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フトレイウェン  作者: 苦澄 蒼
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第壱章 斜陽の帝国の雑誌記者

登場する団体名や国家、人名は完全に架空のものであると誓います。

大東皇国は長い歴史を持つ海洋帝国である。2100年というその長すぎるほどの時の中で、何人もの人間が生まれ、時には殺し合い、死んでいった。そしてそれと同じだけの時間、人々は同一の君主を仰いできた。

 嘗ては極東の小国に過ぎなかったこの国も、今や隣の真神人民帝国に次ぐか、若しくは同等なアイセイの一大大国として栄えている。アイセイに住まう人間のなかで…いや、もはやこの地球フトレイウェン中の人民の中でその名を知らぬ者はいない。植民地や属国からの忠誠や信頼も上々で、この世で最も美しく平和な国であるとさえ言われている。

 しかし実態は大きく異なる。というのも、先ほどまでの説明はつい30年前までは通じたものなのであろうが、平和ボケ患者…つまりは先の大戦すら知らず、「戦争」を経験さえしたことのない人間が戦を語り始めたが故に、現在は「斜陽の帝国」とまで呼ばれるようになってしまっているのだ(なお、この元凶となる人間の中に僕も含まれているのだが)。

 それに、10年前に開発された新テクノロジー(フトレイウェン)が広がったのも悪かった。偏りに偏った全世界平和論が国中を席巻し、十分な自国の防衛さえ下手をすればままならなくなってしまうほどの状況に陥ってしまっている。それに対抗しようと、僕の所属している新聞社「八宇はちう新聞社」をはじめとした保守勢力がこれまた偏った報道を続け、国は今二分されようとしているのである。保守勢力の中には立憲君主制を崩し皇帝陛下を絶対の支配者に戻そうと本来の保守派たる理由から大きくかけ離れた意見を述べるものさえ出てきている。無論リベラル派の中にもその逆…つまりは完全なる共和制にしようという輩もいる。しかし本題はそこではないのだ。国を守れないということがどういうことなのか、そしてどうやって守っていけばいいのか。ここを話し合わねばならない筈なのである。

 …と、言っても僕の本業にはあまり関係のないことだ。僕が所属しているのは八宇新聞のオカルト週刊誌「トラコクルト」編集部。巷で噂のオークだのゴブリンだの、ゾンビだの幽霊だの、果ては神だのUFOだのの嘘偽りかもわからない話を一つの雑誌にまとめ人々に売りつけるという悪徳商法を専門的にやっている部署である。政治に云々と偉そうに意見をできる立場でもないし(主権者という意味では十分にその権利を持っているはずであるが)、今やっているように恐らくはガセであろうネタを一生懸命に指を打ち付け画面に表示させるという仕事のほうが性に合っているような気もする。

「……」

 PCに向かっている間は静かになってしまうものだ。「フトレイウェン」は氷や水を出現させ、風や火を発生させることはできても、取材結果を文字にしてくれたり、雑誌にまとめてくれはしない。こんなことならいっそAIのほうが先に発達すればよかったのにとつくづく思う。

凍洲こおりす君。」

「あれ、部長。どうされたのですか?」

 …参った。部長がこうやって下っ端に直接話しかけに来るとしたら…。

「石老斜のあたりにオークが出たらしい。なんでも犠牲者が出ているそうだ。至急取材に行ってくれ。」

 厄介ごとを押し付けるためだとしか考えられない。

「ええ?今編集作業中ですよ。そもそも本来そういうのは手分けすべきであってですね…」

「ごちゃごちゃ言うんじゃない。早く行ってこい。」

 二度目の参った。うちの部長は部下の言うことをちっとも聞こうとしない。

「そもそも犠牲者が出るくらいなら警察沙汰ですし、新聞のほうが行ってるでしょう。」

「オークだぞオーク。今年に入って12件目だ。犠牲者が出たのは初めてだ。我々が取材に行かなくてどうする。」

「えぇ…?」

 うちの部署のこの緩い感じにはどうもなれない。せっかくそれなりの人数がいるというのにしっかり役割分担もせず部長のその場のノリですべてが決まってしまう。…そのような状態でも雑誌は着々と売り上げを伸ばし続けているというのが驚くべき点に思えてしまうほどだ。

「つべこべ言わずに。はい、走る。」

 女性の癖に…なんというか、淑やかさとか、嫋やかさとか、艶やかさとか。そういうものを微塵も感じさせない。古き良き大玉耶おおたまやの撫子はどこに行ってしまったのだろうか。現代の女性というのはだいたいがこんなもんであるから困る。もちろん原因は強き皇国男児でなくなった我々男性のほうにもあるのだろうが。

「はいはい…。」

 仕方がないのでコートを着て帽子をかぶる。外はまだ寒い。

「じゃあ行ってらっしゃい。」

「行ってまいります…。」

 僕は見送りに返しをした後、ビルのエレベーターに乗り込んだ。

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