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天の軌跡と少年の声  作者: 結城カイン
14/16

14

挿絵(By みてみん)


14、


 神也もまた、別れを寂しがった。

 ヨキに呼ばれ、夕刻にはアーシュと戻らなければならないと聞かされ、帰る喜びより、切なさが勝ってしまった自分に驚いた。


「変だな。あんなにスバルに早く会いたいと思っていたのに…。どうやってエノク達に別れを告げればいいのか、分からない」

「また、いつか会いに来るから、それまで元気で、と、言えば良いのだよ、神也」

「ヨキは正しい事しか言わない、だから好きだ」

「私も神也が大好きだよ。またおいで。今度は恋人と一緒に。歓迎するよ」

「ありがとう。スバルに伝える。彼は人見知りする性質なので、煙たがられたりするけれど、芯の底からすばらしい男なんだ。皆にもスバルの良さをわかって欲しいな」

「私達は大方の方なら、大丈夫だよ。アーシュ様の破天荒さに慣れてしまっているのでね」

「…アーシュとは真逆の気がするが…」

「その御方もアーシュ様のお気に入りなのだろう?だったら大丈夫。アーシュ様は見る目だけはおありの様だから」

「それアーシュが聞いたら、怒らない?」

「きっとお怒りになる。それが楽しみ」

「…ヨキって…アーシュが大好きなんだね」

「はい、大のお気に入りで」

 大真面目にふざけるヨキに、神也は大いに笑った。目の奥の涙を隠そうと、殊更に。


 神也は大急ぎで親しくなった神官や世話人たちにお礼と別れを告げる為、神殿内を走り回った。

 エノクは神也との別れを予感していたらしく、さほど驚きもせず「また来いよ。次に会う時は、すげえ立派な神官になっておまえをビックリさせてやるからさ」と、握手を求めた。

 あの星空での誓いは、ふたりだけの宝物だとも、言う。だから神也はエノクの手をしっかりと握り、「私も負けない」と返した。



「やあ、神也、ひと月ぶり。如何ほどの成長ぶりか、この『天の王』学長さまに見極めさせてくれ」

 身支度を整え、イールの部屋に赴くと、両手を差し出して輝く笑顔で近寄ってくるアーシュに、神也は一瞬たじろぐ。

 余りのオーラの煌きに、思わず目を瞑り、一呼吸置かねばならなかった。

 それでも負けまいと目を開き、まっすぐにアーシュを見つめ、

「アーシュ。己の成長は、自身では確認できないものだろう。第一、自分で成長したと自惚れるほど私は尊大ではない」と。

「ほお…」

「アーシュだったら、その自惚れも特権になるけれどね」

 アーシュの後ろに控えながらも、これまた華やかに色づいた芙蓉のようなイールもまた、見惚れずにはおられない。

 愛し合う神々の営みは、クナーアンに注がれる…とは聞いていたが、確かに「早くスバルと愛し合いたい」と、一瞬だが強いイメージに、神也は囚われた。


「どうした?神也」

「…アーシュは狡い」

神也の質問に「何故?」と。

「すべてをコントロールする魔力なんて、卑怯だ」

 驚いた顔をして見せたと思ったら、すぐにしたたかな笑みを湛え、

「だってこのクナーアンでは俺は神様なんだぜ。力は役目に比例する。義務も責任も果たしての神様業。それに、俺達だって、この星を創った天の皇尊ハーラルにコントロールされてる。つまり全部ひっくるめて、誰しも何がしかの運命の影響を受けているって事さ」

「…」

 巧みな言葉の悪ふざけは嫌いではない。だが、クナーアンとの別れに際し、幾分かのメランコリは欲しいところ。


「さあ、おまえの帰るべき場所へ戻ろうか、神也」

「はい、アーシュ」

 

 そうだ、私の大切な家…スバルの元へ帰ろう。


「ありがとう、イール。イールに学んだ沢山の事、決して忘れない。また、いつかクナーアンに来てもいいだろうか?」

「いつでも歓迎すると約束しよう、神也。学びの部屋の鍵もおまえの為に合鍵を作らせよう。それから、これを…」

 イールは神也の掌に、天色の平たい鉱石がひとつ置かれ。

「これはラリマーと言ってね。裏の小川から私が見つけたもの。シトリー山の頂から川に流されて辿りついた石なんだ。昔、幼いアスタロトに初めてもらった贈り物もこのラリマーだったのだよ。初めての出会いの時に、石をくれる恋人なんか、中々のものだろ。タダの石ころなんだけれど、たまに願いを聞いてくれる…と、私は信じている」

 最後の方は神也の耳元でこっそりと片目を瞑り。

「あ、ありがたいけれど…。これレイにあげてもいい?レイは…イールの事、心から敬愛しているから。ここに来る事、黙って来ちゃったし、私だけ、こんなに沢山の良い思い出を貰って、少し心苦しいんだ…」

「心配しなくても、大丈夫。レイの分も用意している。ほら」

 同じような、でも少し形の違うラリマーの石を神也に手渡して、

「レイに伝えてくれ。おまえの故郷はクナーアンなのだから、いつでも還ってくればいい、と。この私が許すのだと。いいね」

「はい、わかりました。必ず伝えます。…では…」

「うん、さようなら。…そら、泣くんじゃないよ。別れは笑顔で『元気で』と。いつもアーシュを送り出す言葉を、神也にも送るよ」

「はい…。イールもいつまでもイールのままで。私も精一杯に私の人生を生きてゆく」

「ありがとう…元気で、神也」


 アーシュの腕に抱かれた神也は涙を拭きながら、イールとヨキに見送られ、クナーアンを離れた。


 ひと月前に来た時と同じに異空間を漂う中、すすり泣く神也の声だけが微かに響く。

 アーシュは何も言わず、神也を優しく抱きしめたまま。

 ようやく泣き止んだ神也は、アーシュの胸の中でそっとその顔を見上げた。

 見つめ返すアーシュの瞳は優しく輝き。


「アーシュ、ありがとう。私をクナーアンに導いてくれて。本当に素晴らしい日々を過ごさせてもらった。自分の幼さも甘さも理解できたし、クナーアンに生きる人々が、私達の世界と少しも変わらぬ者達だと知った。皆、愛おしいものばかりで、別れが辛かったな」

「そう」

「私は…今まで周りの人々に頼ったり甘えるのが当然だと思っていたけれど…。それでは駄目だと判っていたけれどね。魔力が無い自分に甘えていたんだ。でも志を決めたよ。アーシュの後継者にはまだまだ未熟だろうけれど、私の生きる道を与えてもらった意義を受け止めたい。皆を正しき道へ先導できる人間になれるよう…頑張る」

「そうかい。おまえがそう決めたならそれでいいじゃねえか。俺は無理強いはしたくない。ただそうあって欲しいとは願うけれど、当然、そこには色んな個々の思惑もあるだろう。良かれと思っても、当事者にはそうじゃない事も多い。俺の決めた道が正しいなんて思わない。運命って奴は決まってはいるだろうが、運命の神様は博打好きだからさ。寸でのところでひっくり返ることもあるだろう。それでも…俺は上手くやるつもり。神也も俺の思惑に上手く乗ってくれるだろうって…そう考えてしまうのが高位魔術師の悪知恵なのさ」

「私はアーシュが好きだから、信じてる。きっとスバルも同じだろう。レイもルシファーもみんな、アーシュが好きだから、アーシュの示す道を目指すんだ」

「…そうだといいな。うん、神也がそう言ってくれるのなら、少しは自信持っていいのかも」

「…自惚れないアーシュは、変だ」

「大人は狡いのさ。心細さは傲慢に。弱腰はより威圧高で隠したがる。スバルはそれが無いから、楽だけどね」

「スバル…ああ、早く会いたいな」

「このひと月は少し情緒不安でさ。『天の王』から一歩も出ず、朝から聖堂に来ては、夕方まで居座って、おまえの声を探してた」

「…本当?」

「時折俺が聞かせてたんだぜ。クナーアンで暮らすおまえの声を。楽しそうに笑っているおまえの声を聞いて、安心したり、妬いたりで、あいつも忙しい。でも、すべておまえへの愛だと思えば、愛おしい。だろ?」

「うん」

「受け取る愛は多ければ多い程、嬉しいけれど、感情も重くなる。重さに耐えかねて逃げ出したくなる。逃げ出す口実はいくらでもあるからな。だから、永遠の恋愛なんてもんは無いに等しい。俺とイールぐらいだ」

「それが…クナーアンの神話になるのだね」

 

 ふふと笑うアーシュは、「ほら、神也。もうすぐ『天の王』だ。さて、御伽話は大団円。最後に愛しい恋人の元へ帰るのは定石…」


 目の前がじわりと明るく、その向こうに見慣れた聖堂のアーチが見える。

 天上から床の魔方陣に、ふわりと降り立った時、神也の目に見えたものは…


「神也くん!」

 大好きな恋人の姿とその声。


「ただいま、スバル!」

 片足で床を蹴り、神也は広げたスバルの両腕に力一杯飛び込んだ。


「おかえりなさい。神也くん…」


 抱きしめるその腕の力は、誰よりも、何よりも、尊い…



  天の軌跡と少年の声 終

                                        2018.3.20




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