遭遇
『それ』は唐突に現れた。
「さっきまでこんなもの無かったぞ!?完全に直撃コースだ!」
NASAで確認された小惑星は直径1km前後。それが四十分後には衝突するだろうという距離に近づくまで気づかなかったのだ。
「ありえん!こんな大きいやつ見逃す筈ない!」
研究員の男が叫ぶ。
「そんなこと言っても実際にあるんだ!今からじゃ避難も間に合わん!とりあえず衝突予測地点はどこだ!?」
その上司も叫ぶ。いつもは冷静な男なのだが流石に焦りが隠せない様子であった。
「太平洋。ハワイ西北西沖1200kmです。」
上司の問いかけに女性研究員が答えると、部下の男は泣きそうな声で呟く。
「1200kmか……ハワイはもうダメだ。」
「ダメかどうかはやってから決めろ!太平洋上の島と太平洋沿岸の国々に警報を出せ!ハワイの西北西1200kmって言ったら太平洋のど真ん中だ。八時間後くらいに太平洋沿岸部に、ほぼ同時到達するだろう。その時予想される津波の高さは50mだ。」
さぁ警報を出そう。というとき、小惑星の反応が消えた。破裂をした、とか軌道が逸れた、という訳ではない。文字通り消えたのである。
出撃命令が下りた。現在海上自衛隊は米海軍との合同演習中で、護衛艦『みずほ』『あおば』『あがの』の三隻で、ハワイへと来ていた。
永田隼人三等海佐は護衛艦『みずほ』の艦載機パイロットで、ホノルル北方230km地点で確認された所属不明艦艇を偵察せよ。とのことだった。
この任務には米軍からも出撃があるそうで、合同演習中に知り合ったAlexander Simons少佐も出撃するようだった。
永田隼人は、後輩の島津幸平三等海尉を連れ、艦載機に乗り込んだ。
島津幸平は期待に胸を膨らませていた。
訓練ではない初めての出撃。尊敬する永田三佐と共に偵察任務だ。米軍機も出るようで、パイロットは気のいい少佐だった。
「島津。ちょっと操縦してみるか?」
永田三佐が言った。
訓練では何度も操縦を経験したが、実際の出撃が初めての幸平には、実戦での操縦も初めてなのは当然であった。
「大丈夫。お前ならできるさ。いざという時は俺が代わる。」
「はい!やらせて頂きます!」
幸平は嬉々として操縦桿を握った。
見えてきた『それ』は護衛艦『みずほ』そのものだった。いや、実際には少しばかり色が違う気がするが、なにより『みずほ』は、自分たちが来た方向にいる筈で、300km/hで巡行してきたこの垂直離着陸機より先回りすることなどできる筈もないのである。さらに言えば、『みずほ』がそんなことをする理由などないし、レーダーに映る『みずほ』も、来た方向にあるのである。
「永田三佐。なんかあの艦艇、『みずほ』に似ていませんか?」
「そうだな……。どこかの国の偽装艦か?」
三佐もそう思ったらしく、思惑を巡らせているようだった。
『ヘイ!ナガタ!アレハ、ニッポンノ、フネジャナイカ?』
いきなり無線を飛ばしてきたのは、米軍側から飛ばされている偵察機のパイロット、シモンズ少佐だった。
こちらに気を遣ってか、それとも日本好きだからか、発音に難はあれども、キッチリとした日本語で問いかけてきた。
「俺たちもそう思っていたところだが、『みずほ』は俺たちが飛び立った船だ。あれはどこかの偽装艦だろう。」
『ヤッパリカ、ニッポンニ、ギソウシテルフネニ、ニッポンジンガ、トイカケタラ、マズイダロウ。ココハ、Americanニ、マカセテクレ。』
そう言って数秒後、偽装艦が変形をし始めた。艦橋部分から生えるように出てきた角のような部分は、徐々にその形を砲身のようにしていき、変形が始まって十秒程で、砲弾のようなものを発射した。その砲弾をシモンズ少佐が間一髪回避する。
その光景にあっけにとられていると、砲身からさらに枝分かれして機銃のような物が生え、こちらに撃ってきた。気づいた時には操縦が永田三佐に切り替わっていたが、それでも回避は間に合わず、幸平の座席が緊急脱出で発射された。
三佐がボタンを押したのだろう。その時機体は腹を偽装艦と思しき物に向けており、幸平は水平方向に発射されることとなったが、三佐が出て来ることはなく、機銃を浴びて落ちていった。
おそらく発射後の幸平に弾が当たらないよう、最後まで機体を操り、自らが盾となったのだ。
「永田三佐!」
その時ちょうど米軍機のシモンズ少佐とその部下の人も脱出しており、先に着水した幸平は、三佐が落ちた方へ泳ごうとしていた。
「行くな!!」
頭上から声が響く。先程の片言は嘘のような流暢な日本語。パラシュートを操り、幸平の近くに着水した米軍人達は、幸平を掴みこの場を離れる方向へと泳いでいった。
すごい力だ。二人がかりとはいえ、逆方向に泳ごうとするものを捕まえて引っ張るだなんて。
「離して下さい!行かせて下さい!永田三佐が!」