した。

 クナーアンはレイの生まれ育った星。彼の故郷だ。

「俺が神也を誘った。あれには少しばかり広い視野が必要だと思ってさ」

「だからって…」

「なんだ?妬いてるのか?神也だけ特別扱いだと」

「…」

 図星だ。

 レイはいつだって「天の王」の生徒の中では、自分がアーシュの一番でありたいと願っている。多分、神也はそんな事は思わない。だから余計に癪に障る。

 だがそれ以上に、「クナーアン」の響きが、彼を動揺させる。


「おまえもクナーアンに還りたいのなら、いつでも俺が連れ帰ってやるよ。おまえは魔力が強いから、俺もワープするのに楽だし…」

 レイの気持ちを知った上でのアーシュの軽口にも、レイは返事をしない。

 アーシュは小さく溜息を吐いた。

 レイの故郷へのトラウマはまだ消えていない。それを克服して欲しいと願っているのだが、こればかりは本人次第。


 部屋に戻ったレイは、思いの外落ち込んでいる自分に嫌気がした。

 セシルに愚痴りようにも、あまりにも女々しすぎてみっともなさ過ぎる。

 

 故郷であるクナーアンへ帰りたいのは山々だ。

 ただ、あそこへ帰ったら、否が応にも自分の罪と向き合わなければならない。


 遠い昔…

 クナーアンの片隅の山奥で祖父と母親と三人、貧しいながらも、日々穏やかに過ごしていたあの頃。それを一瞬に壊した山賊等の襲撃。

 八歳しかならぬレイの目の前で祖父は殺され、母親は強姦された。

 憎悪に塗れた感情で、レイは母の命で封じていた魔力を使い、山賊等を悉く殺してしまった。

 母親は人殺しを犯した自分の息子に絶望し、自ら命を絶ったのだ。


 レイは思う。

 あの時、盗賊を殺さなければ、母は死ななくて済んだのだろうか。

 自分が山賊等に殺されていれば、母だけでも救われていたのだろうか。

 もっと早く、山賊が来る事を予知し、家へ来る前に、レイ独りで、こっそり奴らを殺しておけば、三人の平和な日々が続いていたのだろうか…


 レイを救ってくれたイールとアーシュは、レイの行動を責めなかった。

 殺人は罪であっても、家族を守る為の正当防衛であるなら許されると裁決したのだ。それにレイはまだ子供。

 彼らはクナーアンの絶対的な二神だから、誰も彼らに異議を問う事はできない。

 ただ生まれ持った魔力はクナーアンでは危険も伴うだろうと、使いこなせるようになるまで、「天の王」で修学するようにとアーシュに連れられたのだった。

 イールはいつだってクナーアンはレイの還る場所であって欲しいと言った。その言葉があるから、この地で生きて行こうと決心した今でも、クナーアンへの想いは宝物のように大事にしまっている。

 その宝物の場所へ、いとも簡単に飛んで行った神也への感情は複雑だ。だが同時に親友の神也の成長を願う自分もいる。


「神也が帰ってきても、怒ったりしないように…したいけど、一言ぐらい言ってくれても良かったじゃん!」

 多分、嫌味の一言二言は言わずにはおられないと、腕を組みつつ、レイは神也の帰りを待ちわびていた。



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