第五章 不実の黄昏無き国
登場する団体名や国家、人名は完全に架空のものであると誓います。
東洋の海洋帝国といえば大東皇国、では西はどこであろうか。その答えは言わずとも知られている。
ナイアティルブ連合帝国。複数の王国の集合体であり、全世界で最も広い領土を持つ超大国である。二つ名の「太陽の沈まぬ国」は元は大航海時代の先駆者ニャープスアグトルプ王国のものであったが、アダムラの開戦で王国の無敵艦隊を破って以降はドナレッテとともにオーペルエで一番の、そして世界で一番の強国として名をはせてきた。ドナレッテは現在ではアムレッグ帝国の属国となってしまったものの、連合帝国は衰える兆しさえ見ることがない。まさに全世界で最強の国家であるといえよう。
そんな国でも多くの問題を抱えている。この国の政府に対する植民地・領土からの信頼度や忠誠心は大東皇国に次いで非常に高いものであるが、地域差があるのは否めない。事実として今までにアイドニ帝国とアシリマ合衆国の独立を認めてしまっている。現在でも、アイラトゥアをはじめとしたアイナエコ各地、そして南アシリマからは高い人気を保っている皇帝家であるが、アシルファ大陸の民からはむしろ嫌悪されている。愛国心増長のため様々な改善策や政策を持ち出しているものの、嘗て行っていた奴隷貿易や人種差別に対する反発は未だぬぐえず、独立の動きも多くみられているのだ。また、数年前に首相が発言した「そんなことだからアシルファ諸国はいつまでたっても成長しないのだ」という発言はヘイトスピーチとして大きなバッシングを受け、民衆の心に傷をつけた。
「でも、彼の言っていることは真実だと僕は思うがね。」
帰宅途中、ガタンゴトンと揺れる電車の中で僕は条関と国際情勢について語り合っていた。
「そうか?」
「そうだろ。我が国においても寝足半島という似たような存在がいるから思うんだが、嘗て起こったことに対して賠償とか反省とか。もう十分しているというのにね。そんなことを要求する暇があればもっと政治とかを安定させようとすればいいんだよ。折角自治が認められているんだから。」
「…まぁな。」
「そんないつまでも賠償金で財政をたてようとしているうちは独立なんてできっこないんだし。第一もっとどっしりと構えとけばいいんだよ。我が国も、連合帝国も。」
不満が爆発する。我が国本土の隣、昆師大陸にある寝足半島は我が国の領土の一部でありながら自治が認められている区域である。それゆえに政府に対して、過去に行われた「非人道的行為」に関する賠償請求を幾度となく行っており、政府はそのたびに応じてしまっているのだ。その中にはあることないことあるのだろうに。我々の税金がそのような無駄なことに使われていると思うと腹の虫がおさまらない。最近では国際的に軍事力で人々を押さえつけることは禁じられる傾向にあるし、「正義の帝国」として名高い我が国が今更強硬手段に出るとも思えない。しかしあくまで領土の一部である地域に対して政府が腰を低くしているさまを見ると最早滑稽にさえ思えてしまう。
「…お前さ、そんなにしっかりと意見を持ってるんだったらこんな雑誌の記者(詐欺)なんてやってないで新聞のほうに行けよ。なんなら掛け合ってやろうか?お偉いさんに親戚がいるんだけど。」
「いやいや、僕なんか笑われるだけだって。きちんとした教養を持っているわけでもないしな。」
「そうかな?俺とかよりはよっぽどましだと思うけど。」
…しかし、近頃の連合帝国に関しては気になることも多い。政府があまりにも弱腰なように見えるのだ。先ほどのアシルファへの対応もそうだし、他国との関係でも下手に回ることが多々ある。二つもの大きな領土を失ってなおほとんどダメージを受けなかった国が、今更数カ国分を逃がしてしまったところで倒れるとは思えない。資源は十分にあるはずだ。国際関係においてはなおさら、いくら強気でいっても押しとおってしまうほどの力は持っている。
不可解である。
「最近、不思議なことが多くなってきたが…これもまさか『フトレイウェン』の所為なわけは…ないよなぁ。」
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「皇帝陛下。ご準備はできましたか?」
「まだだ。待ってくれ。」
「お急ぎください。」
「…よし、行こう。」
連合帝国王宮。ドナニー王国時代から800年余り使用され続けている歴史ある宮殿である。今日はここで大東皇国との首脳会談、そして君主級会談が開かれる。双方とも立憲君主制の国であり、親和性は高く何より特別な同盟国である。宮中は緊張感というよりは、旧友との再会の場とか、そういう場面で流れる雰囲気で満たされていた。…少なくとも、大東皇国側の人間はそう思っていた。
「偉大なる大東皇国皇帝よ、よくいらっしゃいました。連合帝国国民を代表し、歓迎と感謝の念をお伝え申し上げます。」
「こちらこそ。お招きいただき誠にありがとうございます。テバズィリエ皇帝陛下。」
連合帝国皇帝は国会等が位置するドナニー王国区の国王も兼任することとなっている。よって大体は「皇帝兼国王陛下」と呼ばれるのであるが、単に「皇帝」と呼ばれるのは、二人が古くからの友人であるということの証明であろう。
「さてさて。では単刀直入に、本題から…」
立憲君主制であるが故に政治の話はほとんどしない。両国の親善と同盟関係の強化。これこそがこの会談目的であり、意義である。
しかし、首脳会談はそうはいかない。複雑な政治の話しを数時間もかけて行うこととなる。
「…そういえば。先日、アイドニが人民帝国に攻め入り見事に打ち負かされたとの報を聞きました。」
「…ええ。こちらも聞いております。」
その話題が持ち上がった瞬間、それまでの和やかな雰囲気とは一変、ピリピリとした空気が流れ始めた。
「…江馬総理大臣閣下、我々どもとしては共通の敵を持つ真神じ…」
「なりません。」
「…そう仰るのではないかと。思っておりましたとも。」
アイドニと連合帝国は旧宗主国と元植民地という間柄、あまり仲は良くなかった。いや、非常に険悪であった。仮に両国が隣り合っていたとしたら、今すぐにでも戦争が勃発してしまうだろう。この問題は「魔法」でも解決できない。誇りや威信、そういう類の話なのである。
そして人民帝国と皇国も同じような関係であった。現在の皇国の属国と植民地の一部は、もとは「西」と呼ばれる王朝のものであった。その後継国である真神は皇国と度々火花を散らせていたのである。
「…そこを何とか。こちらといたしましても、大東皇国は旧来の同盟国です。今更見限るようなマネは致しませんとも。ええ、決して。」
「そういう問題ではないのです。宿敵と親友が同盟を結んだとあっては、こちらとしても立場が複雑になってしまいます。単純な事です。小学生が我が国の代表だったとしても、そのお話には否定的な対応をすることでしょう。」
「閣下、どうにか。ここで人民帝国と同盟を結び、ともにアイドニを押さえつければ雪辱を果たすことだって相敵いましょう。これはわが民族の悲願なのです。」
「ヤン首相。『西』と我らの関係だって同じです。…立場は逆ですが。人民帝国にとって我々は屈辱を与えられた敵。我々から領土を取り戻し…いえ、我が国を滅ぼすことこそがかの国の悲願そのものなのですよ。」
「…わかりました。そうでしょう、わかっておりました。『ダメ元』という奴です。お気になさらず。」
「…申し訳ございません。」
連合帝国がこれで同盟国の意見を素直に聞き入れ、雪辱を果たす絶好のチャンスをあきらめるような真似はしないだろう。人民帝国と連合帝国は同盟を結ぶ、或いは結んだ。最早連合帝国と皇国は親友ではなくなった。これは恐らくは事実であり、曲げることのできない事象であった。
(…人民帝国のほうが同盟国としては我が国より優秀であろうし、何より小賢しい。…西に戦力を集めなければな。)
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「皇帝陛下。ここにサインをお願いいたします。」
絶対君主制の国でありながら、近頃は専ら民選の元老院が政治を仕切っている…民選とは名ばかりではあるが。そしてより正確にいえば、威国家主席兼元老院議長が国を動かしていた。皇帝は飾りのようなものだ。
「…これは…。」
「さぁ、サインを。」
「なぁ、威よ。もういいのではないか。それよりも国内を固めたほうが。…あまり言いたくないのだが、民族浄化政策、あれはどうかと思うぞ。良心は咎めないのか。」
「サインを。」
「…わかった。」
万年筆が紙にこすれる音が響く。それほどまでに豪勢で、且つ静かな部屋にこの二人はいる。
「…これでいいのだろう。」
「失礼します。」
「…加減をわきまえておけ。あまりやりすぎると痛い目を見る。」
「…失礼いたします。」
一人の男がドアを開け、そして出ていった。後には老年の紳士がただぽつんと残される。
「…神は我々を許してくださるのだろうか。」
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「アイドニ首都陥落…か。皇帝は処刑されたって。まぁ、あれだけ非道なことをしていたんだから、当然といえば当然か。」
ニュースを見ながら条関が言う。僕はまだ書き終わっていない記事を書き終えるのに必死だというのに。
「しかしまぁこの100年間で一番大きな事件だよな。皇国に住んでるとドラマか何かかと思えてしまうけどな。」
「…なぁ、もう少し静かにしてくれないか。」
「いいじゃねーか、今は昼休みだぞ。まだだらだらと記事書いてるお前のほうがおかしい。」
「…そんなことはない。」
しかしこの一報には流石に気をそらさないわけにはいかなかった。僕は手を止め、しっかりと画面を見つめる。
「連合帝国と人民帝国が国連から抜けたときはどうなることやらと思っていたけど、まさかこんな事態になるなんてなー。しかもどっちも超大国だから誰も文句言えねーし。」
「…アイドニの領土は連合帝国と人民帝国で仲良く二分割か。」
「本当な。連合帝国も何を血迷ったのか。奴らと手を結ぶなんて。」
前兆は一か月前にナイアティルブと真神が同盟を結んだことを発表したころから感じ取っていた。何か大きな変化が起こるのではないかと。そう僕は考えていた。否、全世界の人間が。
しかし実際に事が起こってみると突拍子もなさ過ぎて、面を食らってしまうほどだ。アイドニ帝国はその300年という短い歴史をこれもまたあまりに短いわずか1日という時間で終えられてしまった。
「我が国は遺憾砲か。そりゃそうだよな、相手が旧来の同盟国ともなれば。」
「…しかし、これは脅威かもしれないな。」
「なんで?…て、まぁそりゃ俺だってわかるさ。親友と宿敵が協力して、親友のほうの宿敵を討った。次にその刃を向けられるのは…」
「宿敵の宿敵、つまりは我が国。アイドニは真神と連合帝国双方の敵だったとはいえ、次にこちらに来る可能性は零ではない。」
「あーあ。やんなっちゃうね。我が国はただでさえこんな状況なのに。」
「…本当にな。」
「あ、でもそういえばナムソ帝国がどさくさに紛れて少し領土を増やしたらしいじゃない。」
ナムソ帝国…西アイセイおよび北アシルファ一帯に広がる大帝国である。石油資源は豊富にあるが、その他の資源で多少困っている部分があり、旧アイドニ方面への領土拡張を目論んでいると思われていた。
「ナムソは人民帝国とも連合帝国とも仲悪いし、次に対峙するとなればあっちかもよ。」
「そうだといいが…。」
ナムソ帝国もナイアティルブに負けないほど我々の国と親交が深い国であるが故、あまり悪いことは言えないがこの事態だ。旧友の不幸さえ望んでしまう。勿論、その「不幸」が如何程のものか、想像もついていないのであるが。
「でも。アイドニと違ってナムソは大国だ。そう簡単に戦争を起こそうと思いはしないだろう。」
「我が国だって大国さ。」
つまりは戦争は起きない。そう思いたい。…僕らはそう考えていた。