邂逅
入寮の手続を済ませ、沙也加は与えられた部屋へと向かう。四階の105号室だった。
ここ、横須賀特殊害獣駆除隊女子寮は六階建てで二階以上の各階に八部屋、四人部屋の棟が十棟、二人部屋の棟が四棟、個室の棟が一棟あり、全部で2000人を収容できる寮になっていた。ちなみに各階に4号室は無く、さらに四階の部屋に101から109までの部屋が割り当てられている。少し四を嫌い過ぎではないかと思ったが、実際に殉職の可能性のある職場の寮であるので、当然かもしれなかった。
全て部屋の広さは同じであるので、個室ともなればかなりゆったりと過ごせることだろう。
話によると、尉官から二人部屋、左官から個室になるということだが、沙也加は駆除隊の第一世代、大卒の尉官はいるが、左官は自衛隊から異動となった者だけである。
もっとも、沙也加は高卒であるので、二等兵スタートである。
自衛隊では、最初は二士、海自であるなら二等海士が最初の階級であるが、駆除隊ではその方式は使用されていない。
そもそも自衛隊は『軍隊ではない』為に旧日本海軍で使用された階級を改めた。これは、自衛隊が、『軍隊に劣らない戦力』を保持しているからであり、存在意義も『国防のため』という、一見『戦争と見分けがつかない』ものであるからである。
憲法九条では
一、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
とあるが、つまりはまず一に戦争はしない。二に『その為の』戦力を持たないとある。
この二つの条文から、『戦争の為でない戦力』ならば持って良い。と、解釈され生まれたのが自衛隊であり、『戦争の為の戦力ではない』という理由付けに『軍隊ではない』と言う必要があったのである。もちろん、存在意義は国防であり戦争ではないのであるが、『国防のための軍隊』である。と言ってしまえば、それは戦争のための戦力とは違うのか。という声が挙がることは必至であろう。
しかし、駆除隊はその目的が『害獣の駆除』という、明確な『戦争以外の存在意義』が設定されているために、『軍隊ではない』と主張する必要はなく、『害獣を駆除するための軍隊である』と言ったとしても、まさか害獣駆除と戦争を混同されるようなことは無いであろう。という考えのもと、駆除隊は、軍隊と同じ階級方式をとっているのである。
さて、部屋に着くと既に二人がベッドで寛いでいた。
部屋には南向きの、ベランダに通ずる窓があり、その左右に二段ベッドが並んでいた。窓側に頭を向ける形であり、窓の右側、つまりは西側のベッドでは、朝、窓から差し込んだ朝日が直に当たって眩しそうだと思った。幸いと言うべきか先着の二人は両側の上ベッドに陣取っていたので、取りあえず向かって左のベッドに荷物を置いた。
部屋に入った時点で軽く挨拶を交わしていたが、沙也加が荷物を置いた段階で、西側のベッドにいた小柄な女の子が声をかけてくる。
「何度も自己紹介するのも面倒だし、全員揃ってからしよぅ?」
その言葉に沙也加も了承すると荷物の整理を始める。
ベッドの足側に背面を合わせるように、学校の掃除用具入れのような縦長のロッカーが二つ並んで設置されており、各ロッカーには名札が付いていた。
それを見ると、『椎名』の文字は無く、西側のベッドの方のロッカーにそれを見つけた。
「もしかしてこれ、ベッド決まってる?ロッカーそっちにあるんだけど。」
と、西を指さして言うと。
東側の上ベッドにいたショートカットの子が
「うぅん、一応ロッカーがある側のベッドにしてる。」
と答えた。
ロッカーの手前、廊下に近い方の東西の壁には二つずつ机が並んでおり、先に送っておいた荷物の段ボールが積んであったが、どうやら沙也加の荷物はロッカーと同じ西側の机に置いてあったので、仕方なくベッドの上に置いた荷物を西側のベッドに移し、少しシワが寄ってしまった東側のベッドを整えた。
荷物も粗方片付いてきた頃、玄関扉が開いて毛先があちらこちらに暴れたセミロングの子が入ってきた。
「こんにちはぁ。」
と間延びした挨拶と共に、『テテテ』という擬音が正しいような小股の歩き方で、大きなキャリーバックを両手で持ち上げて、空いているベッドの前まで持って行った。おそらく、外を転がしてきたキャスターを床に付けないように、との配慮だろうがその様子はペンギンのようだった。
最後に来た子がある程度荷物整理を終え落ち着いたことを確認して、自己紹介が始まった。
「私は中西恵、出身は長崎、よろしく。」
そう言ったのは、初めに声をかけてきた小柄な女の子で、西側の上ベッド、つまりは沙也加の上のベッドに陣取る子である。沙也加も割と小柄な方で153cm程度だが、その子は見たところ145cmあるかどうかも怪しい。髪は肩甲骨の辺りまで伸びるストレートヘアで、パッチリした目と高い鼻はとても女性的で、その可愛さより美しさが勝る顔立ちと身長の低さがちぐはぐな印象を感じさせた。
「あたしは太田雪乃で、新潟出身、よろしくね。」
次に口を開いたのは、東側の上ベッドに陣取る子で身長は160cm無いくらいで、明るい茶髪だがどうやら地毛のようで、染めた訳ではないらしい。少しつり目で、目鼻立ちもしっかりしており、ギャル系美人と言えた。ただし、胸に関しては可哀想で、平均より大きい沙也加とは比べるまでも無く、小柄な恵よりも小さい有様であった。
「私は椎名沙也加、北海道出身ね、よろしく。」
「え?北海道なのぉ?私も北海道!」
沙也加が自己紹介すると最後に来た子が興奮して反応する。
「え?うそ!?北海道のどこ?」
「恵庭ぁ!」
「うそ?恵庭!?隣じゃん!私北広島。」
「ホントぉ?」
そんなやり取りを少ししてから自己紹介に戻った。
「わたしはぁ、松垣悠で、北海道の恵庭市出身ですっ!よろしくお願いしますっ!」
沙也加と同郷であった彼女は、おっとりとしてゆっくりした喋り方であったが、不快に感じさせるようなものではなかった。髪は肩までのセミロングで毛先が様々な方向に暴れ、整っていない。身長も高めで165cm無いくらい。たれ目で、鼻は高くもなく低くもない平均的なものだが、しっかりと整っており、先程のやり取りが無ければ、美人で優しいお姉さんのような印象を受けたかもしれないが、マイペースな喋り方からも、そんなキャラではないことが窺い知れる。しかし、特筆すべきは、大きな胸であり理想的な安産型と言うのだろうか。高校では男女隔たり無く仲良くしていた沙也加は、男子との会話に混ざった時に聞いた『スラッとしたモデル体型よりも、ちょっとくらいムチムチしている子の方が良い。』という言葉を思い出しながら、なるほどこういう体型のことを言うのかと思った。
全員の自己紹介を済ませ、他愛もない話に花を咲かせながらその日は床に就いた。
入隊式は一週間後であり、それまでは短い春休みであった。
日本国憲法 第九条より引用