第四章 オーク
登場する団体名や国家、人名は完全に架空のものであると誓います。
「オード二が処刑されたってよ。」
今は昼休み。社内は完全に脱力しきった雰囲気で満たされていた。
「あれ、どこだっけ…ほら、これ。」
同僚で同期の条関智広が八宇新聞の2面を僕に見せながら言った。
「…誰だっけ?」
「ほら、アイドニの将軍。お前、彼のこと応援してたじゃん。」
「してたっけ?」
「前、アイドニで彼がした演説を聞いたとき、『彼のような人間こそが国を引っ張っていくべきなんだ!』って熱く語ってた。」
「ああ、そういえばそうか。処刑されちまったのか?まぁあの演説の内容的にもかなり危ない気がしてたけど。」
僕はこの間の取材で何の成果も得られないどころか、侵入と魔法による傷害の罪で警察にお世話になってしまったことに関する始末書を描かされていた。故に頭は今半分しか使えない。
「いやそれがさ、この前の人民帝国との衝突で大きな損害を出したからだって。」
「本当か。軍が弱いのは自分のせいなのに、アイドニの皇帝は無慈悲だな。」
「それな。」
昨日、人民帝国とアイドニ帝国の間で衝突があったらしい。結果は当然人民帝国の勝利。魔法も使えない軍隊がアイセイ最強の国に敵うはずもない。
「なんで衝突を。」
「えーと、なんだっけ。そうそう、アイドニが人民帝国の属国のナトブに攻め入ったらしくて。返り討ちにあったらしい。」
「それって皇帝の自業自得じゃないか。」
「そうなんだよね。全く、我らが皇帝陛下とは比べ物にならないほどの屑だな…と、噂をすれば。」
ちょどよくテレビ画面にそのニュースが流れ始めた。
「ふーん。本当らしいな。しかしどうして攻め入ったんだ?」
「さぁね。アイドニ皇帝もなんか適当な謝罪の言葉しか述べていないらしいし。まぁ、あの地域はもとはアイドニの領土だったからね。…あきらめればいいのに。」
「いやまぁ領土はな…しかしまぁ勝てないと分かり切った戦をなぜ?」
「なんで、どうして、なぜ。疑問は尽きないけど…そういえば」
「ちょっと待った。」
次のニュースに目を引かれた。
「どしたん?」
「これって…ほら、僕が取材した事件だよ。」
画面に映し出されていたのは有片公園。例の事件の現場だった。
『…被害に遭った男女2名の死亡が確認されました。男性は東恵都 今椅区在住の斎藤義信さん、女性も同区在住の暁美さん。夫婦で散歩をしていたところを犯人に襲撃された模様です。」
…おかしい。いつもなら、ここですでに犯人の名前が出ているはずである。「フトレイウェン」の普及以降事件解決は1日以内、そこから裁判などを行っても刑の執行まで早くて1か月しかかからなくなっていた。しかし今回は違うようなのである。
『犯人はいまだわからず』と読み上げるキャスターの顔もどこか浮かなく不安そうに見える。
「…ひょっとして、本当にオークだったりして。」
「ないだろ。」
条関の繰り出す冗談に反笑いで即答する。…本当は「あっていてほしくない」。こう返さねばならないのだが。
オークの存在は数年前からささやかれていた。「山で人でも動物でもないものを見た」だの、「動物を狩って喰っていた」だのと。しかしそれらの証言は一蹴され、取り上げるのは「トラコクルト」などのオカルト雑誌くらい。そんな状況がしばらく続いていた。
しかし今ではそうとも言えないのである。有名な専門家が「新種のウイルスによって変異した動物なのではないか」という仮説を持ち上げて以降、宗教家の間では「神の使いだ、神罰を与えるために来たのだ」とささやかれるようになり、科学者達は本格的に「オーク」の研究を始めた。それ以降、「オーク」の目撃例は増え、研究機関が有用な情報に金を出すほどとなった。
しかし大体の人間がいまだに信じているわけではない。学者先生の仮説のほうが宗教家の意見より聞く価値はある気がするが、絶対的に見たとき、それが現実的なものなのかどうなのかという疑問が生まれてくる。ただ単に「面白い話」程度にしか受け止めていない。僕をはじめとした一般的な社会人はそうなのである。
その意見の根底には「恐ろしいものを否定したい」という逃避がある。事実としていまだあやふやなものをあやふやなままにしてしまいたい。そう多くの人間が願っているのだ。逆にいえば、本能的に「オーク」が恐ろしいものであるということを理解していた…そう言えなくもない。
どちらにせよ、この不可解な事件に対して僕らは「珍しいものを見た態度」を貫くことにした。それがどのような結果をもたらすかも考えずに。