若人
震度2。永田信也が住む千葉県では、大した揺れを感じなかった。しかし震源の愛知はかなり大きかったようでマグニチュード6.3、震源の深さは20kmと比較的浅く、震度は5強となっていた。
前回の巨大地震、七年前の2044年十勝沖地震がまだ記憶に新しい。とは言っても、地震大国である日本の都市で巨大とは言っても震度6に届かない地震では、大きな被害はなかった。
その日は、土曜日であったため翌月曜には、大きな被害が無かったこと、東海道新幹線及びリニアが既に復旧していることがわかっており、大学でも大きな話題には上らなかった。
ただ、三重出身の友人の話では、津市にある造船所で建造中だった相模型戦艦の四番艦、石見が、運悪く吊り上げ作業中で、地震によって落下し修復不可能、解体処分となったらしい。
幸い死者は出なかったらしいが、あの怪物を倒すための貴重な戦力となる筈だった戦艦が減ってしまったことは、大きな損失に思われた。
信也は機械工学科に通っていた。将来は特殊害獣駆除隊に入隊して、航空隊のパイロットを目指すつもりでいるが、信也は体力にはあまり自信がなかった。
もちろんパイロットが目標ではあるが、最悪、航空機の整備士となることも考えてのことだ。
三重出身の友人寺岡耕平も、信也と共に機械工学を学んでいるが、彼は造船の技術者志望で、あの怪物を倒すための船を開発することを目標にしている。
大学側も、特殊害獣駆除隊が設立された年の翌年、2050年から機械科の中に『駆除隊技術者育成コース』という専攻過程を設けており、信也ら二人も昨年からそこの一期生として通っている。
「特殊害獣の特性として最も厄介なのが、その情報処理能力の高さで、八年前、我々人類が攻撃を開始したとき、その兵器はみな害獣にハッキングされコントロールが不能になってしまったのです。」
教授の言葉に教室がどよめいた。
昨年の春、機械の仕組みや材料などについて学ぶ前に、準備知識として教わった害獣の情報。それまで、『人類が勝てなかった。』としか聞いてこなかった学生には大きな衝撃だった。
「戦後初の『純国産戦闘機JF-1A』がプロペラ機であったことに疑問を持ちませんでしたか?ジェット戦闘機のエンジンはどうしても電子制御ありきになる。しかしそれでは、害獣のところに辿り着くことなく制御を乗っ取られ使い物にならなくなってしまう。この時代で第二次大戦レベルまで技術水準が下がってしまっているのは、そうした理由からなのです。
だから、君たちには存分に学んでもらいたい。機械工学について、害獣を駆除する兵器について。電子制御を必要としない最新技術を君たちに生んでもらいたいのです。」